4話 「出来ることなら、やってみよう」
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まあ予想通り、「・・・・・は?」と言った後、随分と長い間恵は考えていたようで。小一時間あたしはフリーズした恵の前で待たされた。恵ちゃん、固まらなくともいいのに。
実のところ、半分以下の賭けと言うかなんというかな提案だったんだけども。
いやね。そもそもこの子が高校に、その上あたしと同じ学校に在籍してるのかどうかっていうスルー出来ない項目は、なぜか前日の真昼さんのメールによって解決することになった。
彼女のプロフィールを知ることが出来たので賭けでも何でもなくなっている。
「いやいや、なんであたしのメアド知ってるの?超怖いんですけど」
それはもう慣れるしかないと腹をくくることにしよう。
疑問として頭の中にとどめておきたい気持ちはあるんだけど。なんせ、そんなことをいちいち気にしていたら真昼さんと、兼ねては恵と関わっていく上では話は先に進まないことは目に見えているだろうし。
残りの不安要素っていうのは、そもそも恵自身が学校に行くことに抵抗があるかどうかだったんだけれど。
これもまた本人と直接話しているうちにクリアしていることに気付いた、
彼女をその場に括り付けているものは、“学校”という体系ではなく、彼女自身だった。たぶん。勘だけど。
それはそれで厄介な状態ではあるけれど、今回の"あたしのため"な提案の要素にはないのでカット。後回しなのです。
これらによって本当の意味で賭けだったのはあたしのことを恵がどこまで受け入れてくれているかになった。会って弱3日目。そんなんであたしのことを信用してくれる訳はないだろうけど、それと受け入れられるかどうかはまた別の問題だ。
つまり、相手に心を開くのと、相手を信用するのは別問題なのだろう、と思う。
あたしはあの子に対して自分の過去、・・・・・過去?と言っていいのだろうか。いや、ダメだろう。
あたしには過去なんてない。目覚めてからここまでだってあたしは行動と呼べるような行動を起こしていない。
1年目は病室にこもり、2年目はこの町に来て、・・・学校にも行った。でもそこにはあたしの欲してるような人はいなかった。
なんていうかこう、ビビッ!っとくる何かが、・・・いや違うな。いないのでもなんでもなくて、
ダメだったんだ。そこにいる人たちはあたしが持っていないものを持っていて、その疎外感と喪失感に耐えられなくなって、そこから逃避したんだ。
あたしはそのことに後悔してる。
そう、あたしはそのことを後悔しているんだ。
一歩でも前に踏み出せなかった自分を呪っている。でもそんなところに恵ちゃんと言う存在が現れた。
あの子を見たときは、何かに縛りつけられているような印象を受けた。同類だと思ったから声をかけられたんだと思う。
あれ?ああそっか。だからするっと話しかけられたんだ。仲間意識。うん。
あの子は同情なんていらないと言っていたけど、あたしは欲しい。
めっちゃ欲しい同情心。
あいをんとゆあーどうじょうしーん
まあ、仲良く(一方的)なってからちょくちょくあの子はあたしのことを心配するような優しい目で見てくるときがある。
口ではああいっててもあれがおそらく彼女の素なんだ。どうにかしておかしくなる前の彼女。
そんなのなくてもあたしはなんか彼女のことを気に入ってしまってるから、それにも増して嬉しいんだけれど。
・・・おや?この気持ちはいったい・・・・・・・
「ま、まあそれはいいとしてだ。」
真昼さんから言われたあの言葉、
「あなたのためになる。」
なんだかあの人にいいように使われているような気がするけど、
ここから恵と関わっていくことになるのが全体的にあの人の掌の上なら、もういっそ全部あたしのために行動することにした。
癪だけど色々と自分の考えを整理することが出来たから今回みたいな思い切ったことが出来たんだよなぁ…
本当に癪だけど。
と言うことで、こっからはあたしがしたいって思ったことをとりあえずやってみることにした。
それがあたし自身のことをどうにかできるきっかけになればまあ万々歳ではあるけれど、
まあそうそう1朝1夕にはいかないと思うのよね、あたしには仲間、恵ちゃんが必要なわけで。
情けない話ではあるんだけれど、実のおばさんからGOサイン貰ってるし、情けないあたしには彼女が必要だ。
同情してほしいもん。
その過程で恵の事もなんとかできたらとは思うけれど、今はまず自分の事を中心に考えていこう。
人の心配をしている場合ではないような気がするしそもそも何が自分のためになるのかすら手探りな状態だからね。
ちなみにその恵ちゃんからの肝心なお返事なんだけど・・・・
