3話 「彼女は何が許せない?」
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昨日と一昨日、2日にかけて私は妙な女の子に絡まれた。いったい何者だったのかなんて、知る余地もないし知りたくもない。
言ってしまえば関わりたくなんてない。
けれども、何か物音がすると思い、部屋のカーテンを開けたその先に。木にぶらさがってる西条愛華姿があるのかを今現在追求しないで閉めることはいかんせん私には無理な話である。
「あ、恵。ちゃーっす・・・・・っとっとわぁぁぁ」
こっちに気付いた西条さんは、あろうことか自分の体重を支えている手を、片方離してぶんぶんと手を振ってきた。そのせいで木から落ちそうになっている。
・・・・・・はぁ・・・・馬鹿じゃないの。
何とか体勢を立て直したのを見て、ひとまずの疑問を投げかける。
「なんで?」
「へっ?・・・・・・・・・・木登りしたら偶然と恵の部屋の窓の前まで来ちゃってさー、失敗失敗~」
んなわけないでしょうが、誰がそんな見え透いたような嘘にもならない嘘を信じるのよ。
「いったいどうやったらふもと等辺から木登りして、偶然と私の部屋の窓の前まで来れるのよ・・・・・っておい!入ってこようとするな!でてけぇ!」
正論を言おうとしたら入って来ようとしてるんですけどこの人!?しかも昨日よりも私の力の受け流し方がうまくなってるし・・・。
そうこうしているうちに部屋の中にやすやすと入られてしまった。
お互いに息が切れぎれになっている。
「ちょっと・・・・・これ・・・・十分な犯罪よ」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・相変わらずの馬鹿力ね・・・・・・」
しかも何気に失礼なことをまたこいつ・・・。
こういうなれなれしくて甘ったる友情みたいなのが・・・。
本当に、やめてほしい。
「昨日も言ったような気がするけどさ、なんでそこまでして私にかかわろうとするの・・・迷惑なんですけど、もし私のためとかいうんだったら・・・・」
「迷惑とか知ったことか。あたしのためだよ本当に」
私の言葉は西条さんのその一言によって阻まれた。
彼女はもう一つ何か言いたそうな顔をしていたが、それを飲み込んであたしの部屋をぐるっと一周見渡すとこう言った。
「可もなく不可もなく」
いやおい。
「何がよ」
私が不服そうに突っ込みを入れると、こちらには振り返らずに口だけで返事を返してくる。
「生活感とか女子っぽいとかいろいろね」
「・・・それで?ご評価はどうなったのかしら?」
「まあ思っていたよりはきれいにしてるんじゃない?」
「一体全体何様よあなたは」
そういえば昨日も玄関のところで引きこもりだからもっと~とか何とか言っていた気がする。・・・・・引きこもりってやっぱりもっとぐちゃぐちゃしたよう生活をおくっているものなのかな?
ああ・・・いけない。この子の流れに乗せられちゃってる。どうにかして振り切らないと。
「そもそもあなたはなんでまた性懲りもなく私のところに来たのよ、昨日あんなに激しく拒絶したのにって・・・こら!そこ!!クローゼットを開けようとするな!!!」
西條さんは「なんだ全く。残念」といったような顔になったのち、クローゼットを開ける手を止めてこちらに向いてこう言い放った。
「あたしご飯食べてないからなんかちょーだい」
・・・・なによそれは・・・・・。
キれてぶん殴ろうかと思ったのは私が異常だからじゃないはず。
※
実を言うと私は料理が得意ではない。
まだ私が高校に通っていた時は身体能力が高かったせいもあってか、なんでもできる子として色んな人から見られていた。
でもやっぱり私も人間だからそんな何でもできるわけじゃないわけですよ。
両親がこの世からいなくなってから月日はそこそこ経過しているから、それを知ってる人には余計に「料理もうまいんだよね~?」とか勝手な妄想でよく言われた。
そういう人には私の手作りの料理を学校に持っていくと一瞬で解決した。この方法が一番早くて的確だったなぁ・・・。
今思えばなんて馬鹿な事してたんだろうなって。そりゃそんだけはっちゃけたことばっかりしてれば自然と浮く。
はっちゃけていて、馬鹿正直で、文字通りの熱血キャラで、彼氏もいて、その他もろもろ。
キャラはテンプレートで、私にはそのほかにも今から見れば異様と言う他にない“強さ”も兼ね備えていたから。変に耐えれてしまったし、その結果ああなった。
