5話 「後悔と後悔と後悔」
※
たとえ間接的に関わったことだとしても。
人を傷つけることが罪なのだとしたら、私は、建宮恵は、今まででどれだけの罪を課せられていることになるになるのだろう。
昔の何でも出来て、他人のことを考えられなかった私は、そこに存在するだけでどれだけ罪深かったのか。
自分のしたいようにして周りの人を不幸にし続けてきた自分は
他人にできないことを平然とその目の前でやり続けた自分は
一体どれだけの・・・、数えきれない間違いを犯してきたんだ。
今の私は何もできないけど。いや料理は昔からできないけれども。
それがいい、これでいい。今の私は私への戒めだ。
何もできない。
何もしない。
過去を見続けて動かない。
バカで、愚図で、醜い。ざまぁみろって感じ。
今のこの姿を私と関わった人たちが見たら喜ぶんだろうか?それとも、ゴミを見るような目で私を見下してくるんだろうか?
けれど、それでは私がしてきたことに釣り合わないのではないだろうか。
でも、今の私にできることは他ににないわけで。
結局こうやって自分を縛って過ごすことを選んだのがこの現状。
自覚しているのはおかしいだろうか。
そのうえでこうやって矛盾している気持ちを抑え続けるのは、おかしいだろうか?
過去を見るしかできない私はその過去の自分が何よりも嫌いなのに。
自分がしたことを忌み嫌っているのに。
それに縛られて・・・縛って、考え続ける。
何度も何度も何度も何度も何度も同じとこの堂々巡り。
自分を嫌って罵って今こうしていることの正当性を保とうとしている。
ああ、なんて醜いんだろう。
精神的に向上心のない奴は何とやらというけれど、まさにそれなんじゃないかな。
いつまでもこうやっていくんだって、そう思っていたのに。
西条愛華。あの子はいくら拒絶しても寄ってくる。
数日前には真夜中に窓に張り付いて侵入してきて不穏なことを言って去っていったし、その後も何回か私を訪ねて来て、少しの間話をしては満足するのか帰っていっての繰り返しが続いた。
ほんとにもう、勘弁してほしい。
「いや、嫌なんじゃないのよ。彼女のやっていることが気持ち悪いんだとかそういうことじゃなくてね」
私はもう断れない。だって、他人を傷つけるのは嫌だ。・・・もう嫌なんだ。
私の拒絶は意味がなかった。それ以上で遠ざけるとなると、どうしても愛華を傷つけることになってしまいかねない。
たぶん私はやろうと思えばその人の人生を終わらせることぐらいのことはできる、と思う。
だってしたことないし。ああでも、今は中途半端にしかできないかもしれない。
自分で言うのも忍ばれるのだけれども、忌むべき昔の私は割と何でもできたようで、
今でも目的を浮かべると自然とそれをやるための条件が思い浮かんだりもするのだけれど。
それはどうしようもなく自分のことしか考えていない手法で、効率のいいこといいこと…しかもこう思えるのは私がここまでポンコツに成り下がっているからであって、前だったら何もためらわずにその方法を選択していただろう。
そんなこんなで手をこまねいていている内に、ついに今日。私は彼女に外に連れ出されてしまった。
今私が生きているこの制服は、"なぜか"部屋のクローゼットに入っていて、"なぜか"それを愛華が勝手に取り出して無理矢理私に着させた。
そこら辺のやり取りは・・・恥ずかしいから割愛で。
いや、無理だよ?無理矢理着替えさせられたことなんて詳しく言えるわけない。
「いやーうんうん、それにしても制服似合ってるねー恵ちゃん」
「もうこの際頭に“何で”と付く疑問は飲み込むことにしたわ・・・」
真昼おばさんかなぁ・・・?たぶんそうだろうなぁ・・
「ああうん。言っておくけど真昼おばさまに聞いたわけではないからね?」
「・・・なんで考えてることわかったのよ」
「いや、ふつうそう考えるかなって、制服はあの人なら用意しているんじゃないかって思っただけ。全部推論だよ」
