prologue.依頼
至らぬところがあると思いますが、よろしくお願います。
個人的に面白い夢を見たのでそのストーリーを小説にしてみました。そのため設定的に矛盾があるかも知れません。その時は教えていただけると有難いです。
ーーー10年前。
「こんな!?こんな終わり方なんてありかよ!」
紫紺の靄が立ち込める荒野で、その青年は叫んだ。瞳から血の涙を流し、喉も張り裂けよとばかりに声を張り上げる。
「神が、神がこんな運命を用意しているって言うなら!ぶち壊してやる!壊して潰して消し尽くしてやる!!」
青年の眼前で、龍が吠える。
それを意に解することさえせず、青年はゆっくりと空を見上げる。真っ暗な天蓋を睨め付ける。
「俺は!俺は生きてみせる!!」
そして、世界が割れた。その裂け目からは何億何兆、はたまた無限に届かんばかりの眼が全てを睥睨していた。
「まずはお前だ」
青年の一声に、全ての眼が龍を向く。声に込められたありったけの憎しみにそぐわない、虚無の視線が龍へと襲い掛かった。
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数千年と続く人類史の中で、その日は特別だった。その日は文字通り、新たな世界への扉が開かれた日であるからだ。
接続の日。海外でそう呼ばれるその日は、この日本でも休日として扱われている。世界中が驚いたその日から10年。世界の構造もそれ以前とはかなり変わった。
日本は世界で最も発展した国に変わり、新たな技術体系が様々な方面で活躍している。それ以前の世界に比べて日本の立場は遥かに強くなった。
次々に生まれる新技術と、独占状態の知的財産が日本の躍進を支えていた。
お祭り騒ぎのーーーお祭りそのもののーーー街を二人の人物が進んで行く。
一人はロングコートに身を包む、二十代後半の男。その手にはジュラルミンケースが一つ。その横をトテトテとついていく幼女はゴシックロリータのドレスを身に纏ってその身体より大きなキャリーバッグを引いている。
どちらも見目麗しいと言っていい容姿であったが、放たれる異様な雰囲気がその印象を変えている。
誰もがその二人の避けて歩く。はしゃぐ不良も姦しい女子高生の集団も、その二人が歩く道の途上に立とうとはしなかった。それはある種異様な光景だった。
人でごった返す都心部で、二人の前だけは人がいない。まるでモーゼの奇跡のように寄る人並みを切り裂いていた。
片割れの幼女がチラチラと見回していると、男が苦笑して頭を撫でる。幼女は鬱陶しそうにしながらもそれを黙って受け入れた。
「もうすぐ依頼人と落ち合う場所だ。観光はそのうちさせてやるから、もうちょっと我慢してくれ」
「むう、仕方ないのう」
その見た目に似つかわしくない深みのある声と口調で幼女はそう答えると、歩調を上げて男を追い抜いた。
その様子に男は再度苦笑を浮かべてそれに続く。
そこからしばし歩いて、二人は人気のない裏路地の方に進んでいく。その足取りに迷いはなく、やがて目当ての車を見つけるとその窓を叩いた。
それは黒塗りの高級車。一目で乗っているのは只者ではないと分かるリムジン。そのウインドウが静かに降りていく。
「能見照史様でよろしいですか?」
「ああ。これ、依頼状な」
運転手はそれを確かめると一つ頷いて座席側の扉を開けた。
サンキュと照史は中へと乗り込む。中には制服を纏った少女が一人。可憐と言っても良い容姿の持ち主であるが、明らかに異常な特徴も持ち合わせている。そしてその横には父親とみられる男がいた。高そうなスーツと、それを完璧に着こなす品の良さでその男がこの車の持ち主であるのがみて取れた。
「あんたが依頼主か。んでそっちが……」
「ええ、この子が護衛を依頼したい私の娘。美山翔子です」
照史が二人の対面に座ると、その横にポスリと幼女が腰を下ろす。それを見届けた後、美山翔子の父親は再度口を開く。
「申し遅れました。私は美山章三と申します。お会いできて光栄です、《13番目の魔法使い》能見照史殿」
