世界、地球とも呼ばれてた異世界――人間界
【一両目】⇔
「妖怪」というも異形の人間どもが異世界――「冥界」より現れなかったら「世界全土」にまで戦火が拡大した「日露戦争」により建国された人類規模帝国主義国家――「大人類帝国」は西暦のままで今も栄華を誇っていたであろうと人類の学者は言う。
人類は2度もにわたり世界全てを巻き込んだ大戦乱を「世界大戦」と呼ぼうとしたが、妖怪たちは第1次妖怪大戦、第2次妖怪大戦と無理矢理ニ変更させられた。彼らの植民地下である人類の歴史の教科書にも支配層――妖怪たちによって塗り替えられている。
そう。次元軌道関数暦191年。
妖怪によって持ち込まれたワープホールトンネル――結界技術のトンネルにより、人類は飛躍的発展を遂げた。それは飛行機や船を使わず、結界トンネルで大陸間も遠方の土地も国々も往来が自由になったのだ。物資の流通の加速化はダイヤによって迅速に確実になった。台風が到来したとしてもダイヤが少し遅れる程度であり、天変地異も脅かすのが限られてくる。
そんな人間界のある島国。日本。旧大人類帝国の新帝都があった国。奈良県。かつて日本の首都があった地域――ASUKACOUNTY(飛鳥郡)。
日本における郡制度は本来、住所の表記や広域連合体の範囲、都道府県議会選挙区の区割などに利用される程度なので限られている。しかし、ここはアメリカ合衆国制度で州の下位行政区分である。市町村の市より「上位の行政体」なのだ。つまり幾つかの都市もアメリカ式の自治区の属領に入っている。郡長、郡役所、郡議会もある。昔の日本は都市同様の階級として扱ってきたがこのASUKACOUNTYだけは異なるのだ。
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自分で撮影した写真です
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ここは人間界で唯一の妖怪たちの植民地――租界――特別経済行政区――直轄領である。人間界における「妖怪と人間が共存する都」ともいわれている。総人口800万人である。奈良県の奈良市以外の市町村はこのメガロポリスの支配下にあるのだ。この行政体の内部のことを郡内というかもしれないが東京都のように「都内」と間違って使われたのがそのまま公用語となり、意味としては間違っているかもしれないが「都内」として定着している。
都内各所にはたくさんのトンネルが設置されている。そのトンネルの入り口には線路が伸びている。各トンネルから2種類の電車が出入りしている。赤と白のツートンカラーの電車は「8005式」。行先表示器に「急行日本」「準急中国」「普通アメリカ」と書かれてある。そして黄色と黒のツートンカラーの電車の行先表示器には「特急日本」と表示されてある。
ちなみに都内各所にあるトンネルは片方に出入り口があるが反対側には出入り口はない。発電所のような特別な建造物があるだけだ。トンネルは地下に続いていると創造してもおかしくはない。これらのトンネルは結界トンネル。人間界各国の主要都市とワープホールで繋がっているのだ。つまりこれらの結界トンネルへ入れば海外へと簡単に行けるのだ。イギリス在住のサラリーマンが自由に日本の企業へと通勤できる時代が現代である。
世界全土の結界トンネルと鉄道網の所有権を握っているのは準軍事組織(Paramilitary)――鉄道保安庁(Railway Coast Guard)。沿岸警備隊という意味の英語コーストガードが何故使われているかは「線路のtない海すらも渡る列車」という印象をつけるためにあえて使われている。意味としては誤っている。
郡なのに「都内」と同様、一般庶民からは「鉄道保安庁」という愛称で呼ばれている。
鉄道保安庁は妖怪主導で設立された人間界における国家連合――国際安全保障協力機構――通称、「安保理」の最高権力者直属の付属機関である。
鉄道保安庁の統合参謀本部と最高権力者の官邸はこのASUKACOUNTYにあるのだ。
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鉄道保安庁統合参謀本部の軍事要塞。人間界の鉄道網を管理し、そして人類の蜂起を監視しながら同時に妖怪と人類の治安維持も兼ねている。軍事要塞の東棟は陸上自衛事業部戦闘機兵器学校(Ground Self-Defense Business DivisionStrike Fighter Tactics Instructor)。通称、「戦校」。鉄道保安官の学徒が通う小中高大学とエレベーター式の公立学校である。未成年の鉄道保安官のため安全に無事に学べるように鉄道保安庁が設立したのだ。
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オルガンピアノがある音楽室かと間違ってしまう教室。出入口の上部についている表札には「近攻鉄道組隊」と書いてある。部隊名であるが、組隊とはクラスのことである。各座席にはきちんと学徒鉄道保安官が着席しているというのに肝心の教官がいない。黒板には「担任本日も不在」と書いてある。担当科目の教官はきちんと授業にくるが、担任は2日に1度、ホームルームにやってくるのみである。
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「彌勒現場三等機長保安正(少尉クラス)。面倒くさい。幕僚長の方針で階級とか小中高の年齢差とかこの組隊は無関係だもんね。ミミッチ。幕僚長がいないの……。朝礼をしないといけないよ。日直のサポートしてあげないと」
妖怪が支配する現代。妖怪たちの民族衣装が全人類に浸透している。洋服を着ている人もいるが、小等部6年生の年齢である少女、猛者里飯郷。「幕僚長」というあだ名で呼んでいる担任教官が2日に1日は不在なので、クラスの学級委員長にしっかり指揮をとるように促す。
白い羽の髪飾りを頭に2個つけていて白い妖怪の民族衣装を着ている人間の少女が渋々と応じる。高校2年生の年齢の長身の少女――孫六彌勒。
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「面倒どすえ。いや、どすえ。ウチが指揮ったらみんな従うけど、ウチは先生閣下が本来やらなくていはいけない朝礼の陣頭指揮を投げっぱなしにやられているから面倒くさいぇ」
