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誰かにとって大切なモノの形  作者: 木伸三 他ト
たとえ何もなしえなかったとしても
2/18

2話 「西条愛華には何もない。」

昨日、友達ができた(ただし一方通行)。あたしにとって何年ぶりかの友達に、なるんだろうなぁ・・・。


というのも、あたしには2年より前の記憶がない。

実は昨日あの子に教えた名前、愛華・・・これは記憶がなくなってからあたしについた名前なのだ。

名前に関しては実に気にいっている。なんでわざわざ変えたのかと聞かれたら、なんとなく、生理的に受け付けなかったからとしか言いようがないけれど、それがどういう意味を指すのかはまた後の話に。


正直、語りたくなんかないけれど。


そんなこんなで、あたしはこの名前以外が未だに自分のものだという自覚がない。


一年前、目をさまして真っ先に目に映ったのは、白い正方形のタイルがきちんと敷き詰められた天井だった。


つまりそれは、病院の天井。


その後お医者様があわてて飛んできた。

自分が誰だかわかりますか?とか、ここがどこだかわかりますか?とか、色々質問を受けたのだけれど心中穏やかではなかったねーそりゃ、それらの質問になにも答えられないんだもの。


自分に関する質問をされる度に冷や汗と寒気が増してくるのがわかった。だんだん呼吸が荒くなっていくのも。

そこから先はよく覚えてないけど、看護婦さんが言うには嘔吐してしまったらしく、とりあえず質問はまた明日。とかいう風になった。


そんなこんなで目がさめたその日は、自分も周りもなにがなんだかわからないまま終わった。


これが、この私、西条愛華(さいじょうあいか)誕生の瞬間だった。



なんて、大げさに語ってはみても結局のところは、空っぽの入れ物が生まれた、というだけなんだけど。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

今あたしの目の前には髪の毛は無造作に伸び、目には隈ができている女の子がいる。

その子はものすごい嫌そうな表情でこっちを見ている。


「オンナノコガ カエッテホシソウナメデ コチラヲミテイル」

「わかってるんなら帰って西条さん」


おおう、どストレート。ちなみにここは恵ちゃんちの玄関だぞっ。


「でも最初から口に出さないとこ、恵ってやさしーよね」

「………なにしにきたのよ」

「つんつんしてる恵かーわーいーいーもうめぐむんってよんじゃう」

「ちょっ…やめろ!くっつかないで!」


顔真っ赤にして、ほんとわかりやすいこの子


「あれ?引きこもってるっぽいからもうちょっときついと思ってたのにすごくいい香り…」

「…おばさんが用意してくれるの、無碍にするわけにもいかないでしょ…」

「あんたって面倒くさい性格してるのね」

「面倒くさい性格じゃなかったら今頃こんな風になってないわよ・・・それに私からしてみればあなたのほうが面倒くさい。」


そりゃそうだ。

ていうかこの子、力がめちゃくちゃ強いんだけど・・・いっっっっっっっった!!!??


「痛い痛い!肩の部分がなんか変な音出してる!!」


さっきからというもの私は彼女に抱きつき続けている訳だが。恵ちゃんの手が私を引きはがそうとして、ものすごい力が私の腕にかかっている。尋常じゃなく痛い・・・なにこれ・・・。


あたしの悲鳴を聞いた恵は一瞬申し訳なさそうな顔になった後、何かを思い直したのか再び力を加わえ始めた。


「あ、あれ?ねぇちょっと、こういう場面だと普通さ、さっきみたいな顔した後は恵が『あっごめん・・・』て謝って、私が『なんともないよーだいじょうぶだよー』とか言って穏便に済んで、より仲良くなる展開じゃないの痛い痛っ・・・痛いの度合いが尋常じゃない!!」

「痛いならさっさと離せばいいじゃない!いったいいつまでこの不毛な会話を続ける気よ!!」

「不毛とかいうなし・・・まあ確かに生産性ゼロだけどさぁ」

それを聞いた恵は一旦考え込むような顔をして、

「・・・・・・ねