6話 「反省と、新しい策」
これが自分本位で動いた結果なのだとしたら、なんともまぁ、因果応報なような気がする。
利己的考えで、それでいいと思って、それが正解だと思って行動したから。彼女を傷つけてしまった。
だのだけれども。
それでなぜあたしが被害をこうむるのか。
あの時のことを思い出すたびにどうしても心が痛む。
鈍い痛みがずんずんと心に響いている。
なんで、なにが、こんなにもあたしの心を打っているのか。
分からない。
いくら考えても答えはでない。
それでも心に刺さったものは抜けない。
むしろ恵のことを考えれば考えるほど刺さった何かは強く、より深く沈んでいくような。
まったく、これは一体全体どういうことだ??
恵と出会ったのはつい一週間前だろうに。
そんな出会って間もない女の子を傷つけた程度で何を思う必要があるというのか。一般的に考えればそんな必要は無いだろう。
自分のために動いて、考えて、行動した結果なのであれば。
それこそ、退院してからこれまで通りにしてきたように気にせず、また別のことをさがせばいいだろう。
ただそれだけのことなのに。
そう、それだけのことだ。今までもそうしてきたはず。
いろんなことに手を付けて、最終的には納得いかずに中途半端にやめては他に興味があることを見つけて、まず手を付ける。これの繰り返しだった。
自分を知りたくて始めたことも最近は趣味探しみたいになってきてしまっているけれど、趣味もまたその人を知るために重要なことだ~とかって何かの本に書いてあったような気もするし。
なんにしろやっぱり自分のために行っていたことであって、今回のもその延長だから・・・
だから、今回もダメだったのなら諦めて違う事を探せばいいだろう。
うんやっぱり、ただそれだけのこと。
でも本当に、なんで・・・・
「それは世間一般で言う恋と呼ばれるものですわね。これはまた・・・キマシタワー(ボソッ」
あの後、気持ちの整理が付か無いまま逃げ込んだ、例の生徒会室にて。
机に突っ伏しているあたしにそんな言葉が、この部屋の主人である水瀬かおりから投げかけられた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・いや、やっぱりそれはないわ」
「今日例の子を連れてくるだとかなんだとか一方的に連絡してきたと思ったら、一人でわたくしの部屋に入ってさっきからうなだれているんですもの、よいでしょう?どうな妄想をしたって。」
いや、どちらにしろそれは何か段階をぶっ飛ばした判断じゃないか・・・・?
「この部屋はあんたのものではないでしょうに、学校のものでしょうが、会長」
「わたくしはこの学校の生徒会長。そしてここは生徒会室。おわかりいただけたかしら」
なにいってんだこいつ。
「いやわからないし、何も疑問は解決してないわよ。そもそもなんで百合妄想が入るの」
けれど正直、それに準ずるものは感じてるような気がする。
確かに好意は抱いている自覚はある。でも、それが何を起点にしているのかわからない限りには詳しく決めつけるのは早急な気がする訳で。
「いじらしい方ですわね。最初に会った時の印象が我の強い人柄、かと思えば今日は芯ぶれぶれじゃありませんの。まあ、それもまた美しい人間性なのですけれど」
「ねえもしかしなくとも会長って変態なの?楽園をどうのこうのとかも言ってたし」
「なんとも人聞きの悪い言われようですわね・・・・違いますわよ。わたくしはただ人を見るのが好きなだけですし、その趣向が多少、多少ですよ?普通とは違う方向に曲がっているのは否定しませんが」
こう話をしながら会長はいそいそとティーカップに紅茶を入れていた。
会長はあたしの前にそれを差し出し、自分の分を持って前に座った。
「紅茶にお砂糖とミルクは入れる方ですか?」
「ありがと、砂糖だけお願い」
角砂糖を二つ入れてそれを一気に飲み干す。
あったかい紅茶が喉を通り胃に入っていく。なんだか難しいことを考え続けていたからか、甘い砂糖が脳にしみる変な感覚にとらわれる。
「ふう・・・・・うん、おいしい。なんかこういうのって不思議と落ち着くわね」
「それで、これからどうするんです?」
かおり会長は、一気に飲み干したあたしとは違って少しづつ、音を立てずに、それこそ「優雅」に飲んでいる。
「どうするって言われても、何からしたらいいのか」
「その言い方は少しばかり気になるところがありますわね…」
「まあそりゃぁ、何が原因で彼女があんな状態になったのかがわからない限り、もう一度確固とした意志目的を持って会えたとしても同じような状況になりかねないわけだし…」
「いえ、そういうことではなくてですね」
「?」
何が言いたいんだこのエセお嬢様は?
