アカイヒカリ
少しだけ気分を悪くするような表現方法を用いておりますが、大げさな程はございませんのでご安心ください。
沈みかけた太陽が何かを照らしだすように赤く輝いていた。
学校の校庭ではまだ残っている子供たちが元気よく走り回っている。
少年――彼はぼんやりと照らし出されたそれを見下ろしていた。虚ろの眼球が子供の動きに合わせて右へ左へと動く。
少女――彼女はそんな彼を横に立ってのぞき込んでいた。その瞳もまた、濁っている。二つの穴が少年を見上げている。
「今日は夕日が綺麗だなぁ」
彼は上の空のまま、言う。静かな微笑みに、少しだけ狂気を含ませながら。
「そうだね」
彼女は夕日には目もくれていないのに、そう返事をする。彼をじっと捉えたまま。
「こんな綺麗な夕焼け、見たことないや」
少年は一歩踏み出す。下では恐ろしく固いコンクリートの海が少年を見上げている。彼と彼女は今、屋上の金網を越えた先に立っているのだ。
「うん、私も」
一瞬風が吹き、彼の前髪を揺らす。彼女はそれを横目で見送った。そしてすぐ少年に目を戻す。
「何であんなことしちゃったんだろ」
今はまだ遠くにある地面を見つめながら、彼がそっと呟く。後一歩でも前に出れば、地面が目の前に迫ってくるだろう。
「図工の居残りで木箱を作っていたんだっけなぁ」
学校のせいで影になった地面を見据える彼。少女は無言で彼の隣に立ってずっと彼を見ている。
「一緒に居残りさせられた女の子がいて、色々お話してたんだっけ」
彼のすぐ上を、カラスが何匹か鳴き声をあげて飛んで行った。かあ、かあ。
彼はそれを仰ぐ。
「でも木箱の作りが変だよって言われて、僕は怒った。だって一生懸命作ったのに。居残りまでして作ったのにさ、ひどいよ」
言葉に感情が交じってはいたが、彼は相変わらずまるで夢を見ているかのようなとろんとした表情をしていた。
「だから僕、持ってた金槌で、女の子の頭をたたいちゃった」
彼は手を振り上げて、振り下ろす。彼女はその動きを目だけで追った。
「そしたら簡単に割れちゃった。血がびゅーびゅー噴き出して、あの子、倒れて動かなくなっちゃった」
また風が、今度は強く吹いた。子供たちがばいばーいと叫ぶ声が、彼の耳に小さく入ってきた。
「殺したの?」
驚きもせず、また泣き出しもせず、彼女は無表情のまま、尋ねる。
彼は地面を見つめたまま、頼りないくらい小さく呟いた。
「まさか死ぬなんてさ、思わなかった。人間の頭って、案外柔らかいんだね」
とんかちで殴っただけで死ぬんだね。最後は独り言のように付け足す。
「どうするの?」
彼の瞳を覗き込むようにして、ゆっくりな口調で彼女はもう一度問う。
彼はふと彼女のほうを向いたが、目は彼女を通り越して別の何か――はたまた自分の中の何か――を見つめていた。
「僕、人を殺しちゃったんだ。そんな僕は、生きてる価値がない」
死ぬしかないんだ。――僕なんか。
彼がおぼつかない足取りで、一歩踏み出した。狂気を帯びた目で、夕陽をしっかりと見つめながら。
足が宙を踏み、彼の体はゆっくりと落下していく。冷たいコンクリートの海に引っ張られていく。
宙を舞いながら、彼が夕陽に向かって手を伸ばすのを、彼女は見た。
「夕陽、綺麗だなぁ」
ぐしゃ。
柔らかい何かを、壁に叩きつけたような音が、下から響く。少女は一歩踏み出して地面を覗き込んだ。
そこには血の海に溺れ、糸の切れたマリオネットになった彼が、彼女をぼんやりと見上げていた。手が、何かを求めるように伸びている。
それを見て、そのまま彼女は正面に目を移した。
わずかに顔をのぞかせた夕陽が血のように赤い光を放ち、彼女を見つめ返している。
やがてそれはゆっくりと下のほうへと沈んでいった。
「さよなら」
彼女の掌が、金網をスーッと通り抜けた。
気づきましたか?
『彼』は『彼女』に話しかけていたのではなく、一人で喋っていたのです。