一章+夢
今回から新作という事で、のんびり、凝った作品にしたいと思っております。
一章、導入に当たる章です。是非お楽しみください。
夢を見た。
それは、夢にしては妙に生々しく、目が覚めてからも心に深く焼きついていた。気づいた時に立っていたのは一面緑の草原で空は青く澄み渡り、まるで幼い頃に母が読んでくれた冒険譚の絵本に出てくるような光景。そんな草原を俺は、何かを探して歩いている。探しているものがなんなのかははっきりしないが、それはとても大事で、心の奥底で、強く渇望していて…と、不意に一人の人影が俺の前に立っている。女の子だろうか、少し短く切った前髪をピンで留めていて俯いている。俺はそこで気づく、自分が探していたものは、自分が追い求めていたものはこの女の子に違いないと。そうして俺は、ただの夢に過ぎない、妄想とも言える女の子の名前をーーーーーよぼうとして、目がさめたというわけだ。
布団から上半身を起こし、うるさく鳴り響く目覚まし時計を止めーーーーようとしたところであることに気づく。
「ん、、、あれ、なんで泣いてるんだろう、俺。」
いつの間に溢れていたのか、理由もわからない涙が布団へと零れる。
夢の内容は、今でもはっきりと覚えている。覚えていないのは、最後にっ出てきた女の子の名前と顔ぐらいのものだ。だというのに、両目から大粒のなみだが留めなく溢れて零れる。
結局、理由の分からない大号泣は5分間続き、鏡を見る時間も無いまま’学校へと行くことになってしまった。
「ぶっはは!!空お前、母ちゃんに怒られでもしたか????」
目の前で大口開けて大笑いしているこの男は、俺ーーーー桐山空ーーーーの唯一の友人、桃塚大輝だった。大輝が大笑いしてい原因ほかでも無い、俺の事だ。どうやら大号泣した後鏡を見なかったのがマズかったらしい、充血して瞼を腫らしたなんとも間抜けな顔のまま、こうして登校してしまったのだから。
「うるせー…ちょっと変な夢を見ただけだって。」
「おまえなぁ、高校二年生にもなって夢見て泣いちゃうなんて…流石の俺もドン引きだぜ…?」
いかにも笑いが我慢できないと言った様子で、大輝は笑う。…こいつ、後で覚えてろ…。
「で、その夢っていうのはどんな夢よ。起きて泣いてるくらいだし、相当おっかない夢でも見たのか?」
「いや、それがさ、怖いどこかむしろ普通なら悔しがるというか、あとちょっとの所で起こされるっていうか…」
うまく言葉にできず、大輝も困ったような顔をしている。そりゃあそうだ、見た本人である自分だってよくわかっていないうえ、最後の最後になにが悔しいのかさえ知らない。そんな夢、人にうまく説明できる方がどうかしていると思う。
「ふぅーん…。まぁ、よくわかんねぇけど。とりあえず、顔洗ってきたらどうだ?あと五分でHR始まるし、流石にそんな顔のまま授業受けんのはどうかと思うぞ俺は。」
至極正論だ。普段ふざけているような態度の大輝だが、成績もよく、意外な事に根がすごくいいやつだ。まぁ、そんな大輝だからこそ俺も親しく話したりすることができるのだが。
「うん、そうする。悪いんだけど俺のカバンから課題抜いて教卓に出しといてくれ。」
はいよー。という軽い返事を背中に受けながら、教室の前のドアから廊下に出る。HRが始まる前の、それも早朝の学校だ。流石にこんな時間から廊下をうろちょろしているやつは少ない。みんな、階段を登ってきて教室へとむかうのみだ。スマホをいじりながら歩く男子生徒。3人仲良く歩いてくる女子。そんな人達から顔を隠すようにして歩く俺の耳に、突然意味のわからない言葉が届いた。
「あとは、あなただけだよ。」
その声の主は、ちょうど登校してきた同じクラスの女子生徒だった。あいにく名前を忘れてしまったその生徒は、こちらを振り返ることすらせずに教室へと歩いて行ってしまった。
「??…なんだったんだ?」
独り言か、はたまた電話でもしていたのかと深く考えずにトイレへ向かおうとした時
、少しだけ、頭痛がしたような気がした。
俺は知らない。
今朝の夢も。涙の意味も。
これから来る、未来の事も。