「やめてくれよ恥ずかしい。俺この世界ののイメージは10年前で止まってんだから、この世界で二つ名とかこそばゆくて仕方ねえ。それよか早く本題に入ろうぜ」
章三はクスリと笑みをこぼす。
「わかりました。では、本題に入ろうと思います。
依頼内容はこの子、美山翔子の護衛。期間はこの子を狙う魔術結社の手が止むまで。依頼料は、応相談でどうでしょう?」
「んー、まあ金は腐るほどあるからどうでもいいんだが……。ところで、狙われてる理由ってのはそれか?」
照史はじっと、翔子の腹を見つめる。
美山翔子の異常。それはまるで妊婦かと思うほどに膨らんだその腹にあった。翔子は照史の視線を受けて身をよじった。
「……はい。去年、急にこの子のお腹が急に膨らみ始めまして。本人も心当たりは無いらしく、調べてみた所何らかの魔術的な要因が絡んでいることは分かったのですが……」
「まあ、こっち側ではそうそう解析できんわな。俺はそれ目当てに来たところもあるし、依頼自体は受けるつもりだが」
「それにしてもまた、面妖なモノを宿しておるのうその娘御。見た所解除できるようなものでも無し。発動を待つ他あるまいて」
「だな。俺たちにとってはその方が都合よくもあるが……」
美山親子は二人の会話の意味がよく分からず、首を傾げている。その様子に気が付いた照史は首を振った。
「ああ、こっちの話だ。んで依頼だが、さっきも言った通りその子の腹にある概念魔術は俺も注目しててね。発動まではしっかり見届けさせてもらう。依頼料は、そうだな……。それなりの部屋を一つ、当面の活動資金になるだけの金で十分だ」
「本当ですか!?」
照史の提示した依頼料は章三の予想外のものだった。
目の前にいる魔法使いに護衛を頼もうと思えば、万金を積んでも足らないほどである。それを部屋一つとある程度の料金だけで十分とは、望外の結果である。
しかしその一方で、強い不安を覚えたのも事実である。魔法使いにそれほどのことを言わせる、娘の腹の中にあるものとは一体何なのか。
その疑問を呈したのは、それまで黙っていた娘の方だった。
「あの!」
「ん、どうしたお嬢ちゃん?」
「その……、これは一体何なのでしょうか?」
それは本人からしたら当然の疑問だっただろう。唐突に膨らみ始めた腹。性交渉の経験もないにも関わらず、まるで妊婦のように膨らんだその腹は翔子からしてみれば不気味以外の何者でもない。クラスでも魔術が絡んだものだと分かるまでは奇異の視線に晒されていた。
今年で17歳になる少女にとって、それは物理的な重さをはるかに超えた負担であった。
「ん?んー、まあ答えてもいいんだが、間違いなく後悔することになるぞ?」
「どういう、意味ですか?」
「その質問、結局同じ意味だってお嬢ちゃん。何も知らずにその日を迎えるか、それとも怯えながらその日を迎えるかの違いしかないって」
「怯えているのは一緒です!!」
ヒステリックに叫んだ翔子を照史は興味深げに眺める。荒れた息を整えて翔子はゆっくりと語り始める。
「こんなお腹になってしまってから、一体自分が何を生むのかも分からず、いつ生まれるのかも分からなくて……。怯えるだなんて、そんなの今更なんです!」
「ふむ、教えてやれば良いではないか照史よ。このような小娘が覚悟を決めて聞いておるのだ。答えねば男が廃ろうて」
自分の容姿を棚に上げて幼女がそのようなことを言う。照史は盛大に溜め息をつきつつ、翔子をじっと見据える。
「その腹に宿ってんのは、結構な格の霊獣だ。まあ、分かりやすく言えばとんでもなく強い魔物と言ってもいいな。その魔術が発動すれば、中にいる魔物がお嬢ちゃんを内から食い破って外に出てくる」
翔子と章三は、一瞬照史が何を言っているか理解することができなかった。だが、覚悟はあると叫ばれて容赦するような無垢さを照史は持ち合わせてはいない。
「つまり、その腹の魔術が発動するまでがお嬢ちゃんの寿命って訳だな。しかも発現してから一年は経ってるんだろ?俺が見た感じじゃあと一月も経たないうちに発動するな」