欠伸をしながら彌勒は面倒くさがる。飯郷は彌勒を叱る。クラスの波長が怠惰に陥れば、他の組隊からの笑い物になると。
「ミミッチィ!! きちんとしないとその腰に帯剣している自称、名刀。実は近隣諸国の違法サイトに騙されて買ってしまった木造の模造刀だとみんなにバラすよ!!」
「……飯郷。ゴメンやぇ……。由緒ある旧帝国剣士の家系の名に傷がつくからちゃんとやるやぇ」
溜息をつきながら彌勒は仕方なく、教壇に立って教官に代わり、陣頭指揮をとる。
「こほん……。近鉄組隊のみんな!! 先生閣下のあのアマは会合で忙しいと不在やぇ。下院一等理事幕僚保安正(中将クラス)が担任クラスを受け持つのが理解できないんやぇ。1限目にもうすぐ入るから……。って……今日の日直!! オフクリング副長!! ウチばっかし喋らすなや!! 日直としてお前さんがきちんとやらないとウチの負担がいっぱい増えるんやぇ……」
オルガンでグースカと寝ている褐色肌で銀髪でクノイチっぽい妖怪民族衣装の少女を起こした。両耳が二等辺三角形のように尖っていてる人種「ダークエルフ」の妖怪――ダエル・オフクリングは半分瞼を開いたままで謝る。
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「ミミッチィ。ゴメンゼヨ……。このオルガンはなんか暖かいから眠ってしまったゼヨ♪」
テヘペロすると、彌勒は地団太を踏んで抗議をする。
「ウチかってそのオルガンの座席に座って寝たいんやぇ!! 涎をたらして寝たいんどすぇ!! 聞かなくても教科書を読めば入る授業のときなんか、眠たくなってくるその時に寝る寝心地がどんだけいいか……」
「ミミッチィ♪ それなら一緒にオルガンで寝ようゼヨ♪ アチキも寝たいゼヨ♪」
「それは名案どすな!! ウチも寝るどすぇぇえええ!!!!」
教壇の椅子をオルガンの方へ持ってきて彌勒とダエルが寝ようとしたらこの組隊最年少で姉御肌の少女の叱責がクラス中に轟く。
「ごらぁあああああああああああああああ!!! いい加減にしなさい!!!! お姉ちゃん!!! 怒るよぉおおおおおおお!!!!!!」
クラスが静まりかえる。彌勒はこのクラスの学級院長であるが、猛者里飯郷はこのクラスの番長である。猛烈な駆け足でオルガンへと突進し、彌勒とダエルの頭に拳骨をかます。これが大人顔負けの痛さである。猛者里飯郷(もさざと いいご)名物、拳骨核弾頭である。彌勒もダエルも頭に大きなタンコブができる。ダエルはこの2人とは親友である。この近鉄組隊)は担任の強権による方針で小中高階級無関係である。敬語も使わなくてもいいのだ。
⇔【二両目】⇔
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お昼。いつも屋上にて彌勒、飯郷。ダエルは昼飯をとっている。
「飯郷ちゃんのランチタイムセットにはいっつも感謝しているゼヨ♪」
オカズ満載の弁当箱がたくさんある。レジャーシートを広げて3人はそこへ座り、ダエルはお箸でタコの形状をしたウィンナーをいっぱい口内へと運んで頬張りを連続させる。飯郷は嬉しかったのか大変上機嫌である。
「お母さんが保安官寮の寮母をしていてね。いつも早朝にお手伝いしているの♪ それで一緒に調理しているんだよ♪ それよりミミッチィ。いっつも屋上で食べていいの? もし後日、幕僚長が知って怒ったりしたら拳骨を落とすからね!!」
「番長格がそれ言うんどすぇ!! 学級委員長であるウチが監視をしているからと事前に先生閣下には言質をとっているやぇ。こんな特等席はね。青春時代に味わわないといつ味わうんどすか」
自分が楽しむためならば他人を顧みない大混成組隊のリーダーは、ダエルに負けじと次々とミニハンバーグの数を弁当箱から減らしていく。
「そういえば、ダエルちゃん。冥界事変から半年は経過したのかな?
ダエルちゃんが里帰りするって異世界へ行ってからそれなりに経過したよね?」
「こら……飯郷。常識ぶるわりには意外に雰囲気を読まないとことをさらっと言うんやえな。まだ小学6年生だから仕方がないかもしれんですけどえ。ダエルのトラウマを気にしーや……」
彌勒の注意に飯郷は即座に気がつき謝る。ダエルは笑顔のまま、卵焼きを頬張っていた。冥界事変。つい半年前にこの人間界と繋ぐ異世界、冥界にて起きた。全世界規模の大災害である。それで数十億人近くの死傷者を出したのだ。その災害で冥界の住民は元の世界へ住めなくなり、彼らにとっての異世界――人間界のこのASUKACOUNTYへと暮らすか人間界各国にある仮設住宅エリアへと分散するしかないのだ。
実はかなりの大量難民の問題をかかえている。生き残っている妖怪たちは約300万人。早急に安保理と鉄道保安庁はどうするか対処を考えている最中だ。
「結界鉄道都市同盟の首都≪伏魔殿≫があんなに簡単に滅んじゃうとは予想していなかったゼヨね……。あそこでお父さんが働いていたんゼヨ。アチキね……。なかなか取得することのできない国家医師免許最難関のやつを合格できたから報告しに言ったんだゼヨ。そしたら同時に災害が起きてね……。でもさ、冥界全てが災害に見舞われているわけじゃないんゼヨ」
ダエル曰く災害で冥界は80%近く住めないところとなったが残り20%はまだなんとか鉄道保安庁冥界管区本部が踏ん張っているらしい。管区本部とは冥界、人間界に設けられた鉄道保安庁の統括機関である。統合参謀本部は第2次妖怪大戦でこのASUKACOUNTYへと移設したお陰で冥界事変で壊滅することなく指揮系統は保持されている。
「残り20%が住めなくなれば……。災害の余波は人間界にも及んでしまうゼヨね……」
少し暗い顔をしつつもダエルの食事は留まることを知れず、大量にあった弁当箱たちは全て空箱となっていた。けして災害がなんであるのか人類たちは知らないわけではない。むしろ災害で支配層である妖怪たちが天文学的な甚大な被害を被ったのが同情することおろか喜んでいたくらいだ。しかしそれは租界ASUKACOUNTYの外部での話。妖怪と人類が共存するこの特別経済行政区は異なる。逆にここの人間の市民は悲惨な目にあった妖怪に対して喜んでいる人類たちを同族嫌悪にも軽蔑してしまった。
「災害というか、あいつらはゼヨね……識別名称が……」
ダエルが言いかけた時だった。