しかもなんなのだろうか、ゆっくりと飲んでいる彼女の姿はとてもなまめかしいというか、似合っているというか・・・・
「がさつなあたしに対する当てつけかこのやろう」
「はぁ?」
「ごめん・・・・・つい」
「なに頭抱えていらっしゃるんですの愛華さん、あなたさっきから情緒不安定にもほどがありますわよ」
全くだ。本当にどうしてしまったのだろう。
「面目次第もないわ」
「あなた、本当に自分を持っていらっしゃらない方なんですのね」
その言葉に少しドキリとする。
いろいろなことをして手に入れなかったそれは、どうやら彼女に言わせれば誰でも標準装備であるもののようにも聞こえたから。
「そのような意味で言ったわけではありませんよ。ただ、あなたがブレているのは間違いではありませんか。キャラであったり、心情であったり、趣味であったりと」
「なによ、もう。あなたストーカーだったの」
そんなあたしの突っ込みを笑顔でスルーして会長は続ける。
「でもそれを踏まえた上でですよ?やはりっさっきの発言は引っかかるところがありますの」
「つまり?」
「愛華さん、まだあきらめていませんよね。」
・・・・そういえばそうだ。
なんで自分がこうも傷ついている理由もそれはそれで今だに謎だが。・・・謎だが。それでいて、自分がまだ諦めていないというのは確かに不可解だ。
今まで、それこそ簡単ではないけれど、何か自分に不都合があればすぐに飽きたりしてやめていたのに・・・・・・・
「いやまて、そうだとしてもその推測の立て方はおかしい気がするのよ」
「なぜでしょうか」
「なんで知ってるのよ。あたしの今までの趣味とかの使いまわしとかを」
そうだおかしいだろ!やっぱりこの人ストーカーなんじゃ
「人聞きの悪そうな名称を想像していませんこと?この会話もついさっきしたばかりでしょうに。不名誉な呼び名をそうやすやすと人につけるものではありませんことよ。まったく」
「でも予想できるってことは自覚ありそうよね」
「まあ、それが私ですからね」
「・・・・・・・・・」
なるほど、自分を持つってこういうことか。
いや、まあこの子のは若干違うモノのような気がしないでもないけど。
「種明かしというほどではありませんが、この町はそこまで大きいわけでではないのですよ」
「ああ、あたしを何回か見てたってことね。でも、あたしの方は会長のことを見た覚えはなかったんだけども」
間ができる。
「それはさておき、」
かおり会長はこれ以上追求されたくないのか目をつぶってカップを机においた。
「このエセお嬢様!!やぱっぱりそうじゃないか!!」
「愛華さんがまだあきらめていないのはいいのですけれど、これからどういたしますの」
「・・・・・・そこなんだよね。正直な話、どうすればいいのやら分からないのよ」
最早自分が変態まがいの行動をしていることを否定しなくなったかおり会長のことは、もうそういう人なのだと諦めるとして。
あたしはこれから本当にどうすればいいんだろう。
こういう経験は今までしたことがなかった。人と関わるようなことをしていなかったのも原因の一つだろう。新鮮ではあるけれど、一緒に付いてくるこの胸の痛みやもやもや、次にどうしたらいいのかわからない焦燥感。
わからない事だらけで頭がパンパンだ。
「ふむ、直接本人に会いに行くのはちょっと難しいですわよね」
「あの様子だと、あたしが変に会いに行くと今日のことを思い出させてしまうかもしれないしねぇ」
あたしも自分の考えを整理しないと何を言ってしまうか分かったものではないし、それは避けた方がいいと思う。
「そうだ、共通の知り合いで何でも知っていそうな人がいるんだけどその人に聞いてみるっていうのはありかな。丁度メアドもあるし」
困った時の真昼さん。愛華の保護者とも言っていたし、おそらく色々知っているだろう。
「・・・・どうしてそんな人とメアド交換しているのですか」
「交換したっていうかあっちが一方的に知っていたというか」
