子供攫い
8月22日、高校最後の夏休み。
ある者は友とはしゃぎあい、ある者は愛する人と過ごす。
そんな夢溢れる夏休み。僕はというと、祖父の家にいた。
祖父の家はいわゆる田舎、その中の更に田舎の、ド田舎中のド田舎、そんな場所にある。
四方は高い山に囲まれ、現代の利器といえばラジオか車ぐらい。
娯楽ゼロ、女ゼロの中、時代に染まり切った現代っ子の僕にとってのロマンもまたゼロに等しかった....あはは。
「おじいちゃん!荷物運んどいたよ!」
という訳で、取り敢えず僕は祖父の手伝いをしていた。今は庭の倉庫からわけのわからないダンボールを運びまくってる。
理由は単純、することがないからだ。暇なんだ。そして暇というものは人を腐らす。
ようはおれもまた無駄なことではない.........ということにしておこう。
「ふぅーよっこらせっと」
作業に一段落ついた僕は縁側に腰かけた。
メキッと軋む木の音と、鼻にくる強い線香の匂いが再び自分がどこにいるのかを思い出させる。
最後に来た時よりも散らかった庭を見ながら、後で片づけてあげようなんて思ってると、ふとお隣さんとの間にある塀が目に入った。
大きな石が幾つも重なり、積み上げられて建てられた石垣。
なんでもこの家を建てたときに、石工をしてるお隣さんと一緒におじいちゃんがつくったんだとか。
まったく、よくするよこんなこと............
「わぁあ‼」
なんだよアレ...!?
誰かが塀の上から見てた...。顔は髪の毛のせいで見えなかったけど、その間からはみ出てる眼は確かにこっちを見てた。
ジーとただジーと、まるで見つめるかのように。
「はぁ、はぁ、はぁ」
あまりのことに息が荒くなる。
もう一度塀へと目を向けた。奴は...もういない。
「見間違い..?」
いや、そんな訳があるか!そもそも何があんな不気味なもんと間違えるってんだ...‼あの眼が再度頭を過った。
熟れたトマトにように真っ赤で、悍ましい眼が。反射的に体がぶるっと震える。
「どうした‼」
落ち着こうと深呼吸してると、おじいちゃんが2階から大急ぎで駆けつけてくれた。
やや発狂気味な祖父を落ち着かせると、僕は今見たものをできるだけ精確に説明した。
「そうか...見たんじゃな」
話を聞き終えると、祖父は意味あり気にそう呟いた。
その言葉が意味もなく僕を心配にさせる。
「...お前は部屋に戻っておれ。俺は和彦さんを呼んでくる。俺が帰ってくるまで部屋を出るんじゃないぞ、わかったな!」
「う、うん」
「わかったならさっさといけ」
それだけ言い残すと、祖父はスタスタと急ぎ足で車に乗っていった。
僕も言われた通り部屋に行く。
その時の祖父は、いつもの穏やかな姿とは似ても似つかぬ程に、凄い剣幕だった。
♢♦♢♦♢
しばらくして祖父は祖母と知らない男――――恐らくカズヒコさんを連れて、部屋にやってきた。
3人は部屋に入るとドアを閉め、僕の前に座り込んだ。
妙に重苦しい空気の中、口を開いたのはカズヒコというひとだった。
「初めまして、私はこの近くの神社で神主をやっている和彦と申します。
......ところで、貴方が見たものというのをもう一度言って貰えますか?」
鋭い眼力で僕を見つめながら、彼はそう言った。
同じ質問をされ、僕の不安は更に高まっていく。それも神主と名乗る人から言われると尚更に。
僕は祖父に言った様に彼にも詳細を伝える。
すると神主さんは大きく溜息をつくとこう続けた。
「...成程、わかりました。どうやら貴方は直ぐにこの村を出るべきのようです。
ですが、もうそろそろ日が暮れます。今晩はひとまず私が応急処置をしておきますので、明日の朝にはもう出ましょう。
では、ご夫婦は彼の荷物を今夜中に積んでおいてください」
そういうとカズヒコさんは慣れた手つきで部屋の壁にいかにもなお札を一枚ずつ、天井すれすれの場所に貼っていき、出入り口となりえる場所には全て大盛りの塩を置いていった。
僕の意見はダダ無視である。
「最後に言っておきますが、明日の朝8時になるまで絶対に部屋を出ないでください、絶対にです。たとえ私やご夫婦の声が聞こえてきたとしてもです。よろしいですね?」
「待って下さい‼アレはなんなんですか?!いまは何が起きてるんですか?!!」
「...落ち着いてください。訳あって今は話せません。何かといまは心配かも知れませんが、この村を抜ければしっかりとお教えしますので。今は私の言うことを守ってください...‼」
「.....わかりました」
神主さんの必死の形相と態度を見、僕は彼の指示に従うことにした。
積りに積もった不安とは裏腹に、何故かその夜はいつも以上に熟睡できた。
♢♦♢♦♢
翌朝、目覚めるとぷっ、ぷっ、ぷっという音が聞こえた。
それはしばらく続くと止み、また鳴りだす。それが何度も続いた。
しかもその聞こえる場所は決まって窓やドアのほう。昨日神主さんが塩を置いていった場所から。
時計を見る。
時間は既に7時を超え、もうすぐで8時だ。けどまだ針はその時刻を示していない。
心無しか時間が経つにつれその音が徐々に大きくなってきてる気がする。
すると、
ぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっ
さっきまでは鳴っての繰り返しだったおのが何かを境に絶え間なくなり始めた。
まるで脳内に直接響き渡ってるように木霊する。
怖い。怖い。嫌だ、嫌だ!
