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魔法使いの黙示録  作者: SETO
vision1.魔法使いは英雄足りうるか?
4/6

seen3.学園の日常

興奮冷めやらぬ中、魔法使いによる特別講義は終わった。ゾロゾロと生徒達が講堂を出て行く中、照史は近くに寄ってきたファムの頭を撫でる。


「のうお主、あそこまで色々喋って良かったのか?」


「問題ない。大事なのはこの世界の地力を上げることだ。それ以外は全部些事だろう?」


「それはそうじゃが……。しかしそれでお主に危険があっては」


「お前も俺の魔法がどんなものかは知ってるはずだ。他の奴がどれだけ俺の力を知ったところで、俺の魔法は(・・・・・)原理上必勝だ(・・・・・・)


そんな風に宣いつつ、照史はこちらに寄ってくる翔子を見つめた。

彼女は照史の狙いの大事な肝だ。だが、今の自分がやっていることが正解なのか。それは照史本人にも分からない。少なくとも、一人の少女に背負わせる重責としてはそぐわない物を負わしているのは承知している。

だからせめて彼女が心置き無く死ねるように未練くらいは断ち切ってやろうと思っていた。


「どうだお嬢ちゃん。気分転換くらいにはなったか?」


「ええ。興味深い話がいっぱいでした」


「それは良かった。それじゃあ、俺らも教室に戻るか」


そう言って照史は翔子に背を向ける。翔子もまた黙ってそれについて行った。






▽▲▽▲▽▲▽▲▽







授業は4限からの再開となった。照史は教室の一番後ろでその様子を眺めながら郷愁に浸る。


照史にとって、学校の授業というのはまだ平和だったかつての生活を思い出させるものであった。高校二年の時に大災厄に巻き込まれ、どうしようもない運命の糸に絡め取られた。それ以来、彼にとって学校というのは平和の象徴ですらあった。

だから彼はローエンドでもよく学園に顔を出していたし、今回あんな教壇に立つなんて大それたことをしたのもそのことが理由の一つとしてあったかもしれない。


授業中、チラチラと向けられる視線に応えながらも、どこか上の空であった。

一方、ファムはこの世界で見るもの全てが珍しいらしく、キョロキョロとあちこちを見回していた。モニターにプレゼンソフトが表示されたなど大げさに驚いている。


「照史照史!この世界はすごいのう!魔法も使わずにこれだけの文明を起こすとは。妾のおった世界では考えられぬことじゃ!」


「ん?ああ。元々ここはそういう世界だからな。と言っても、今じゃ発電所も魔術任せで全く魔術が供与してないわけじゃ無いらしいが」


「ほほう!人間はよく考えるものじゃなぁ」


「そりゃ、数千年で何人かは魔法使いが生まれるくらいだからな。俺に言わせてみれば、人間なんて考えるために生きているみたいなもんだ」


コソコソとやりとりをしながら、照史は苦笑していた。科学技術を使いながら、やっているのは魔術の授業。なんともアンバランスな世界になったものだと。


「にしても、やっぱ皆頭良さそうだな。さすが国内偏差値第一位ってとこだな」


「そういうものなのかえ?」


「ああ。俺の学生時代じゃ、ここでは落ちこぼれ間違いなしだったな」


ファムはお主がか!と心底驚いたとばかりに目を見開く。ファムが照史と出会った頃には、すでに彼は魔法使いだった。ファムの尺度で言えば照史は天才以外の何物でもなく、そんな彼が落ちこぼれるところなど想像も出来なかったのだろう。

人間とはすごいものじゃのう、と何度も頷くと自身も真面目に授業を受け始めた。

照史は今更魔術の勉強か、と苦笑して彼女の様子を眺める。ファムも、初めてあった時とはかなり変わったと照史は感じていた。あの死に損ないがここまで感情豊かになって色んな物に興味を向けるなど、昔では考えられなかったことだ。なんとも言えない感慨に耽っていると、いつの間にか授業は終わっていた。