屋上から見下ろせる結界トンネルの1個の出入り口から遠く離れた屋上のダエルの視力でも判別できるくらいにスパークが飛び散っている。そして爆発音ようんが轟音が周辺区域に鳴り響いた。さすがにそれには彌勒も飯郷も気づいた。
3人は屋上から結界トンネルの入り口から出てくる巨大な化け物を確認する。
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全長は10メートルだった。当初は。しかし、トンネルから市街地へと出た途端その怪物はいっきに30メートルの巨大なサイズへと瞬時に巨大化する。
見た目は頭部と胴体が一体化していて手足が生えている。頭部に手足がある巨大怪獣のようなものだ。そして全身には砲塔がたくさんあり、皮膚は装甲版である。ロボットの怪獣といってもおかしくはない。それは大きく口を広げて歓声をあげた。
「やっただぁああああ!!! オラさ!!!! た~~んとた~~んとクルアイを食べたからこっちにやってこれただよぉおおおお♪ 神様はおっしゃってくださっただぁあああ♪ 人間界のクルアイは冥界よりもっともっと美味しいんだと♪ 楽しみだべさぁああああああ」
ダエルはその怪獣の姿を見ると言葉を失った。見覚えがあるからだ。そう。突如、冥界各地に出現し、あらゆる市町村を襲い滅ぼした生きて考え歩く災害。
「≪生け贄≫……」
回想する。避難民が乗って逃げる列車を追いかけて拿捕し、中にいる乗員乗客全員を食べた化け物。それの成長した姿こそが結界トンネルから出てきた。化け物である。
≪生け贄≫は歩き出す。線路からビル街へと。ビル街を往来する雑踏は言葉を失うしかなかった。冥界から人間界へと行く手段は冥界の残り20%の領域から結界トンネルを使わないと人間界へと来れない。
しかし来れたのだ。
「逃げるぞぉおおお!!!」
「食われるぅうううう!!!!」
一目散に逃げる。それを≪生け贄≫を放置するわけがない。左右に佇む高層ビルを薙ぎ倒してでも市民たちを追う。
「あ~~。人間だぁああ♪ やっぱ違うだべさぁぁああ♪ ああ~~~。妖怪みたいな変な混ざりものみたいな異臭がないべよぉおお♪ 栄養満点っぽそうだべさ~♪」
≪生け贄≫は大きな口を開いて黄色いスモーガスの吐息を吐き出した。黄色いスモーガスは避難する市民を包み込む。市民たちはそのガスを吸引してしまい、咳をしたり嘔吐したりを繰り返す。目や鼻からも体液が出てくる。
「あがぁああああああああああああああ」
吸引した市民たちはいきな身体がキラキラに発光する。眩しいくらいに輝く。そして発光が止まると、人型のバナナになっていた。≪生け贄≫の前には数十人のバナナの人型が点在している。
「ああ~♪ 新鮮な人間の生き血と魂でできたクルアイの完成だんべよ♪ しかもいっぱいいっぱいあるだよ♪ これをオラさが食べて栄養をつけて神様に供物としてオラが食べてもらうために一生懸命をこいつらを食べてやんべ♪」
空腹で唾液をたらたら垂れ流す≪生け贄≫は大きな口を開いた。バナナになった人たちを銜える。そして咀嚼していく。クチャクチャと音が鳴り、バナナの黄色くて白い実の残骸が≪生け贄≫の口元に付着している。≪生け贄≫が数十人分のクルアイ――人型バナナを完食するには10分もかからなかった。次の獲物を探して歩み出す。
そして同時に町全体に警報が鳴り響く。ASUKACOUNTY史上初の戦災警報が。鉄道保安庁統合参謀本部の東棟――戦校においても戦災警報が鳴っている。校内放送も流れている。
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全学徒保安官に命ずる。こちら校務局。自律災害――≪生け贄≫が出現した。
学徒各位は組隊の本務につき、各教官の指示に従うように。
近攻鉄道組隊は後方系班は東棟にて支援。直撃系班は格納庫
に集合するようにとことです。
以上
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「ミミッチィ!! 後方系班は部隊管制室へ行こう!! ダエルちゃんは直撃系班。格納庫に行かないと!!」
飯郷は弁当を片付けて彌勒を急かす。彌勒もダエルも駆け出す。
「ダエル!! ウチらはあいつは初めてなんどす!! お前さんなら倒せる手段を知っておるんやろ?」
「そうゼヨ。そのために協力してもらったんだからあの人に……。彌勒三機長(少尉クラス)。飯郷現場上等副曹保安正(軍曹クラス)。ダエル・オフクリング副長保安正(准尉クラス)はこれより自律災害≪生け贄≫討伐のために出動してきますゼヨ!!」
3人は敬礼を交わし、飯郷、彌勒は持ち場の部隊管制室へと向かい、ダエルは格納庫へと向かうのだった。
⇔【三両目】⇔
鉄道保安庁の電車の中央集積車庫。そこには何台もの列車が停車している。個々は列車砲車両、戦車、戦闘機搭載の格納庫車両などたくさん種類がある。全てが「戦闘」を想定した装甲列車である。その中でひと際目立つ真っ赤な車両がある。4両編成、各車両にはマニピュレーター、多脚があり、クレーン機能も備えている。それは「9474式近鉄」と呼ばれている。近鉄組隊所有の装甲列車である。
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≪9474式近鉄≫車内、司令運転室。鉄製ヘルメット、防弾耐火耐衝撃を兼ね備えた特殊防護ジャケットを纏い青い戦闘服の学徒鉄道保安官たちが3名出動のために中央司令室と通信のやり取りをしている。
彼らは三つ子の梅竹松夫、梅竹松至、梅竹松平である。
「幕僚長!! 藤原京市に接近!! このままだと政治区が集中する石舞台村への進撃ルートを辿っています!!」
藤原京市とはASUKACOUNTY(飛鳥郡)に属する人口最多の都市であり、石舞台村は「村」であるが安保理や鉄道保安庁の官庁省庁舎や重要施設がたくさんある。」
「梅竹松平!! 3名とも激似だからまずは名前を名乗るように命じているじゃろ!!」
チャイナドレスを着て頭巾をかぶっている女性が指揮席に鎮座して足を組んでいる。
ダエル、彌勒、飯郷が所属する小中高大混成学級――近戦鉄道組隊の担任教官であり、下院一等理事幕僚保安正(中将相当)である。鉄道保安庁の最高幹部であり、国際安全保障協力機構の最高議決機関――安全保障理事会の官僚理事でもあるのだ。議場や司令室から指令をくだす立場が一介の教官をし、尚且つ装甲列車の機長をつとめている。機長とは本来、機長保安正、主任保安正(両者とも尉官クラス)以上の階級の鉄道保安官が現場指揮につく。しかし議場で判断を飛ばす上級の将校が機長になるのも不思議である。