あの人って・・・。
「へぇ・・・・・いつの間に二人がそんな信頼関係になったのかしら」
「信頼関係というかあの人の怖さを知っちゃったらこのくらいのことはしそうだなって思っちゃうでしょ」
「ああ、それはわかるかもしれない。」
真昼おばさん、お母さんの妹さん。つまり私の叔母さん。
私が一人になった時からいっしょに暮らして、面倒をみてくれている物好き。
お母さんかお父さんに何か言われていたのかどうかはもう知るすべはないのだけれど。
何かを言われていたとしても、私のためとかを思ってやっているのならそれはやっぱり物好きなお人好しなんだと思う。
ただ、そういう要素を全部帳消しにかかっている彼女の全部見透かしているような言動は、やっぱりちょっと怖いところがある。
でもよく考えるとあの時の私はみんなからこういう目で見られていたのかもしれないと思うと、やっぱり血は争えないのだと思わされる。
「ところで恵はこの町に来る前は何やっていたの?」
「・・・・・・・・あー」
「ああ、触れてほしくないことだったらいいよ言わなくて」
「ごめんばさい、気にしないでいいの。どうせ昔の事くらいしか私も考えてないわけだし」
「ううん、こっちこそごめんね。あたしが無神経だったっって痛い痛い痛い!!」
・・・?気づいたら愛華の頭が私の右手にアイアンクローされてる?
「ちょっ!おかしいおかしいおかしい!?なんであたしの体浮いてるの?アイアンクローって結局実現不可能って話じゃなかったっけ!?」
え?だって今更無神経とかほんと今更過ぎてついつい手が・・・・
「あーうんごめんそれにしたってやりすぎたわ」
「い・・・・いたい・・・・いたいよ・・・・・」
うん、割と力は落ちてたりとかはしてないんだよね?どちらかというと力の入れ方が問題だからいうほど力は入れてないんだけれど。
「うー・・・この馬鹿力」
「あ”」
「んで?実際にはなにやってたの?」
イラっとしてしまったところでふと考える。
愛華はどうやら素で怖いもの知らずなところがあるようだが、
それは自分のの失ってしまったものを取り戻すため故なのだろうか、
私には、なんとなくそうだとは思えない。勘だけど、私のよく当たる勘。
彼女は、どうも自分のことを顧みない節があるように思える。
何かやけくそになっているような、そんな感じ。
「・・・・一応、陸上部やってた」
「それでなんで握力がつくのかものすごい疑問なんだけれど」
「ソフトボール投げとか砲丸投げとかそういうのもあるでしょ?基本全部やってたし力がつくのは当たり前だよ」
「・・・・・・・・あたしそういうのの実践知識とか一切ないけど陸上競技ってたしかふつう一人一種目じゃないの・・・・」
一応デカスロンって言うんだけど。あまりそれを平然とやっていたことを知られたくない。
むぅ、知らないなら騙しきれると思ったんだけども。
「まあ、そこは触れないで欲しいかな」
すると愛華は一瞬だが目を見開いたのちににやにやと笑いながら「わかったよー」と言い再び前を向いて歩きだした。
「私ここら辺の地理まだよく知らないから聞くんだけど、あと学校までどのくらいなの?」
「あっはっはーもう歩くの疲れたの、恵ちゃん?」
「え、なんかさっきから足腰ふらふらなのってまさか愛華疲れてるわけじゃないよね・・・?」
まさかまさかこんなに活動的な子がまだ2キロくらいしか歩いてないのにそんな、
「み…水ぅ…」
「ちょっ、ちょっと!髪引っ張らないでよ!!」
「ふむ、髪の毛長くてぼさぼさしているけどこれって陸上協議するには邪魔じゃないの?」
「別に、切ってないだけよ・・・昔はショートだった」
「ふうん、そうなんだ」
とくにそこまでこの話に執着がなかったのかそれだけ言って会話を終わらせた。
そうこうしているうちに道沿いに緑色のフェンスが連なり始めた。
「ふー・・・・やっと着いたよ」
「このフェンスが敷地なのね、それにしては生徒の姿が見えないけれど、」