思わず毛布の中に潜り込んだ。体がガタガタと震えてるのがわかる。
まるで自分の体じゃないみたいだ。
汗がすごい。息が荒くなる。死ぬ?死ぬのか?ん?
最早自暴自棄になり始めて頃、それを見計らったかのように音はピタッと止んだ。
かわりに一階から祖父の声が聞こえた。
「おーい、大丈夫か?無理すんなよーほら、下降りて茶でも飲め」
あの所々で裏返って高くなる声。紛れもなく祖父の声だ。
けど体のどこかがそれは違うぞと訴えてきた。何故かはわからない。
ただ言ってきたんだ。なにかが、なにかが違うぞ、と。
だから僕はその声に反応しなかった。ただ毛布の中で包まって、約束の時間が来るのを待った。
時間が経ち、次第に祖父の声する聞こえなくなると、僕は時刻を確認した。
時計を8時10分と示してる。少し超えてしまったけど、むしろこれぐらいの方がいいのかも知れない。
神主さんの言った通り、部屋から出ようとドアを開けた。
「えっ?」
するとそこには数珠を手に持ち、汗だくになってお経を唱える3人がいた。
「大丈夫だったのか...」
「よかった..よかった......」
祖父母は僕を見るやいなや引き締めた顔を緩め、僕に抱きついてきた。
神主さんは僕の生存を確かめると、直ぐに車へと誘導した。
♢♦♢♦♢
「はい、コレ」
車に乗ると、まず神主さんは大きめのお札を一枚僕に手渡した。
「いいですか、私がいいと言うまでそれを握りしめて頭を上げないでください。常に下を見た状態でお願いします」
「はい」
僕は彼の言葉を大人しく聞き入れる。
「ではいきましょう」
それから一体どれくらい経ったんだろう。わからない。
僕はまだ車の中で自分の足を見つめていた。
窓の外からはさっきから凄まじい足音と、あのぷっぷっぷっという音が聞こえてくる。
いるんだ、きっと。奴は僕を追ってきてる。
刹那、車体が大きく揺れた。
体は浮きあがり、それにつられて上体もまた自然と起き上がる。
「....っ!?」
眼が合った。
追ってたなんてもんじゃない。奴はずっと横から僕を見たんだ。
ガラス越しに奴の顔が見える。それとともに奴の顔が美気味な笑みで歪んでいく。
「頭下げてろ‼」
そう言い、祖父は僕の頭を抑えつけた。
後頭部に鈍い痛みが走る。でも今はそんなことでさえありがたい。
頭に乗った手から祖父の汗が伝わってくる。
よく見ると足からも徐々に汗が滲み出てきた。僕の今の反応でそこいることを察したんだ。
そのせいで場は更に異様な緊張感に包まれる。
それからさらに2時間ほど車を飛ばした。
僕はその間意識が飛んでいたというのは、後から聞いた話である。
...
.........
..................