「そ、それは本当なのですか?」
「いや、別に嘘つく理由もないだろ」
照史の呆れたと言わんばかりの声音を受けて、翔子はその言葉をようやく受け入れて、そしてそのまま精神的ダメージに耐えられず気絶してしまった。
「ーーーっ翔子!?」
「あーあ、だから言ったのに」
「存外弱い小娘じゃのう。照史に言わせたのは失敗であったか?」
明け透けとそんなことを言う二人に、章三はすがることしかできなかった。
「何とか、何とかできないのですか!?」
「いや、さっきファムが言ったろ?解除できるようなものじゃないって。詳しく言っちまえば、その子の魔術はもう起動しちまってるんだって。魔術が発動ってのはつまり、その魔術が全行程を終了するって意味だ。文字通り、死ぬまでその魔術は止まんねえよ」
「そんな!?しかし、しかし魔法使いであるあなたなら!」
「ん、俺?出来るよ?魔術自体を消滅させてもいいし、その魔術が起動する前の情報を切り取って今のお嬢ちゃんに写してもいい」
「な、なら!ならば治しては頂けませんか!お金ならいくらでも払います!どれだけの無理だって通してみせます!だから!!」
一縷の光明を見たとばかりに照史の足にすがりつく章三に、しかし照史は無慈悲な言葉を告げる。
「え、やだよ?」
「は……?」
「さっき言ったじゃん?俺はこの子の魔術が発動するのを見届けるって。言い方を変えようか?」
ーーー俺たちは、その子が死ぬところを見に来たんだよ。
「この魔術を止めるなんてとんでも無い。俺たちは、その子が他の奴らに解体されるのを防いで、心置き無くその子が死ねるように来たんだ。なんでわざわざ止めるなんて勿体無いことなんでしなきゃならねえの?」
章三はにこやかな笑みを浮かべる照史を、見上げる。その瞳にはおよそ人に向けるような感情は込められていなかった。
そこらにいる虫をちぎって遊ぶ子供のような、無邪気な残酷さだけがそこにはあった。
これが超越者。英雄。怪物を殺した化け物。十年前、二つの世界を震撼させた災厄を滅ぼした男。
魔術師を超えて真理に至った、《13番目の魔法使い》!!
ーーー狂ってる
最早、章三にはどうすることもできない。ガクリと肩を落として項垂れる章三に、照史は朗らかに笑う。
「死ぬのがちょっと早まるだけじゃん!そう落ち込むなって」
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美山邸。二人にあてがわれた一室で、照史とファムはボードゲームに興じていた。
「それにしてもお主、趣味が悪いのう?あんな言い方をしなくても良かったじゃろうに」
「いいんだよ。あれくらい言っといた方が。後から泣きつかれるよりああ言っといた方が後腐れがない」
「しかしお主ならあの娘御が死んだ後に蘇らせることも不可能ではあるまい?」
ファムは手に持った駒を弄びながらじっと照史を見つめる。
「そんな目で見るなよ。お前も知ってるだろ?どっちにしろそう長くはない。ついでに言えば、ついさっき始まっちまった」
「……はあ、ついに時が来たかの。ならばお主の対応にも納得じゃ。じゃからお主の機嫌が悪かったのじゃな?」
「……まあ、否定はしないさ。虫の居所が悪かったのは認める。でも機嫌良くてもああ言ってただろうよ。もう何も知らなかったガキの頃には戻れねえからな」
懐かしいあの頃に向けて照史は思考を飛ばす。あの頃の自分がどういう気持ちをもって、どんな行動をしていたのか今でも見ることができる。
それでも、最早その時代に戻るつもりはない。そんなことをしても意味はない。照史ができるのは、ただいまを生きることだけだと自分を知っている。
「文字通り、全てはここからだ」
「じゃの。では、儂らの悲願に向けて一杯やるかの?」
「おお、いいねえ」
いつの間にかファムの手にはワインボトルとグラスが二つ握られている。小さな手でちょこまかと動くファムを、照史は微笑ましく眺めていた。