魔法使いが見ている中での授業にくたびれたのか、大きくため息をつく教師に照史は苦笑した。


「ちゃんと分かりやすい授業だったぜ。魔術の基本をちゃんと踏襲してる。これなら向こうの貴族学校でだって通じるんじゃ無いか?」


「魔法使いの貴方にそう言って頂けるなら望外の喜びです。しかし疲れました」


「くくっ、悪いな。これも依頼でね」


「いえいえ。事情は聞いていますから。それでは、失礼します」


教師は一礼して教室を出て行った。

その様子を見届けた後、照史はファムを引き連れて翔子の席へと近づいて行く。


「お嬢ちゃん、昼はどうするんだ?友達と食うなら俺らは暫く離れとくけど」


「そうですね……。いつもならアナスタシアさんと食べてるのですけど、ご一緒しますか?」


お知り合いなのでしょう?と翔子が聞かれ、照史は頷いた。


「まあ昔、少しだけな。こーんなちっちゃい頃に何ヶ月か一緒だったんだ。それにしてもアリス、こっちに来てるとはな」


「あの小娘、存外良い女になっておったでは無いか。唾かけておった甲斐があったというものじゃの、お主よ?」


「言い方を考えろっつーの。さて、ご一緒させて貰えるならそうしようか。アリスは見たところこのクラスじゃ無いみたいだけど、ここに来るのか?」


「はい。アナスタシアさんは隣のクラスなので、すぐ来ると思います」


「よし、それならこのおっさんが少し腕を振るってやろうかな。あいつが来たらテラスにでも行くか」


ここまで来るときに見たテラスがちょうど良かった。照史はそんなことを考えながら、アナスタシアの到着を待つ。

程なくして彼女はやって来た。


「お久しぶりですわね、照史様」


「おおアリス、久しぶり。昔みたいにお兄ちゃんとは呼んでくれないのか?」


「そういう歳ではありませんもの。ファムさんもお久しぶり」


「久しいのう、アリスよ。良い女になったようで何よりじゃ。照史も鼻高々じゃろうて」


喧しい、と照史はファムの頭を強く撫でる。髪の毛が乱れてムスッとするファムを懐かしそうに見てからアナスタシアは顔を上げた。


「照史様もファム様も、アリスはやめてくださいまし。今では幼名が取れてアナスタシアと名乗っておりますの」


「そうか。じゃあアナ?大学の方のテラスにでも行こうと思うんだが、いいか?」


「ええ、照史様にお任せしますわ」


周囲の生徒たちはアナスタシアと照史の関係に興味津々だったようだが、照史はその視線を物ともせずに一度指を鳴らした。パチンッという音とともに四人の視界が切り替わる。その時にはすでに彼らの姿はテラスの前にあった。

突然消えた四人に生徒たちが唖然とした表情をする。だが、ややもすると魔法使いだからと納得して各々の食事に戻って行った。

移動先で食事を取っていた生徒たちも好奇の視線で四人を見ている。先程まで授業をしていた魔法使いと三人の少女が突然姿を現したのだ。無理もない。その視線の中を照史は歩いて行き、ちょうどいい空きスペースを見つけると止まった。


「ファム、頼むよ」


「うむ」


ファムが頷くといつの間にかそこには豪奢なテーブルと、これまた高そうな椅子が四脚。ファムがその一つに寄ると照史はその椅子を引いてやり、ファムをそこに座らせた。自分もその横に座り、二人へ手招きする。


