ビバーナム・ティヌス
恋は嫌いだ。
相手のことばかり考えて、勉強も家事すらも手につかなくなって、考えないようにしないとと意識しても気づけば頭の中は相手のことでいっぱいになる。
進級のかかった必修のテストを明日に控えた今でもそれは同じだった。
「......」
シャーペンの走る音と参考書の捲れる音しかしないテスト前日21時の図書館。ほとんどの人がもう帰ってしまっていて、残っているのは確認できるだけでも私たちの他に3人ほどしかいない。この人たちは皆明日のテストのことを考えているんだろうなと思う。当たり前である。何故そんな当たり前のことが今私には出来ていないのだろう。
「おい、どうかした?」
静かな空間に急にポンと低い声が投げ込まれ、くだらないことを考えていた私を現実に引き戻した。
「えあ、ううん、大丈夫」
なるべく平静を装って返事をしようとして失敗した。前の席に座っている男の眉間にシワがよるのが視界の端に映った。
「わかんないとこあるなら今のうちに言ってくれよ。お前がわからない問題は俺もわからないから捨てるし」
テスト勉強をしようと誘ってきたのはこの男からだった。講義はチンプンカンプンだからなんとか単位が出る程度に理解させてくれと、前日に。
「いや全然関係ないこと考えてた」
「はぁー頭良い方は余裕だこと」
全部の範囲は見れないしヤマ張るかぁと男はシャーペンをノートに投げて伸びをした。
なんで私はこんなバカな男のことが好きなんだ。別に顔が特別かっこいいわけでもないし、頭は悪いし、スポーツしてるところなんて見たことないから運動神経いいのかも知らないし、同じ学生だから金持ちなわけでもないし。
「なぁ、やっぱどうかした?」
ジトッと男を睨みつけていたのがバレたらしい。私の目を真っ直ぐ見つめて笑いかけてきた。この男は人の目をしっかり見て話すやつだ。そういうところは、確かに好きかもしれない。
「いや、楽しいなぁと思っただけ」
「テスト前日の何が楽しいんだよ楽しくねぇよ」
「お前の焦ってるとこ見てるのがだよ」
「はー性格わりぃー」
やだやだと言いながらさっき投げたシャーペンを手に取り器用に回し始めた。私はペン回しは出来ないから、すごいなと思う。
「テスト前日に勉強付き合ってくれる人を性格悪いとな」
「ごめんごめん。優しいです。ありがとう。良い友達を持ったよ」
この男は誰にでも私が優しいと思ってるのか。私でもさすがにテスト前日にただの友達の勉強を1から見るほど親切じゃないのだけれど。お前が友情だと思って見ている私は、ただの見せかけの私だ。
「バーカ」
「改めて言われなくてもわかってるわ」
このバカはお前に向けてでなくてお前に恋する愚かな自分に向けてだ。バーカ。