それすらも彼女の望みである。
名は千里眼千利休。見た目は人類っぽいが実際は妖怪であり、人種は「千里眼」。「百々目鬼」という人種がいる。目がたくさんある人種であるが千里眼はその中でも希少種といわれる人種で苗字を人種名としている。
「……≪生け贄≫。冥界20%の結界鉄道都市同盟領である≪鬼門≫を越えないで結界転移をしてきたというのでおじゃるか……。直撃系班は全員に列車に乗り込んだでおじゃるか?」
「こちら梅竹松至。射手崎迷子、三野宮小樽、アニー・トリックスター、、婀娜音理沙そしてダエル・オフクリングのA課。あとB課も集結しております!!」
「総員勢ぞろいならば、我が近戦鉄道組隊は出動するでおじゃるよ!!」
「了解です!! ≪≪9474式近鉄≫。出発します!!」
1列の装甲列車が出動しようとしていた。
⇔【四両目】⇔
ASUKACOUNTY(飛鳥郡)三輪桜市。大巨人が潜れるくらいの大きすぎる鳥居が特徴の都市である。そこに≪生け贄≫が出現したところである。あれから≪生け贄≫の行くてを塞ごうと近くの線路に5両編成の黄色い装甲列車が停車する。
鉄道保安庁の軍事部門――陸上自衛事業部(Ground Self-Defense Business Division)。主力装甲列車≪406式深傷≫である。運行と市民の安全を脅かす輩に負傷を負わせることをコンセプトとした。
≪406式深傷≫は機動兵器搭載車両である。各車両の大型自動扉が開く。そこから水陸戦車と歩兵部隊が出撃する。
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別の車両からは軍用ヘリが上昇する。地上と上空からの総攻撃で≪生け贄≫撃破を狙う。軍用ヘリは両翼に設置したガトリング砲を連射する。水陸戦車と歩兵部隊は砲撃とバズーカ攻撃で撃ちかます。 空陸両サイドの銃撃砲撃は見事に直撃したものの、≪生け贄≫にはかすり傷程度である。深手はおっていない。
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「冥界もそう。人間界もそう。同様の手段でオラに通じると思ったらダメだんべ♪ あのときは雛鳥レベルだったんべ♪ でも今はクルアイをたんまり食べているから蚊に刺された程度だんべよ♪ ほんらオラのクルアイ化ガスを食らうがいいだんべ♪」
≪生け贄≫は黄色いガスを口を大きく開いて放射する。黄色いガスを浴びた鉄道保安官たちは次々とクルアイつまりバナナ型人間になっていく。パイロットがクルアイにされたことにより戦闘ヘリは操縦を失い墜落して地面に激突し炎上する。水陸戦車も停車したまま、微動だにしない。乗り手もクルアイになっているからだ。
「そんら♪ お代わりクルアイを頂くとしますかだんべ♪ た~んと食べていけば精力がついてオラ自身の旨味が増すってもんだんべ♪ 神様の腹をいっぺいにしてやんべ♪」
≪生け贄≫はクルアイにした鉄道保安官たちを1人ずつ銜えて咀嚼していく。≪生け贄≫は≪406式深傷≫に乗っている残りの鉄道保安官もクルアイにしようとした時だった。背後から砲撃された。その砲撃は先ほどとは違う。ドリルのように抉っているタイプの砲弾であった。激痛に≪生け贄≫は背後を振り返る。
≪9474式近鉄≫。この劣勢的状況下を打破すべく到着した。
3両目の後部車両――戦車2台縦1列分の長大さがある。
その内部にてダエル・オフクリングはいた。背丈14メートルはある人の骸骨の腹部の上でいた。下敷き大のユビキタス(このお話におけるスマートフォンのこと)と背丈14メートルの人の骸骨の腹部を配線で繋いで操作を行っている。その巨大な骸骨は身体の各所が電子機械化されている。半分が機械の巨人骸骨。頭蓋骨は首を上げて自分のお腹に乗るダエルに話しかける。
「おい、義肢装具技工士!! オイドンの全身は動かせないのか? 半年が経過してようやく首だけではないでごわすか!! 貴様は齢15歳で副長保安正(准尉~曹長相当)でごわしょ? 所詮は技量も娘っ子ということでごわすか?」
「三等幕佐殿。「機巧化人体模型」の外骨格標本被験体式になってくれたお陰でアチキの新技術開発の進行速度は目に余るほどあるゼヨ♪ 全身不随、なんとか首と頭部を人工神経で動かせるようになるのに臨床試験を半年間も継続してこそできたんゼヨ♪ 喜んで欲しいゼヨね」
「機巧化人体模型? 鉄道保安庁の対事変有人機動兵器の件のことか……。オイドンのそれが何に役立つというのでごわすか? オイドンはただ全身不随となったボロボロの骨を貴様オハコの義肢装具技術で補い、自由に動かせるように治療してくれと頼んだのでごわすよ」
ダエルは頭蓋骨から飛んでくる文句を無視し、作業に取り掛かる。半年前、この巨大な骸骨――人種「がしゃ髑髏」の妖怪は冥界にて激戦を繰り広げ、その最中負傷し全身不随となった。その時にダエルと出会ったのだ。ダエルは彼を治療して戦えるようにすると約束を交わし、今日までサイボーグ化して治療してきた。しかし彼は手足おろか首と頭部、目口鼻を動かせるようになっただけだ。半年間は点滴のみかダエルにスプーンで食わしてもらっただけだ。
ダエルは彼の義肢のメンテナンスを続けていたら千利休が近づいてきた。
「あ、幕僚長♪ なんの用でゼヨ?」
「ダエル副長保安正。善知鳥安方三等幕佐を今すぐ出撃させるでおじゃる。既に1個部隊がクルアイに変異させられて全滅したんでおじゃる。被害が拡大しないためにもここで奴を倒さないといけないでおじゃるよ!!」
「申し訳ないゼヨ。やはり三等幕佐殿に自由に動いてもらうには人工神経に動いていた時のデータを蓄積していけないとダメぜよ。つまり首から上は動くけど手足も胴体も全く動かせないゼヨ」
「なら、どーするでおじゃるか!! 贄討ちに成功例は彼が唯一だけでおじゃる……」
冥界事変で≪生け贄≫をたくさん狩ってきた実績が彼にはある。その激戦で全身不随になるほど負傷し、半分を機械化することで動かせるようにこの半年間で進めてきたのだ。善知鳥安方が自由に動けるようになるにはどうしても彼自身の動作データが必要であるのだ。