「今はまだ授業中だと思うけど?まだ2時だし」
どうやら私の時間感覚は1年かけて盛大にズレまくってるらしい、今4時過ぎだと思ってたもの。
髪の毛とか、時間感覚とか、引きこもっているといろいろと不都合なことが起こっている。
「まあ、髪は切る気はさらさらない。邪魔なくらいがちょうどいいの」
「というと?」
「・・・あんまり話したくはないんだけど」
なんでだろう、この子の前だとなんでか・・・・・話してあげたい気分になるのよね。
「私がまだあっちの学校にいた頃は、動きやすいって理由でずっとショートボブにしてたんだ。」
ああ、もしかしたらわかった気がする、
「だから、まあ、うん。私は嫌いなんだよ。陸上なんてしたくない・・・嫌いじゃないんだけどね」
たぶん私は、愛華のことを、
「私は、今も含め昔の私が嫌いなんだよ。だから切らないの」
同情しているんだ。同情して、私の話をして、私のことも愛華に同情してほしいんだ。
「なる程ねーそりゃ話しづらい訳だ」
そうだ。話しづらい…むしろ話せるような…事じゃないのに、私は
「良かったらさ、あたしに話してみてよ、あたしは」
私は
「昔のこと全部忘れちゃって何もないけど」
ダメだよ、私は人に頼っちゃ
「だからこそ出来ることがあると思うんだよね」
私は自分だけでがんばらなきゃいけないんだ
「それにほら、あたしも話して少しは楽になったし」
あれ?でも私はそんな昔の私が嫌いで
「持ちつ持たれつって感じでさ、」
それで沢山の人を傷付けて、
「それにこれはあたしのためでもあるんだ、再スタートっていうのかな」
でもそういう風に、一人だけの力で生きるってお母さんとお父さんに…あれ
「だから。一緒に頑張らない?恵…恵?」
いつから私って二人と別れたんだっけ…?
「ちょ…恵?」
私が自分の力でなんでもするって決めたのは2人がきっかけで…でもそれって何で?
「どうしたの?うつむいちゃって、なんか変なこと言ってたらごめん」痛い…痛い…でもこれは…ああ…思考がまとまらない…「おーい?恵ってば…」
バシッ
突然肩に触れた愛華の手を反射ではね飛ばしてしまった。
でもそのおかげで自分がなにをしているのかは理解できた。
「…ごめんなさい、でも。あたしは人の力は借りない。」
驚いている愛華の顔をじっと見つめながら続ける。
「あなたにも迷惑をかけたくない。もうコリゴリなのよ、自分のしたことで誰かが傷付くのを見るのは」
その驚いた顔が段々と普段の愛華に戻っていく。
「でも恵はさっき言ったよね昔の自分は嫌いだって。何でも出来る自分が嫌いだって。」
…やめて
「それってたぶん陸上に限ったことじゃないよね。自分だけでできる自分も、きっとああなたは変えたいはずでしょ」
手を、差し伸べないで・・・・・私は私は私は・・・・・・・・・・
「だから、あたしもそれ、一緒に頑張りたいんだよ」
「やめてよっ!!!」
なぜこんな言葉が出てくるのかわからない。
「自分でやらなくちゃいけないの!迷惑かけちゃ、かけたくないの!傷つけたくないの!!でもだからなんで・・・・・っ」
・・・・・・・・・・私は、いったいどうしたらいいの
※
混濁する思考がゆっくりと晴れていく頃には、いつの間にか走って真昼おばさんの家の前まで来ていた。
玄関にもたれかかりながらあたしは昔のことを思い出そうとする。
お母さんとお父さんのことを、でもなかなか思い出せない。
そういえば疑問にも思わなかった・・・・そう過ごしていたからかな・・・・
その部分だけもやがかかったように思い出せない。私は、きっと、それから逃げていた。
さっきもそうだ。行動も、言葉も、自然に紡がれていた。
自分が自分だけで何でもやろうと思うきっかけを考えもしなかったからこそ何でもできたんだ。
悔しさでドアを叩く。鈍い痛みが手に伝わるが、目の前の扉は開こうとはしない。
ああ、やっぱり自分はずるいなぁ・・・・とても、卑しい。