「なんですのそれ、すげぇ恐ろしいですわね」
いや、あんたも相当なもんだけれど確かに超怖いのよね・・・あの人に頼るのはちょっと危険な気がしないでもないけれど。
「あの人からいろいろな情報をもらっていたのは事実だし、彼女しか現状頼れる人がいない訳だし」
「ええ・・・・その方とはぜひ個人的なお話をしたいところですわね」
「こら、すごい嫌な顔してるわよ」
そんな話をしているとメールの着信音が部屋に鳴り響く。
かおり会長と2人して不思議な顔で数秒間見つめ合ってしまった。
「・・・・・いや、まさかね」
そっと携帯を開いてみるとそこには、「着信:真昼さん」の文字があった。
うっそだろおい。
向かいでかおり会長が驚いた顔をしている。
すごい意外な表情だ、こんな顔もできたのねこの人。なんにしろ笑みを浮かべているのが基本形だったから新鮮だわ。
「まさか本当に言っていた人ではありませんわよね」
「言ってた人です・・・・・・・・・・」
「それで、中身はなんと書いてあるのですか」
「えっと、『悩める子羊ちゃんたちへ。図書館に行って2004年の新聞、それと半年前の新聞で〇×市の事件の記事をみること』だって」
「ええと、今が2016年ですから12年前の記事ですわね。それと半年前の記事ですか。」
かおり会長が分析しながら、あたしのケータイを覗きにくる。
あたしの肩に手をおいてのぞき込む形になるため、若干よこからいい香りがする・・・っは、待てあたし。それでいいのか・・・。
「今までのことを考えるに愛華に関連のある記事なんだろうけど」
「それと地味に'たち'と書かれているのも怖さに拍車をかけていますわね」
真昼さんはほんとに何者なんだろうか、千里眼でも持っているんじゃないのかと思えてくる。たしか過去の記事を言えば出してくれるとどこかで読んだことがあった気がする。
図書館か・・・そこに行けば本当に何か分かるのだろうか。
なんだかあの人に踊らされているような気がするけれど、何もわからずここで座っていじっとしているのもどうかと思うし・・・・・・・・
「んー・・・・・・・・・・・・・」
「悩んでいても仕方ありませんし、行ってみてははいかがでしょうか。図書館に」
一人だったら小一時間悩んだりしていたかもしれない。誰かと悩むことなんて今まで無かったからか、やけに新鮮に感じる。
物事を即決して、しかもちょっと安心感があるのは、今あたしが一人じゃ無いからだろうか。
「そうね。確かにこうしていても仕方がないし・・・ってあなたはどうするのよ」
「愛華さんと違って年中暇なわけではありませんからね。今日は土曜ですがやらなければいけないことはかなり残っていますのよ」
「なんか嫌味な言い方ね、それくらいなら手伝うわよ」
「事実を言ったまでですわ。それにいくら一人でできるとは言え、全てを終わらせるのにはそれなりの時間がかかるんですのよ。2人でやってもそこまで早くなりませんし」
そういって会長は自分の座っていた机に戻ると、紙の束を前にいそいそと整理し始めた。
こちらには顔を向けず、大丈夫。と言いたげな笑みを浮かべながらいう。
「それに、あなたにはやるべきことがありますでしょう。色々な手伝いは恵さんの件が片付いてからお願いしますわ」
「・・・・ありがと」
あたしはそれだけ言って立ち上がり、ドアを開けて出る。
パッと見自分本位な人のようにも見えるけど、この人は明確な自分を持った上で他の人にも注意を向けられる人なんだ。
よくできた人だと思う。それ故に変人なのがとても残念だけれど。
いや、真昼さんのこともあるし、もしかしたら変人でもないとすごい人にはなれないのだろうか。
「あたしの目指すべきなのは自分を持つことだし。変人になる必要はないか」
そんな事を考えながら靴を履き替えて玄関を出る。
校庭には少数だが部活動をしている人が見える。あたしも何か部活を始めればそれが趣味にでもなるのだろうか。そんな人たちをしり目に校門を潜り抜け学校を後にする。
今はとりあえず行動あるのみ。