気づくと僕は自室のベッドで寝ていた。
勢いよく覚醒すると、辺りを見渡した。.........奴は......いない。
♢♦♢♦♢
祖父たちは客間で糸が切れたかのようにぐったりとしていた。
さっきまでの張りつめた顔ではなく、いつも通りの穏やかな顔。それを見て僕も安心する。
「起きたのですね。大丈夫そうでなによりです」
神主さんは違う場所に泊まったのか、服も着替えてトイレから現れた。
「はい、その節はどうも...」
「礼は結構です。私は私の役目を全うするまでですので。
では、約束通り今回の説明をさせて頂きますので、お掛けください」
そういい、彼は僕をリビングのソファへと誘導する。僕の家なのに。
ともかく、神主さんは僕の前に正座した。
そして幾度も繰り返したであろう言葉を話し出す。
曰く、あの村には昔、子供を喰い殺して回った食人鬼がいたそうだ。
名を恭介。
こそこそと犯行を犯していた彼だったが、なんせ田舎の小さな村。住民同士の情報網は確固としたものであり、一連の事件が彼の仕業だったということは直ぐに発覚した。ゆえに住民たちは彼を無慈悲に罰し、殺した。
そこで事件は終了。大切な子供たちを奪われ、憎しみで埋もれていた両親ら心は次第に悲しみに染まっていった。誰もが嘆いたこの悲惨な事件。
話はここで終わらなかった。
恭介が処刑されて約一月が経った頃、再び村では子供の不審死が出始めた。
それも決まって被害者は体のどこかが喰い千切られたように一部を欠損した状態での発見。
住民は戦慄した。そして同時に思った、これは奴の祟りに違いないと。
奴が、奴を殺した我らを憎み、また現れたのだと。
そこからは早かった。直ぐに村の神社では村総出の鎮魂際が行われ、そのための石碑まで建てられた。
その石碑に彫られた名は「名無」だという。形を失い、名すらも失い彷徨う者。
それが恭介だったものの成れの果て。それが「名無」と呼ばれ、恐れられる者のこと。
「.........じゃその鎮魂際は成功しなかったんですか?」
僕が見たアレがそのナナシというのなら、その魂はいまだに彷徨ってるってことになる。
「いいえ、当時は成功したそうです。ですがなんせ百年単位での昔のこと、恐らくナナシは力を付けて封を破ってしまったのでしょう」
「.....................」
「けれど問題はありません、封じることはできなくともその影響力を弱めるだけならば私でも可能でした。そのためここ数十年は奴による死者は出ておりません」
「でもさっき追いかけてきて......」
「もういません」
神主さんははっきりとそう言い切った。
「あの村の四方には奴を逃がさないための結界が張られております。もしもの時のためにと建てておいたものでしたが......いまはその用心に感謝するほかありません」
「...そう......ですか」
「話は以上です。私は村に戻って後処理をしないといけませんで失礼します」
そう言うと彼は立ち上がり一礼するとそそくさと帰っていった。
♢♦♢♦♢
神主さんが帰って数日後、祖父母もまた何か用事があるだとかで急いで帰っていった。
まああの小さな村だ、役割とかいろいろあるんだろう。
それから数か月後、神主さんから一本の電話が来た。懐かしい声に少し喜びを感じたが、それもまた一瞬のことだった。
祖父が死んだ。あの家で、静かに息を引き取ったと。
病死らしい。元々あった喘息が悪化して肺炎になり、そのまま......
連絡を受けたときはただ茫然とした。
頭の中がぐちゃぐちゃにされ、何もしたくないと思えた。
......葬式はいつかと聞くと、来るなと怒鳴られた。
僕がまた、ナナシに襲われると思ったからだろう。
翌年、祖父を追うように祖母もまた倒れた。
心臓麻痺による心肺停止。電話越しに僕はそれだけ伝えられた。
悲しみは祖父の時ほど感じない。それは祖母のことが嫌いだったというわけではなく、ただたんに慣れてしまったんだと思う。
葬式に出ることは、もちろん叶わなかった。
♢♦♢♦♢
2年後、僕は成人し、職も得た。
彼女は残念ながらいないけど、それもそのうちだと思う。
別に焦る必要はない。焦っても何も変わらないんだから。
なら気にせず過ごすべきだと、僕は勝手ながら思った。
久しぶりの休日を楽しもうとした矢先、その電話はかかってきた。
神主さんだ。
思わず体が力む。無理もない。彼から電話がかかってきたときは、限って悲報ばかりなんだ。
「お久しぶりです、和彦さん」
「こちらこそ、お久しぶりです。
......今日は少し問題があったため念のためあなたには言っておいた方がいいかと思いまして」
気のせいか神主さんの声がいつもより数段暗い。
嫌な予感がする。
「実は村を覆っていた結界に穴が開けられていました。大きさとしては小さいですが、奴が抜けるためには充分な大きさです。
奴は基本的に子供しか獲物として狙いません。なので成人したあなたが気にする必要はないと思います............がただ、まわりでそのような話を聞いたのなら直ぐにお話下さい」
「......わかりました、そうさせていただきます」
「ありがとうございます」
電話はそこで切れた。
全く、言わんこっちゃない。悲報とはまた違う気もするが、それでもいいことじゃない。
あんな化け物が外に離された。一体これから何が起こるのやら...
その日の夜、自室の窓から、ぷっ、ぷっ、ぷっと聞こえてきたのは、ただの幻聴であってほしい。