その強さのおかげで助かっていなかったと言えば嘘になる。でも本当のところは、未だによくわからない。
実のところはその強さを持っていたから異様だったのではなく、成り立ちはぎゃくなのだ。
異様にならなければいけないから“強さ”が必要だったから必然的にそれはついてきた。
じゃないと生きてはいけなかったから。
今はそんなもの壊れて、崩れてしまっている。もうこの掌の上にはない。ばらばらになって砂のように指の隙間からこぼれ落ちてしまった。
それを失って手に入れたものは自分自身への自虐心だけ。それすら含めて私は・・・
私が大嫌いだ。未来なんて、見れないよ。
※
「まずいね」
「わかってる」
とかいいながらもぐもぐ食べ続けてるし、何なのよこの子は、本当に不味いはずなんだけどな。
私の部屋からちょっと移動してここはおばさんの家のリビング。
たぶん、こういう風に自分の家って言えないのも一歩が踏み出せない一つの理由なのよね。
「でもさ、なんで頼んだお題が肉じゃがなのにジャガイモの煮っ転がしが出てくるわけ?半分以上なんか溶けてるし。」
「うっさい・・・・・そもそもなんでこんな真昼間から肉じゃがなんて濃いもの頼んだのよ、朝食ぐらいが妥当でしょうが」
「えー、女子力チェックの課題としてはいつ提供されてもそこそこ妥当なものだと思うんだけど・・・ねえなんでここでタマネギと長ネギを入れてそのまま強火で加熱し続けたのよ、どろっどろで変な味がするんだけど」
べぇ、と舌をだして文句を言ってくる。
「うるさいわね!砂糖と塩を間違えて入れたのも悪かったわよ!」
「あたしがわざと突っ込まないであげてた事にわざわざ地雷を踏みに行ったよこの子は!?」
ああもう、わかってたわよ・・・やっぱり私に料理は無理、せいぜいご飯を炊くとかインスタントなラーメンとかならなんとか・・・・ああ、ダメかも。
お米入れて水入れて…その後に自分が何も入れない自信がない。
「ところで。今日は何をしに来たの、まさか何も目的がないとは言わないわよね」
「ふぇ?ふぉくにふぁんふぉふぁいけふぉ(とくになんもなけど)・・・おえぇ」
「ごめん私どこから突っ込んでいいのかわからないんだけど、何もないのに無意味に私の時間を奪ってるのはなんなのよ!後吐くなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
実際にははいているわけでもないが、そんなジェスチャーで不快感を訴えてくる。
「子供向けの忍者アニメに出てくる食堂のおばちゃんか・・・吐いたのはあなたのせいでしょうに、ここまで食べてあげたあたしをほめてよ」
よく見るとボウルいっぱいにつまっていた肉じゃが、もといジャガイモの煮っ転がしは、魔法でもかけられたように半分は消えてしまっている。
そもそもそれを作ったのは確かに私な訳で、それを考えたらその処理をやってくれたからほめるべきなんだろうけど。いやでもそうじゃなくて。
それよりも突っ込むべき点があるというか言わなきゃいけないことがあるのよ。
「何の用もないなら帰ってよ!!」
「ごめんごめんさすがにそれは嘘だよ。そう何回も穏やかに入れてくれるとは思わないって」
「・・・・・じゃあこれまでの私の時間はいったい何のために消えていったのよ」
とんだ浪費じゃないの。
「それはあたしとめぐむんのとの友情度を上げる為の犠牲になったのだー・・・・・・・・・ねぇ気になったんだけどその時間って何に使うつもりったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
引きこもり初段にその質問はタブーだと思うのよね、
「ないんじゃん。じゃああなたの時間は有効活用できてあたしもあたしのためになることができてお互いに万々歳だよ」
「いったい何があなたのためになるのかはよくわからないんだけど・・・・」
私があきれてそんなことを言うと、
「ふうん、やっぱり恵は優しいね、ひとまず思考を他人の利益に焦点を合わせて考えるなんて」
そう、返してきた。
何でそんな話になるのか、私は・・・・
私は、ちがう。絶対にそんなことはない。と思う。
でもそれは私から見た私の像であって、ほかの人から見たら私は、『優しい人』なのかもしれない。
それでも一つだけその言葉に否定意見を述べることができる。
「私は、今の私も含めてこれからの私を考えたくないから、そういう思考をしているだけよ」