「幕僚長。そのためにアチキは三等幕佐殿の右胸部にあれを作らせてもらったんゼヨ♪」
「あげんだと!! あげんはオイは好かんと申す!! 気持ち悪いでごわすよ!!」
ダエルが言っている案に千利休は大いに納得したが、彼は納得しなかった。しかしこの部隊で総指揮官である千利休が決断したので渋々と従うほかなかった。
長大な車両の天井が開閉する。そしてそこから何かが跳躍した。
≪生け贄≫はそれに視線を移す。線路沿いに着地した全身14メートルの骸骨がいた。頭部は曝れ髑髏。人種が「がしゃ髑髏」であることは即座に理解した。
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委託先:時政様
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「き、貴様は贄討ち!! 確か宮司衆の妖刀様に討たれたはずだんべ!!」
「主人に食われることを喜ぶ供え物風情がようやってくれたでごわすな。オイは貴様らを滅ぼすために病床から帰ってきたでごわすよ!!」
「三等幕佐殿!! 勝手に話を続けないでつかんさい!! 三等幕佐殿の動きはアチキが担っているんゼヨ!!」
善知鳥安方の右胸部からダエルの音声が流れてきた。≪生け贄≫はそれに奇妙に思う。
彼の右胸部の鎖骨の内部にはコックピットがあるのだ。正確には動作データ収集室である。ダエルは操縦席に鎮座し、左右に設置してある壁サイズのウォールモニターユビキタス(壁全面がタッチパネルになっている情報端末)を操作している。
「アチキが三等幕佐殿を操って戦う。同時に人工神経に動作データを蓄積させるゼヨ!! 義肢胃袋の人工神経細胞を鍛えていけないダメゼヨ!!」
ダエルは軍医でありパイロットも兼任しているのだ。万が一、全身不随である彼の介助をするために戦闘機や戦車などのパイロット資格もこの半年間で取得したのだ。そして全身不随になる前の彼の録画戦闘映像も全て視聴してきた。半年後、完治せず彼が自分の意思で動かせないことを想定してでのことである。
「あ、そうだ。戦闘操縦アプリを起動させるためにログインパスワードを考えないといけないゼヨ♪ そうだ♪ 人種は「がしゃ髑髏」だからガシャ……ドクロ……スっしゅん!!! ハクション!!」
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戦闘操縦アプリ、ログインパスワードは「ガシャドクロス」ですね。
認証しました。そのログインパスワードはコードネームも兼用しています。兵器としての扱いはガシャドクロスとします。
以後、搭乗時、起動時は「シャドクロス アイハブコントロール」とおっしゃってください。音声認証します。
ちなみに鉄道機密扱いのために変更することはできません
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ウォールモニターユビキタスの画面には大きなカタカナでガシャドクロスと表示される。
「贄討ちの!! 貴様はガシャドクロスという名前なんだべな。神様に早速報告だんべ!!! テレパシーで報告♪ 報告だんべ♪ オラたちの宿敵の贄討ちはガシャドクロスというだんべ!!」
本名、善知鳥安方。妖怪兵器識別名称「ガシャドクロス」は必至で表情だけで訂正をする。
「待て!! 貴様!! オイドンはガシャドクロスではないでごわす!!
善知鳥安方!! 冥界首都≪伏魔殿≫の同盟政府議事堂にて財務相をつとめ、善知鳥財閥CEOをしていた、もう故人の善知鳥大宅太郎の息子だ!! そんな誤った名で呼ばれたら一族の家名が汚れるでごわすよ!!」
「ダ~~メですだんべ~~!! もう神様には報告しちゃっただんべ~~♪ 貴様は今日からガシャドクロスだんべ~~♪」
ガシャドクロスは首だけで抗議しても埒が明かないのでダエルに抜刀するように指示を出す。ダエルはウォールモニターユビキタスにタップすると、ガシャドクロスは片手に握りしめていた大太刀――≪助太刀≫で身構える。
「ダエル副長保安正。オイドンをどう呼ぶか好きすればいいでもんど。お前が習得したパイロット資格はあくまで戦車と戦闘機!! 戦車であれば射程、遠距離砲撃の計算方法。戦闘機であれば空間周辺認識能力。そこに変化を付け加えるべきがオイの戦闘映像記録でもうす」
「好きに呼んでいいんだったらおっちゃんと呼ばせてもらうゼヨ♪ 千利休下院一等理事幕僚保安正閣下も長すぎるんで幕僚長という俗称でいいのでそれで呼んでいるゼヨ。義肢装具技工士――軍医のアチキは患者さんの容態を把握しているゼヨ♪ だから首を長くして待ちながら見物してほしいゼヨ♪」
ガシャドクロスは地を蹴った。これはガシャドクロスの意思ではない。ダエルの操作によるものである。
≪生け贄≫は両肩に複数設置してある砲座から放電芭蕉流体つまりビームを撃ち放つ。放電芭蕉とは冥界で妖怪たちが使っている主要資源のバイオ燃料である。冥界で収穫した作物の名であり、それで異世界と異世界を往来できる結界技術の動力源にもなる。≪生け贄≫の体内にはたっぷりとこの放電芭蕉の成分が詰まっている。それ原料にして放電芭蕉流体を精製し、一斉放射したのだ。
「神樂舞詩編 乱舞!!」
それはガシャドクロスがダエルに指示した剣技のひとつである。放電芭蕉流体というビーム状のものは速度にして光速と同じ、それに匹敵する速度の太刀筋でないと防ぐことはできない。
≪生け贄≫は余裕で勝てると思っていた。ガシャドクロスが全身不随であり、骨の半分以上を機械化していたことはダエルとガシャドクロスの会話を盗み聞きして知ったからだ。
人間の目では捕捉できず、追跡するこもできない大太刀≪助太刀≫の猛威はあらゆる方向に薙ぎまくるだけである。ただ単に≪助太刀≫を振りまくって放電芭蕉流体を弾き返そうとは思っていない。
ガシャドクロスに猛接近する全ての放電芭蕉流体は≪助太刀≫の刀身によって反射される。屈折したビーム状の放電芭蕉流体は全て≪生け贄≫の全身に直撃してしまう。
「痛いだべぇええええええ!!! 放電芭蕉流体を反射させるだと!! 贄討ちという悪名は本当だんべな!!!」
「神樂舞詩編は我が母君――善知鳥滝夜叉姫から受け継いだ剣術。冥界の秩序と平穏を乱す輩どもを討ち滅ぼす武道でごわすよ!!」
同じように放電芭蕉流体の複数砲撃を噛ませば、鏡のように綺麗な刀身によって反射されるので≪生け贄≫は突進による打倒を試みた。