ずっと逃げていたんだ。そして今は少し前の自分からすらも逃げようとしている。
・・・・・・・・・・・・私はこれから、どうすればいいのかな
私は、何でできているんだろう
※
窓の外にはまだ雨が降っているのが見える。
ベットの上で壁に寄りかかりながらかれこれ何時間たったのか。そもそもいつの間に家の中に入ったのかさえ思い出せない。
1時間かもしれないし1日たってるかもしれない。
それだけ頭がごちゃごちゃで、整理がままならない。
こんなの初めてだから余計混乱しているけど・・・・なんだか初めてじゃないような気もして。
それすらも混乱してるせいなのか結局今の今まで定かにはならなかった。
眼だけで時計を探すがなかなか見つからない。
カレンダーは遠くにあるようで、その内容は見づらい。
それを理解して、また内容を見ることができたとしても今がいつなのかはわからないことに気が付いて悶々とする。
そんなことを何回繰り返したのかもわからなくなっている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・おなかすいた」
こんな状態でもどうやら体は正直者らしい。
おなかは空くし喉は乾く、当たり前でいつものことだがそれが今はうっとうしい。
「おなかが空っぽなのも、こうなってる要因の一つなのかもしれないし、」
口に出してみる。
なにも行動をしないというのがいけなかったのか、ちょっとづつ思考が回ってきたように思える。
「・・・・そういえばおばさんはどうしてるんだろう?」
あの後家の中に入れてくれたのはもちろんおばさんなはずだが・・・。
自分がぼけていたせいか、本当に姿を見せなかったのかはわからないが、あの人はこの家にいるような気がしない。
そんなことを考えながらリビングに降りていく途中で一つの問題点にたどり着いた。
「私料理できないじゃん。何もなかったらそれこそ地獄じゃないの・・・・」
これまたなんとも抜けている、まあ抜けてなんかいなくったって実際問題無理な気がするけれども。
抜けていなければそもそも私ならこんなこと考えないだろうからやっぱり抜けている。
自然とため息がこぼれる。
果たしてこのため息は料理ができない自分にあきれているのか、うまく考えられない自分にあきれているのか、昔の自分と比べている今の自分にだろうか。
ああ、わからない。こればっかりはたぶん今の状態じゃなくとも分からないような気がする。
そもそも私は昔の自分に戻りたがっているのか?
変な言い方をすれば私は弱体化しているというか、学校に通っていたころと比べれば、だけど。
だいぶ感覚は鈍ってる。
前よりも筋力は落ちたし、勘も鈍ったし、頭もたぶん悪くなっている。
そうなることを望んだのは自分で、なによりも因果応報なので何も言えない。
全ては出来なくなった自分を責めたいのかなんなのか
「あれ?リビングに明かりがついてる・・・・」
ということは今は夜?少なくとも家に差し込む光は太陽ではなくなっていた。明らかに陽は落ちている。
それで明かりがついているということはつまり、真昼おばさんは家にいるってことだろうか。
「おばさん、いるの?」
返事はない。
あの人に限って聞こえているのに反応がないっていうのはおかしいし、
かといってその場で寝ているという事の方がありえない。
事実を確かめるためはとりあえず入ってみるしかない、それにここで立ち止まっているのもまあ変だし。
「・・・・・・・・・これは」
リビングへ足を踏み入れて私が見たものは、机の上に置かれている原稿用紙の束。
「えっと、これは・・・・はぁ?」
取り合えず手に取って読んでみるも、これは・・・・・・・なんというかまあ・・・・。
一言で言ってしまえばその内容はいかにも「真昼おばさんっぽい」始まりだった。
その内容が、自分のこれからを変えることになったのは、
まぁそれこそまさに真昼さんっぽかった。