「あの、西條さん?西条愛華さん?」
「あっ、はい。」
「え、えーっと・・・学校に来てくれた上に、何かしら活動的になってくれた事には先生とてもうれしいんだが、急過ぎてちょっと困っちゃうかなぁと」
目の前でにこにこしながらも、若干困った顔をしている若い男の人が、あたしの在籍している(はず。もうあたしすらもそうなのかと首をかしげる始末だけれど)クラスの担任、安藤先生。
なんだかいろいろ苦労をしていそうな人、というのがパッと見の印象。心の中でごめんなさいと言っておこう。
「ごめんなさい。」
「いいんですけどね、活動的になってくれるのは悪いことでは全然ありませんので。これで僕の悩みが少しは解消されるのでしょうか」
あ、声に出てたよ、そうですすみませんその元凶の一人です。
ちなみに現状このクラスの大半が何らかの理由で顔を出していないらしい。
そのうちの2人があたしと恵ちゃんである。ホントすみませんあたしなんて2日行っただけであきらめてこなくなっちゃってるし。
ていうかそもそもまさか彼女が既にこの学校にいたなんて…
まあこの町には学校はこの一つしか無い訳だし、あの用意周到な真昼さんなら「とりあえず」とかいう、なんともこっちがあっけらかんとするような理由で編入させていてもおかしくはない。
おかしくはないんだけどさ・・・・。
それも踏まえてあたしはめぐむんにこの話を吹っ掛けたのだけれども、まさか本当にあたしの予想が当たるとは・・・。
「これはなんだかおもしろくなってきたぞ。」
つい口をついてワクワクが顔を出す。それと同時に真昼さんへの恐怖感も高ぶってくる。
「はい?」
「ああいえ、こちらの話ですよー。で、先ほどお話しした話なんですが、」
「ええ、部活動を立ち上げたい。という話でしたね?」
「はい。あたしも含め不登校児の建宮恵さんと2人で学校に来るための部活を作りたいんです!」
学校を悩ませている不登校児の2人が学校に来るようになるのだ。これならきっと先生と学校のためにもなる。
「ではまさか、建宮さんがそれを了承したというのですか?」
「あぁ~…その点についてはですね、まだ本人から正確な答えはもらえていないんですよね、」
そう。そうなのだ、そもそもあの子から答えが貰えてない。
それなのに今こんなことしてるんですなぁ
「え、ではなぜこんなことを…」
「あたしの座右の銘は“思い立ったが吉日"だからです」
それを言い終えるや否やあたしの後ろから急に声がかかった。
「はい。その意気買いましたわ。詳しく話をお聞かせ願えません事?」
後ろには、あたしの知っている数少ないここの生徒、めがねをかけたきれいな女の子、水瀬かおりが立っていた。
「げ、委員長…」
「わたくしはそんな名前ではありませんし、ましてや今そのような役職にはついていませんわ。西条さん」
「え、じゃあ今は生徒会長?」
「はい。わたくしが就くにふさわしい役職ですし。あ、先生。この人お借りしますがよろしいですね?お願いです」
そう生徒会長であるらしい水瀬かおり様にそう聞かれた先生は顔を真っ青にして首を縦に振った。
「では生徒会室に行きましょう西條さん」
「え?あ、うん」
立ち去る際、横目で先生の様子を見てみたが、どうやら作業に戻ったらしい先生はまるで機会になったようにこちらを一切気にしなくなった。
「・・・会長様はいったい先生に何をなされたんで?」
恐る恐る聞いてみたが、あたしの発した疑問は水瀬さんのきれいな笑みに押しつぶされた。
※
生徒会室なる学校の一室。
会長様が窓際に座った関係で今更気づいたが、空は若干赤く染まり始めてた。
なるほど生徒の水瀬さんが職員室に偶然にでも立ち寄るわけだ。
「あれ?ほかの役員はいないの?」
「ええ、わたくし一人でこの学校は牛耳れますからね」
なんかさりげなく恐ろしいこと言ったぞこの人。
「まあ、こんなちんけな学校を支配出来たところでわたくしの格は測れませんけれど」
「まさか水瀬さんがこの学校に来た理由って」
「かおり、でよろしくてよ?名前の後に様をつけるとなおよろしい」
なんだかものすごいはぐらかされ方されたような気がするけど気のせいなのかね
「はぁ、まあいいけどさ。で?かおり様がわざわざあたしをここまで連れてきた訳は?」
「先ほど安藤先生にあなたが相談なさっていた件ですけど、それわたくしがかなえて差し上げてもよくってよ?」
「え、本当?」
でもこういうのって大体何か条件が…
「ただし、条件があります」
「わーお、予想通りすぎるよ」
「ま、当然ですわ。まず第1に、部活動としてではなく、生徒会の活動として動いてもらいます」
「まあそのくらいなら」
「第2。目的は建宮さんの登校ではなく、もっと多人数の登校とさせていただきます」
ふむふむ・・・・ん?