「ほれ、時間は有効活用しようぜ。積もる話ばかりだろ?」


「相変わらず無茶苦茶しますのね?」


はあ、とため息をついてアナスタシアは照史の対面に座った。遅れて正気に戻った翔子もその後に続く。


「あの、能見様。これは……?」


「気にしない気にしない。ところで、なんか食べたいものとかあるか?ファムが何でも出してくれるぞ?」


「えっと……」


「妾はこの世界のものが食べて見たいのう。アナスタシアよ、何か良いものを知らぬか?」


「私がこちらに来て一番感動したのはお寿司ですわね。お魚を生のまま食べるなんて、照史様の冗談だと思っておりましたもの」


会話に置いてけぼりの翔子に照史が苦笑する。


「お嬢ちゃん、あるがままを受け入れればいいんだよ。魔法使いを相手にするコツさ」


「何と言っても、常識が通用しませんものね」


アナスタシアが呆れたように続く。翔子は、アルベド級の魔術師であるアナスタシアの常識外と言われ、そこで考えるのをやめた。


「…….そうします。私にこれを理解するのは少々難しそうです」


「それがいい。さて、寿司となるとファムより俺の出番かな。お嬢ちゃん、どっかいい店知ってる?」


「ええと、東京のお店で宮というお寿司屋さんのところがすごく美味しかったです」


「ほい来た、東京の宮って店な」


照史は頷くと、再度指をパチリと鳴らす。ほんの少しだけ空間が裂けると、一瞬の後に元どおりになる。

すると、テーブルの上には様々な寿司が所狭しと並んでいた。


「にしても外で寿司ってのも変な感じだな。あ、塵とか砂はこっちで防ぐからどんどん食ってくれ」


「これも魔法で?」


「ああ、魔法で。ちょっと”見取った”。盗んだわけじゃないから安心してくれ。勿論、食べても普通に美味しいぞ」


「のうのうお主よ!これはどうやって食べるのじゃ!?」


照史は早く早くと急かすファムに寿司の食べ方を教えてやる。

その間、アナスタシアと翔子は視線を交わし、色々と諦めて食事を始めた。ファムは一度食べ始めると、寿司を大層気に入ったらしく怒涛の勢いでその口の中に詰め込んでいく。その小さな体にどれだけの量が入るのかと、照史以外の全ての人間が驚いていた。


「ふう、ファムは相変わらず大飯食らいだなぁ」


「そんなレベルではないと思うのですが……」


「気にすんなって。体が大きいからいっぱい食べなきゃいけないんだよ」


大きい?と翔子が首をかしげるも、照史はそれに答えはしなかった。


「にしてもアナ。こっちに来てるなんて驚いたぞ?」


「名目としてはローエンドとこの世界の交流のための交換留学生ですわね。お父様やこちらのお上の方々には別の思惑もあるみたいですけれど」


「そらそうだ。なんたって一国の王女を留学に出すんだ。なんかの打算がなきゃそんなことしないさ」


何を隠そう、アナスタシアはローエンド側の境界の出口がある国の第一王女。それも魔法使いと親交のある人間だ。別件での有用性含め、手元から話すにはそれなりの思惑があることは想像に難くない。


「ま、いいんじゃないか?まだ子供だ。大人の思惑に付き合いながら目一杯遊んでやれ」


ちらりと視線を向けられた翔子が苦笑する。照史の言葉にかけられた意味を悟ったのだろう。


「そうですね。そんなに長くない学生生活です。いっぱい遊びましょうね?」


「ええ、翔子さん」


笑い合う少女二人を眺めながら、照史は大トロを頬張った。懐かしの味に顔が綻ぶ。

その隣では机の上の寿司をほとんど平らげたファムがお代わりを所望していた。照史はもう一度指を鳴らして寿司を出現させる。そうするとまたファムが勢いよく食べ始める。その勢いに衰えは全く見られなかった。


「それにしても能見様。魔法というのは本当になんでもありなのですね。視るという概念の魔術でこんなことが出来るとは思えないのですけれど」


「んー、まあそうだな。俺の力が広義過ぎるのもあるんだろうが。今の魔法で言えば、『見て取る』って言葉があるだろ?それを、『上部から本当の意味を悟る』という本来の意味から、そのまんま『見たものを取る』って解釈したんだ。

そうやってこの寿司の存在の構成を『見て取って』、この場に『見知り置いた』んだよ」


「えーっと、はい……?」


「つまり、見たもの全部をコピー出来るってことかな。簡単に言えば」


デタラメだ。翔子はそう思わずにはいられない。そんな言葉遊びのようなことを現実で起こすなんて。それこそ神の領域ではないかと。

それに対してアナスタシアは照史の理不尽さを重々承知していた。幼い頃に見せられたものはこの程度のものではない。今更このぐらいで驚いてはいられなかった。


「こやつは魔法使いの中でも特異なやつでのう。あまり深く考えん方が良いぞ?その気になれば文字通り瞬く間に世界を滅ぼせる男じゃ」


「そういえば、先ほども核を落とされても死なないと言っておられましたわね。この世界の最強の剣なのでしょう?」


「うーむ、そういう意味ではないのじゃがな。まあよいとするかのう」


悩むようなそぶりを見せたファムだったが、言葉を続けはしなかった。教えるのがどうこうという話でなく、理解できるとは思えなかったからである。それなりに長く共にいるファムからしても、照史の異常さは際立っている。それを一介の魔術師見習いに理解できるはずもない。