「おっちゃん!! ここは神樂舞詩編 飛車取りでゼヨね♪」
ガシャドクロスは≪助太刀≫を片手で握りしめて、空いた片手の肩から体当たりを≪生け贄≫へと噛ます。≪生け贄≫ももしや相手からショルダータックルしてくるとは予期していなかった。あっけらかんとしている好機にガシャドクロスは一刀を≪生け贄≫の肩へと袈裟斬斬に入れる。またもや思わずの激痛に≪生け贄≫は慟哭する。
その時に開いた大きな口へとガシャドクロスは≪助太刀≫を突っ込む。そして思いっ切り刃物で掻き回す。度重なる激痛が≪生け贄≫を強襲し悶えさせる。
≪生け贄≫は口から吐血の津波を吐き出す。吐血の津波は周囲のビルや家屋を覆う。周囲のビルや家屋は血だらけになる。≪生け贄≫はガシャドクロスを突き出して距離をとる。そして高々と咆哮する。
負傷していた肉体と体内が徐々に再生していく。完治はしていないが戦うには充分である。
「人間とバナナは1個の細胞に細胞核を持つ真核生物の大きな枠組みでは一緒だんべ!! 遺伝子も50%以上共通しているだんべ!! クルアイにして食うのは放電芭蕉を使って攻撃にも治癒にもオラ自身の旨味に活用できるからだんべ♪」
≪生け贄≫は両肩にある無数の砲台から放電芭蕉流体――プラズマ砲を照射する。ダエルの傀儡回しの腕により、ガシャドクロスは神樂舞詩編の「乱舞」で全ての電撃の砲撃を≪助太刀≫の刀身の鏡作用で反射させる。正直、ガシャドクロスは感心している。戦闘機、戦車のパイロット免許を最近取得したとはいえ、ここまで自分の剣技を再現したからだ。
≪生け贄≫は放電芭蕉流体の連射連撃を無作為に繰り返しているわけではない。全てが神樂舞詩編の「乱舞」で跳ね返されているのは理解している。どう見てもその連射連撃は陽動でしかない。いきなり照射をやめて猪突猛進で体当たりをしてきた。ダエルも驚いてガシャドクロスに防御させることを忘れてしまい、相手の体当たりを受けて吹っ飛ばされる。仰向けのガシャドクロスの身体の上に彼より数倍大きい≪生け贄≫は乗っかる。電車が簡単に圧し潰されそうな重量。≪生け贄≫はそこから幾度となく踏みつけていく。踏み潰そうとしているのだ。
さすがにガシャドクロスの半分以上を構成する電動義肢も≪生け贄≫の強烈な体重と踏みつけで悲鳴をあげる。
「どげんかせんといけん!! ダエル副長!! こんままでは共倒れでもす。オイが骨を動かせん以上、どうにもならんでごわす!!」
「おっちゃん!! 義肢胃袋に蓄積した動作データサンプルを一気に消費すれば3分間だけ、おっちゃんの意思で身体を動かせることができるゼヨ!! 勿論、収集した動作データサンプルは複製してバックアップをとっているから大丈夫ゼヨ」
それはガシャドクロスにとって吉報だった。限られた時間だけ、以前に戻れるのだから早速乗り手に要請する。
ダエルはウォールモニターユビキタスにタッチする。壁を覆う画面に「180秒間自由行動」と表示される。その瞬間、ガシャドクロスは一瞬脱力感を全身の人工神経で感じた。動ける感覚を。ガシャドクロスは乗っかかる≪生け贄≫を蹴り上げる。すかさず握り拳で≪生け贄≫の大きな顎を突き上げる。
「え? 何か急に速くなっただんべ??」
「神樂舞詩編 天満!!」
ガシャドクロスは跳ねる。≪生け贄≫の頭上まで天高く飛翔し、≪助太刀≫で身構える。この剣技は自重をゼロにする。風船の如く空に浮くことができる。しかし同じ空中の位置に佇めるわけではない。空中を飛び跳ねなが幹竹割りに斬撃を何度も浴びせる。
「あぎゃだべ!! いぎゃだべ!! うぎゃだべ!!」
≪生け贄≫は全身を切り裂かれていく。放電芭蕉流体を両肩の幾つかある砲台から照射して撃墜を試みるも空中をスキップしながらガシャドクロスは神樂舞詩編の「乱舞」で跳ね返す。
着地し、肉迫する。神樂舞詩編「飛車取り」で片方の腕で≪生け贄≫の張り手攻撃を防ぎ、そして≪助太刀≫で横にはらって斬り込む。半歩後退する≪生け贄≫。距離をとらせまいとガシャドクロスは追い打ちをかけて拳打と蹴りの連撃を叩き込む。それは戦車の砲弾並みの破壊力である。膂力は末恐ろしいのだろう。
もう残り30秒間しかない。ダエルに警告されてガシャドクロスは仕上げにかかる。
「オラが!! オラがここで負けてたまるかっぺ!! 神様に美味しく召し上がってもらうんだ!!! 人間界は神様に支配してもらうんだ!!!」
体内に残る放電芭蕉を全て使い切り、放電芭蕉流体の連射を始める。ガシャドクロスはフェンシング選手のように突きの構えをとる。
「神樂舞詩編王位継承 ≪雨垂れ宝石を穿つ≫!!」
善知鳥滝夜叉姫から継承した剣術――神樂舞詩編の「王位継承」とは一撃必殺の剣技である。全身の膂力を剣先に凝縮凝固させて突き出すのである。さらに≪助太刀≫を持つ腕を思いっ切り螺旋状に捻り、回転力をも付加することからドリルのような威力も加算される。
≪生け贄≫は突き刺される。突貫される。背中に切っ先が顔を出す。貫かれた途端、体内にあらゆるところに亀裂が入っていく。切っ先に凝縮凝固したのは何も威力だけではない。斬撃も凝縮されている。体内から無数の不可視の斬撃が暴れまわる。≪生け贄≫は瞬く間にバラバラに切り裂かれて自壊する。肉片と血潮を残し、完全に絶命する。
それと同時にガシャドクロスは自分の意思で身体が動かせなくなったのだ。
「やっぱおっちゃんは贄討ちゼヨ♪ アチキも神樂舞詩編の「天満」、≪雨垂れ宝石を穿つ≫は再現不可能ゼヨ」
なんとか宿敵――≪生け贄≫を駆除できたことに安堵したのだった。
ダエルはガシャドクロスを動かし、≪9474式近鉄≫へと戻る。
事後処理は別動隊の役目である。被害は軽微ではないが三輪桜市が壊滅するほどでもない。
⇔【五両目】⇔
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冥界から人間界へと怪獣≪生け贄≫が現れたことは早速ニュースになっていた。黄色い背景に世界地図が描かれたニュース番組は鉄道保安庁直営のNNHK(奈良日本放送協議会)の看板番組の1個である。
「先日、奈良県特別行政区ASUKACOUNTY(飛鳥郡)において災害がありました。半年前、冥界を占拠した特定生物災害≪生け贄≫。彼らには異世界間を往来する手段がないはずなのにこうして人間界へと侵攻してきました。これはどういうことでしょう?