「それはどこまでが範囲なのかな?」
「あら、勘がいいのですね。もちろん全学年の不登校生全員ですわ。そのためならば協力を惜しみません」
マジですか。
「ちょっといいかな、いろいろと疑問は尽きないけど単純に1つ聞かせて」
これ。提案とかされているときは話の流れを切ってちゃんと脱出口を作っておくのが大事。
「はい。何でございましょう?」
「あなたはあたしの要望にどのぐらいまで答えることができるの?」
「・・・それはつまり、わたくしに協力していただけるということでございましょうか」
あたしはそこでふと、考える。あたしが今こうしてここにいる意味を、自分の行動を。
ただ自分を変えたかった。そのためにあたしはこうしてここにいる。
恵を学校に連れ込もうとするのを明確な目的として用意できたから。
ただそれだけ、でもせっかく舞い降りたチャンス。これを逃したらもう無いのかもしれない訳だし。
なるべく頑張りたい。やれることはやろう。
使えるものは使おう。
「いや、今のところ周りにいるの使えるんじゃなくて使われるな方ばっかりじゃない」
「あらぁ?何かおっしゃりましたかぁ?」
「いいえ。なにもおっしゃっておりませんよー」
「敬語間違えておりますけどー?」
そっちも相当だと思うけどね!!!!
「いえ、何かしら力のある人は皆怖いんだなぁって」
「恐縮ですわぁ」
その笑顔が何よりも可憐で怖いのよ。
真昼さんは何もつかめないって感じの怖さをもっていたけれど、
こっちのエセお嬢様はその怖さがはっきりと、むしろ意識して滲み出しているようにも見える。
でも、その怖さを持った人間が私を利用しようとしているのなら、・・・まあ、それを逃す手はないわけよね。
「うん。腹は決まったよ。その話乗ったわ協力してあげる。」
あたしがそう言うと水瀬さんはその笑みをより深めた。
ああ、やっぱやめておけばよかったかな。と、秒で後悔し始めそうだ。
「・・・そうでございますか、ありがとうございます。わたくしの力になっていただけると助かりますわ、愛華様」
「愛華でいいわよ、こっちもかおり会長って呼ぶからさ」
「それですとこちらの立場だけが高いように思えますからかおりちゃんでお願いいたしますねー」
いや、かおりちゃんって見た目と性格に反しすぎでしょうに。でもそれはそれでなんか意外で可愛いわね。
もしかしたらこの人とも友人になれるかもしれないしね。
それともう1つ、ちょっとはっきりさせておきたい事がある。
「そうね、かおりちゃん。これからもどうかよろしく」
「ええ!もちろんですわ。よろしくお願いいたします」
笑みがとてもほんわかしたものになっているような気がする。気のせいかな?
いや、気のせいじゃない。確実に口角が緩んでいるのが見える。
「ところで聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい、何でございましょう。助ける方法でしょうか?どのようにして会長になったのか、でしょうか?それともそれとも~?わたくしの趣味でございましょうか?」
「あーえっと、割と気になる選択肢があるけどまあ今日はこれだけにしておくわ」
「はい。なんなりと」
「あなたの最終的な目的、目標は何?」
それを聞いてきららちゃんはほわほわした顔を元に戻し、ん?元に戻し?
そして高らかに「それはもちろん、」と前置きしてこう言った。
「わたくしの楽園を作るためですわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
ゴール地点がなんだかものすごくファンシーだった。もうなんだかんだで恐ろしい人だって事だけはわかった。
それにしてもすごい既視感だわ。つい最近逆の立場でこんな光景を見た気がする。