「そんなことはともかく、二人は学校のあと空いてるか?」


「いえ、特に予定はありませんが?」


「ええ、私もですわ」


「よし、それじゃあちょっと遊びに付き合ってくれ。せっかくこっちに来たんだから、それなりのことはしたいしな」


アナスタシアはすぐに頷き、翔子も僅かな逡巡ののちに頷いた。父との時間が減ってしまうとは思ったが、ごく親しい友人との時間も大切にしたかったのである。

照史は朗らかに笑い、懐から何枚かの金貨を取り出す。


「これって換金できるか?」


「フェーズ王国の金貨ですか。此方では流通してなかったはずですので、売るなら金としてになりますわね」


「ああ、それでもいいや。前に仕事した時にたんまり貰ったはいいものの、あんまり使い道がなくてな。適当にばら撒きたい所だったんだ」


照史は懐から膨れ上がった皮袋を取り出す。


「ぶっちゃけ金なんて幾らでも作れるんだが、流石にそれは反則だしなぁ」


「やめてくださいね?本当に」


翔子がげんなりした顔でそう言う。政府とも関わりのある名家の娘としてはそう言うほかない。もしそんな事をされれば貨幣経済の崩壊どころでは済まないだろう。


「やらないって。経済をグチャグチャにしても面白いことなんてないしな。普通にやってりゃ幾らでも稼げるし」


「お主は魔法使いだと言うのに働きすぎじゃと妾は思うがのう?」


「一応日本人なんでな。働いてないと気が済まんのさ」


「難儀な民族よのう」


呆れたようにファムが言う。四人の団欒は昼休みギリギリまで続けられた。






▽▲▽▲▽▲▽▲▽







五、六限の授業が終わって放課後。

照史は迎えに来ていたアナスタシアの護衛に挨拶をし、少しの間連れ出す事を告げた。護衛側としても魔法使いの言葉を無下にはできない。なにより、自国の要人が魔法使いと親交を持つなど褒められることはあれど怒られることはない。そう言ったわけで四人は街へと繰り出すことになった。


「それで、どちらに向かうんですか?」


「ん、最初はこれを換金して、そっからブラブラしようかと思ってる。やりたいことがあったら言ってくれ。このおっさんが奢ってやるから」


「結界の外はやめてくださいましね。護衛の者が此方の居場所を把握できなくなりますので」


そうだなぁ、照史は考える。実を言えば、照史にどこへ行きたいという要望はない。この十年でこの世界がどのように変わったか。それを知れればいいとだけ考えていた。

ファムが観光をしたいと煩かったのも理由の一つではあるが。


「まあ、行き先は二人で決めてくれ。俺は後ろからついてくからさ」


「そうですわね……。私は珍しく護衛が付いていないので、今まで行ったことがないような場所に行ってみたく思いますわ」


「行ったことがないようなところ、ですか……」


翔子はアナスタシアの要望に頭を悩ませる。翔子とて良家の子女。俗っぽい場所にはあまり近づいたことがない。そのため、どのようなところに行ったらいいか分からなかった。


「んー、じゃあゲーセンとか行ってみるか?この町にあるかどうかは知らないが」


「ゲーセン?」


「ああ。俺が高校生だった頃はよく行ったもんだよ。懐かしいな……。まだあの格ゲーとか残ってんのかねぇ」


そんな事を言いつつ、照史は周囲を見渡す。すぐにお目当てのものを見つけたのか、そちらへと足を向けた。


「よし、こっちだな。おいファム、その飯屋は今度連れてってやるから後にしなさい」


「むう、少しくらい良いではないか」


「あん?……クレープか。しゃあねえな、買ってやるよ。お嬢ちゃんたちは?」


「あ、食べてみたいです」


「私もよろしくお願いしますわ」


あいよ、とだけ返して照史はその屋台に近づいていく。クレープ屋の店員は照史を見て一瞬ギョッとしたものの、すぐに笑顔を取り繕った。


「ご注文は?」


「んー、俺はチョコバナナで。ファムは……黒蜜でいいか。お嬢ちゃんたちはどれにする?」


「では、私はストロベリーチョコカスタードというもので」


「私は抹茶でお願いします」


「んじゃそれで。会計は持ち合わせないからこれでいいや。後で換金すればそこそこの金額になるだろ。釣りはいいからさ」


そう行って照史は金貨を2枚店員に手渡す。店員はどうしたものかと悩んでいたが、結局受け取った。今朝テレビに出ていた有名人が渡して来た金貨だ。それなりの金額になるのは間違いないし、そうでなくともいい記念になると考えたからだ。


「ただいまお作りしますから少々お待ちください」


店員の言葉に頷いて、横にずれてクレープを待つ。

その間に四人で適当に話していると、次第にその周囲へと人が集まり始めていた。照史のニュースはすでに何十回もテレビで流され、SNSでも広まっている。特に変装をしているわけでもなく、横には目立つ少女たち。人が集まってくるのはある種当然だった。


「あ〜。やっぱこうなるよな」


「凄い人ですわね」


「まあ、有名税みたいなもんだろ。巻き込んで悪いな」


「いえ、分かっていて依頼したのは此方ですから」


そこでクレープが完成し、一人ずつ手渡されていく。最後にファムのクレープを渡し終えた店員が照史に話しかける。


「あの、今朝テレビに出ていた能見照史さんですよね?」


「そうだが、どうした?」


「記念に写真を撮らせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ん?んんー、まあいっか。一枚だけで頼むな」


「はい、ありがとうございますっ!」


店員は慌てて車を降りると、四人に並んでもらって写真を撮った。周りの観衆からもフラッシュが焚かれていたものの、照史たちは気にせずその場を離れた。

クレープを食べながら歩き始めても、やはり何人かの野次馬が彼らの後をついていく。


「写真ぐらいはいいけど、ここまでくると面倒だな」


「向こうより人が多いから面倒じゃのう。それにしてもこのクレープとやらは良いのう。甘くて美味しいのじゃ」


「だな。個人経営っぽかったけど、意外とうまい」


「私も初めて食べましたが、お手軽でいいですね」


「歩きながら食べられるのはいいですわね」


「まあそういうもんだからな」


答えつつ、自分もクレープにかじりつく。懐かしい味が口の中に広がり、照史は自然と笑みをこぼした。やはり食事はいい。何も考えずに楽しめる。照史は内心そうこぼしながら周囲を再度見渡した。

あちこちに魔術が使われている。一つ一つの魔術は大したことのないものだが、むかし境界で照史が見てきたものよりはるかに効率化されている。科学技術の発展とともに効率性を追い求めた世界らしい魔術の使い方と言えよう。あるいは、魔法を代表するファンタジーに慣れ親しんだ日本だからこその順応なのか。


照史はじっくりと世を見渡しつつ、翔子に質問を振った。


「他の地域でもこれくらい魔術が使われてるのか?」


「そうですね、そのように聞いています。魔術自体の発展はこの街が一番ですが、その成果に関しては全国に回っているそうです」


「なるほどな」


その成果が海外に解析されるかどうかの心配はしない。魔術というのは、物理による比較だけでは絶対にたどり着けないものだと照史は知っている。

たとえアメリカを代表とする先進国がこの国の製品を持ち帰ったとしても魔術にはたどり着けない。だからこそ、照史はこの世界に来たとも言える。


「お、着いたぞ」


「まあ、これが?」


「そ、学生の溜まり場。ゲーセンだよ」


四人の目の前には全国チェーン店のゲームセンターがあった。やはり、実物を見るのは懐かしいのか照史の目が細められる。奇しくもむかし照史が通っていたゲームセンターと同じチェーンの店だった。

中に入るとゲームセンター特有の騒がしい音とタバコの匂い。


「騒がしいところですわね」


「まあ、いろいろあるからな。慣れないと出た後に耳がキーンとするんだよなぁ」


「そういうものなんですか」


「よし、じゃあ先ずはクレーンゲームから行くか。あれなら初心者でもやりやすいだろ」


そこであることに気付き照史は足を止める。


「どうしたのじゃ?」


「あー、換金してくるの忘れたわ。ちょっと行ってくるから、ファムは二人を頼むわ。こっちでも見とくけどな」


「うむ、了解じゃ。さっさと行ってくるがよかろうて」


その直後、照史の姿がその場から消えた。その数十分後、再び照史が戻ってくる。


「悪いまたせたな。含金率しらべるのに時間がかかってな」


「うむ、お主が遅いせいでクレープとやらを十は平らげてしまったぞ」


「それは食いすぎだ。お嬢ちゃんたちも悪いな」


「いえ、気にしてませんから」


くだらない事で時間が潰れたとはいえ、元々かかっていたはずの時間だと翔子は割り切った。それより照史を待つ間に回ったゲーム等をやって見たかった。


「よーし、じゃあどれがやりたい?金なら出すから好きに遊んでくれ」


照史は万札を両替しながらそう言う。見るものが見たら途轍もなくシュールな光景である。


「では、これをやってみたいです」


「おお、このぬいぐるみな」


ほら、と照史は500円を翔子に渡す。翔子はそれを筐体に入れて真剣な眼差しでゲームに挑んだ。照史はそれを眺めつつ、ファムにも幾らかの金を渡す。


「ほら、あれとかお菓子を落とすゲームだからやってくるといい」


「おお!そんなものがあるのかえ?やってみるとするかのう」


ファムはそちらへと向かって行く。そして照史自身はすぐ横にあったフットパネル式のリズムゲームに挑むことにした。


「このシリーズ、まだあったのか。むかし散々やったけど、今ならもっといけそうだな」


「これですの?」


「そそ。画面に流れてくる矢印に合わせてパネルを踏むんだ。アナもやってみるか?」


「ええ、ご一緒しますわ」


ちらりと照史はアナスタシアの靴を見やる。ぴっちりとしたローファーで踊るには向かないだろう。照史は良さげな靴をピックアップして出現させた。


「それでやるといい。その靴よりは動きやすいだろ」


「まあ、ありがとうございます」


筐体に小銭を入れ、二人ともゲストプレイを選択。適当な曲を選んで踊り始めた。

照史はさすがと言うべきか簡単に最高レベルの曲を踏みこなしたが、アナスタシアは初めてのゲームに恐る恐るといった感じが否めない。それでも戦乱が容易く起こるローエンドの王族として英才教育を受けた姫君。しばらくすると難易度の高い曲でもある程度踏めるようになってきた。

何クレジットか繰り返した頃にはファムや見事ゲットしたぬいぐるみを抱いた翔子もやってきた。ギャラリーもいつの間にか増えており、調子に乗った照史はアナスタシアをパネルから下ろさせる。


「よし、いい歳こいたおっさんの本気を見せてやろう」


そう言って照史はファムの髪を結んでいたリボンを抜き取ると、自分の目を隠した。その上で最高難易度の曲、更に二つのパネルを使うモードを選択する。


「見とけよー」


曲が始まり、勢いよく矢印が降りてくるが、モニターに背を向けたままものすごい勢いでパネルを踏み始める。その上で全ての矢印をPERFECT判定で踊りきった。

ギャラリーから「おおー!!」と歓声が上がる。それによって更に気を良くした照史は曲選択したあと、更に逆立ちをした状態で踊り始める。時にはあり得ない勢いのバク転を決め、ギャラリーを沸かせる。これもまたフルコンボで踊り終えるのだった。

観衆の拍手に応えながら照史は筐体を降りる。


「魔法使いが大人気ないのう」


「いいじゃねえか。昔出来なかったことができて楽しかったんだよ」


昔はやり込んでいたもののそこまでうまくなかったからな、と照史は呟く。


「お疲れ様です」


「ああ、ありがと。暇させちまったか?」


「いえ、十分楽しめました」


「そりゃよかった。ほら、これやるから自由に遊んできな」


照史は皆に小銭を渡して、それぞれのゲームを眺める。翔子はクイズゲームに挑戦したり、再度クレーンゲームに挑んだり。アナスタシアとともに初めてのゲームセンターを楽しんでいた。

ベンチに座ってそれを眺めているとファムが寄ってくる。


「お主、罪滅ぼしのつもりかえ?」


「……そう言うつもりではないんだが。でもまあ、そうなるのかねぇ?」


照史としては、最後の時間ぐらい楽しく遊ばせてやりたいと言うだけのつもりだった。しかしそれも照史の自己満足である以上、否定はできないと思った。


「まったく。お主は甘いのだが鬼畜なのだかわからんのう」


「別に?目的に関わらない範囲でなら遊び心もあるってだけの話だろ」


照史は静かに楽しむ二人を見つめ続けていた。






































ーーー世界が、裂ける。

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