鉄道保安庁下院二等幕僚理事、千利休氏。当番組にお越しいただきありがとうございます。下院二等幕僚理事閣下。この≪生け贄≫に関しての担当部門最高責任者であられます。教えていただけませんか?」
ニュースキャスターの男性に質問されてゲストとしてやってきた千利休は答える。
「初めまして皆さま、麻呂は鉄道保安庁陸上自衛事業部所属、千利休下院二等幕僚理事でおじゃる。肩書が長すぎるので千利休氏だけで結構でおじゃる。≪生け贄≫。彼らは麻呂たち冥界の原住民「妖怪」を構成する1個の人種のさらに特定の人物の臓器でおじゃる」
千利休が説明を続けると、黄色い世界地図の背景に森の映像が表示される。
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「冥界の原住民「妖怪」には幾星霜ほどの人種がいるのじゃ。結界鉄道都市同盟政府でも把握できないほどの。その中で樹木タイプの妖怪の人種がいる。西洋妖怪の人種ドリアードなどが有名でおじゃる。全妖怪の中でも
人間界でいう「神様」という超存在に匹敵する妖怪を麻呂たちは「大妖怪」と呼んでいるんでおじゃる。≪生け贄≫とはその樹木の大妖怪の枝から生まれた臓器とうか細胞というか身体の構成部品でおじゃる」
次に半年前、冥界全土を恐怖に震わせた≪生け贄≫どもの映像を放送する。
「神格化されている妖怪――大妖怪ユグドラシル。冥界最古の妖怪なんでおじゃる。こやつがいきなり≪生け贄≫という生体臓器を分離させて妖怪を襲わせ「クルアイ」という特殊なバナナへと変態させて食べさせた。≪生け贄≫はそうすることで強くなるし、旨味も増すらしい。そして本体である大妖怪に食べられて栄養源にされるのでおじゃる。そやつらには結界技術を使う術はないはずじゃのに今回、人間界へと転移してきたのが問題じゃ」
「何故、やってこれたのですか? そこが人間界の皆さんが知りたいところだと思うんですよ」
「恐らく妖怪の中でユグドラシルに手を貸した裏切り者がいる。その可能性が一番高いんでおじゃる。大半の妖怪は≪生け贄≫によって食われたが中には命をとらない代わりに強要させられたりしたからでおじゃる。妖怪という妖怪を食いつくした大妖怪が次に狙ったのが人間界。ゆえにその第1陣が今回の騒動でおじゃる」
結界トンネルと放電芭蕉動力電車でないと人間界へと転移することができないのに≪生け贄≫は転移してきた。その新技術についても調べていかないといけない。
「近攻鉄道組隊は、生徒鉄道保安官と一緒に≪生け贄≫の調査と討伐を兼ねて乗客と一般市民の皆さまの安全を守っていくでおじゃる!! 今後ともよろしくお願いいたしますでおじゃる」
千利休は視聴する聴衆に対し、深々とお辞儀をするのだった。
⇔【六両目】⇔
翌日、ASUKACOUNTY(飛鳥郡)藤原京市にある橿神駅。ここに≪八八〇〇式飛鳥≫がやってくる。飛鳥は鉄道保安庁定番の一般車両である。元々、第2次妖怪大戦の戦時統合で起業した鉄道会社を戦後、鉄道保安庁が買収し、飛行機のように世界各地に直接行ける電車という名前でこの「飛鳥」が普及した。それから現代まで多くのニューバージョンが開発されて現代にいたる。
橿神駅に入車してきたこの飛鳥は終点の京極京都駅から発車してきたものだ。京極京都駅は鉄道保安庁直営の路線の果てにあるターミナル駅である。そこから日本国内には「國内鉄道」という鉄道保安庁の子会社の電車に乗り換えて全国各地を移動しなくてはいけない。
ホームに入った飛鳥はそこで停車する。飛鳥から2人の少女が下りてくる。猛者里飯郷と孫六彌勒である。
「ミミッチィ。ダエルちゃんは今日は昼から登校してくるの?」
「そうどすぇ。ガシャドクロス三等幕佐殿の修繕と点検作業がまだ完了できていないみたいやぇ」
「あの人種がしゃどくろの人。強かったね……。あの動きをダエルちゃんが操縦していたと思うと信じられない……」
橿神駅は京極京都線と阿部野橋吉野線に繋がっているターミナル駅である。そして鉄道保安庁統合参謀本部の軍事要塞最寄りの駅でもある。橿神駅には和歌山県北部、大阪府南東部、京都南部、奈良県全域、三重県北西部からたくさん乗客たちが仕事、日帰り旅行などで多く利用する。橿神様という土地神を信仰して創建された神社の跡地に駅が建設されたのだ。
2人は橿神駅の改札口をユビキタスの定期アプリで出入り認証を済ませて出る。
昨日、≪生け贄≫襲撃の騒動があってなのか駅周辺には鉄道保安官たちが厳戒態勢を敷いている。妖怪の鉄道保安官たちもちらほらいる。彼らは冥界から人間界へと撤退してきた者たちである。彼らも人間の鉄道保安官たちと争わず一緒に警備という共同任務についている。冥界事変が起きてから人間界に住む人類は在住妖怪ではない、妖怪の被災者たちに対しての差別や暴力が絶えない。第2次妖怪大戦で実質的に人類が妖怪に負けてから鬱憤が溜まっているからだろう。
「ミミッチィ。あの怪獣はまた来るのかな?」
「知らないどすぇ……。今日の部隊管制室の当番の子らに昨日と同様の結界トンネルの異変がないか監視してもらっているんどすぇ。まだ異常の数値が出ていると報告がないから緊急事態ではないですぇ」