これは、純粋な拒否反応であって自分への戒めとかそういうんじゃないから、どうしようもない。
そう、「どうしようもないんだ」
「・・・・・・へぇ、諦めてるんだね」
「えっ?」
無意識の内声に出ていたようで、意外な方向から返事が返ってきた。
そしてその方向は私にとって決していいものではない。
「一昨日からそうだけどさ、それ何なのよ・・・・私を更生しようとでもいう訳?」
いい加減迷惑もいいとこだ。もしかしてこの子はおばさんが仕向けているんじゃ。
私が声を強めにして言うと、西条さんはやってしまったという顔をしてすぐに撤回した。
「ち、ちがうよ、そういう意味じゃなくてさ・・・なんか共感できちゃって」
「共感?」
「あたしはね、あんたと逆なんだってさ。恵ちゃんの詳しいことは知らないけどさ、たぶん諦めてる向きが違うんだと思う。」
「それってどういう・・・」
「あなたはこれからの自分を考えることを諦めてるんだと思う。だけど私は、」
西條さんはこっちに向き直って深呼吸を一つした後にこう話をつづけた
「あたしには2年より前の記憶がないの」
「記憶が、ない?」
それってどういう・・・・。
「言葉通りよ。あたしが誰で、何してたのか~とかその他もろもろ全部ね」
「それと諦めていることに何の関係があるのよ」
「その部分はまたいつか、ね?理由があるの。」
分かっては、いた。
それなりの理由がなければきっとこんな風にはなっていないだろう。そのうえでそれを人にやすやすと語るなんてことはしない。
この人を見ていると、どこかふわふわとした不安定さがある。そしてそれは、どこで聞いたか私にもあてはまることで・・・・、なんとなく今理解した。
この子は、西条さんは確かに私と似ているところがある。
「ちなみに一つ言えるのはね、昔の自分に関することを聞いたり考えようとしたりするとすごい頭痛がしてしばらく動けなくなっちゃうんだ」
「…まさかぁ…嘘なんじゃないの?」
すこし鎌かけ。
「あたしだってそう言いたいよ!でも現実問題こういう現象が起きているんだからしょうがないでしょう」
「過去に関連する事柄で引き起こされるということは・・・もしかしてあなたの名前って、」
「やっぱり勘がいいね。そう、偽名。西条は今お世話になっている家の名字で、愛華って言うのは西条のおばさまがつけてくれた名前よ。かわいくて結構気に入ってるの」
「元の自分の名前を聞いただけで動けなくなるなんて・・・なんかますます怪しいわね」
私がそう疑いをかけると、これ以上はもう何ともいえないという風に両手をあげた。
「わかんにゃい」
わかんにゃいって・・・。
「うそうそ、さすがに冗談。今の私にだって損得の計算ぐらいできるわよ。そこで嘘ついて私の同情が誘う、なんて事をあなたが考えるわけないだろうし」
「あたし自身のためっていう目的もあるよ。誰かに話すだけで少し楽になる。それにそうなりたくはないから」
「私と反対だっていうのはなんとなくわかったわ。西條さんは自分の過去を、」
「めぐむんは自分の未来を見ないようにしてる。むしろめぐむんもあたしと同じで見れないんじゃない?」
「・・・・そう、ね」
私は、申し訳なく思うのだ。
私のせいで人殺しの銘を受けた部活の子達に
私のせいで屋上から落ちていったあの人に
その人たちのことを考えてしまうから私は、その人たちの明確な未来を奪ってしまったこの私がのうのうと自分の先のことを考えているのを許せない。絶対に。
過去をずっと見てるのは嫌だが、薄情な私はどうやら死にたくはないらしく、
今までこうやって先のことを考えるのを諦めて、後ろを見ながら引きこもっている。
この私の矛盾した気持ちはいったいどうなるのか、わかりたくもない。
ていうかめぐむんやめい。
「めぐむんめぐむん、それで一つ提案があるんだけどぐあっ」
「めぐむんはやめろって言ってるっでしょうが!」
ぶん殴ってやった。
「わかったよもう、建宮さん。」
「もういいよ恵で・・・・愛華さん」
「あっ・・・デレた?かわいいなぁもう」
ち、ちがう!面倒くさいからいいって言ったの!
とか、もう言い訳臭過ぎて言えるわけない・・・・ああ、恥ずかしい
「うー・・・・・それで、提案ってなによ」
「ああそれはね、あたしと一緒に学校で部活動を立ち上げてくれないかな」
私の疑問に対して彼女は、当たり前のように言った。
「・・・・・・・は?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?