昨日の騒動から彌勒は同窓生たちに≪生け贄≫出現の調査と監視をさせている。もしも今日、第2陣の≪生け贄≫が侵攻してきも対処できるようにガシャドクロスの修繕――治療をしておかないといけないからだ。
「ダエルも大変だろうしな。朝の授業はきっちりとノートに書き留めて昼から来たあいつに写させてやらんといけないどすな」
「私もダエルちゃんのためにいっぱいお弁当を作ってきたから♪ ダエルちゃんのお陰で被害が広がらずに済んだからね♪」
ダエルの親友たちは自分なりのやり方でダエルを元気付けようとしていた。
⇔【七両目】
鉄道保安庁の電車の中央集積車庫。今日も何十台もの列車が往来している。そこに≪9474式近鉄≫が駐車している。3両目の後部大型車両のハンガー車両にてダエルはガシャドクロスのメンテナンスをしていた。
劣化したり破損した義肢部品を交換したり、生体用機械油で注液して関節部駆動を動かせやすいようにしている。整備に同伴している少女がいる。金髪、碧眼でどうやら在日外国人のようだ。しかし少女もダエルと同じ組隊のクラスメイトである。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
線画委託先:たると様
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「ダエルちゃん。機械油はね。必要な個所にだけ的確に注油するようにですね。無駄に多く注油しすぎると油の塊ができてですね。泥みたいになってですね。関節部に挟まって駆動しづらくなるですね。下手するとガシャドクロス三等幕佐殿の人体に負荷がかかってしまうですね」
「分かりましたゼヨ。アニー副長保安正。さすがは機械に関しては精通しているだけはあるゼヨ♪」
アニー・トリックスター。直撃系班の整備責任者の生徒である。ダエルとは同じ階級であるが部隊指揮官である千利休からは三等機長保安正(少尉)相当の権限を与えられている。あくまで部隊内での整備に関してであるが。
ダエルは義肢装具技工士であるが、本名、善知鳥安方ことコードネーム、ガシャドクロスのような巨人サイズの患者に適用させた大型の駆動義肢を作ったのは初めてである。普段、≪9474式近鉄≫などを整備しているアニーの指導を受けて注油する方がよりミスなく効率的にガシャドクロスのメンテナンスができるのだ。部品交換もそうである。
「アニー副長保安正。娘に機体整備に関してレクチャーしていただき感謝しているでごわす。お陰で注油が機体内部に染み渡っていくのが優しく感じるでごわす♪」
「いやいやですね。三等幕佐殿。ダエルちゃんの技量のお陰ですですね。義肢装具技工士は患者の各部位のサイズに応じて義肢を設計し、管理運用方法を構築するですね。ミーが普段触れている機械はですね。同一規格で大量生産された車両や機械ですね。あくまで助言をしているだけですね」
ダエルはガシャドクロスの全義肢部品を自分で寸法を検査し、何度も設計図を書きなおした。巨人タイプの妖怪の全身を半機械化するのは新しい試みであり、ダエルは試行錯誤を繰り返すしかなかった。アニーはユビキタスの自由帳アプリに記載した設計図と睨めっこしながら注油をしていく。
「グリスをギヤのギザギザに少しずつ塗布していき、ウォームシャフトとの噛み合わせを滑りやすくなるようにするんゼヨね?」
「少しだけですね。グリススプレーでもいいんだけど、粘着性が少しあるだけでギヤの浸透率が順序よくなっていくんですね。スプレーはサラサラになったグリスだから周辺に飛び散ってもおかしくないですね。極論、どっちでもいいといえばどっちでもいいですけど……」
横になるガシャドクロスの腹部、胸部、両腕、両足をさしていく。
「そういえばダエルちゃんは近畿地方の結鉄の旅はしたのかなですね?」
「結鉄? どういうことやか?」
「鉄道保安庁直営の鉄道網の略称ですね。この日本は結界鉄道の鉄道網。國内鉄道の鉄道網。あと私鉄の鉄道網があるですね。結鉄は近畿圏中央部、南西部、北東部に路線を持っているですね。そこら以外の路線にて移動するには乗り継ぎ切符を買うか別の切符を買うしかないですね。鉄道保安官に支給されている特別定期アプリならば近畿圏内ならば全線無料ですね。だからそれを利用して鉄道の旅をしているのかなーっと思ってですね」
ダエルはそれを考えていなかった。冥界から避難してきて近畿圏で暮らし始めて半年間、近畿圏の観光などしたことがなかった。
「してみたいゼヨ♪ アチキ、奈良、大阪、三重県、和歌山、名古屋♪ いっぱい近畿圏を結鉄でしてみたいゼヨ♪」
「なら良かったですね♪ それじゃあ、組隊内旅行サークル「友達ギルド」活動開始といきますかですね♪」
ダエルは意味が分からないがアニーが所属する非公認サークルに所属することを決めた。ここに彌勒、飯郷も所属している。少女たちのやり取りを寝ながら眺めていたガシャドクロスは何故か微笑んでしまう。
「子どもたちは青春を楽しまないといけないでごわすな♪」
こうして近攻鉄道組隊――近鉄組隊の戦闘と学生生活の日々が始まるのだった。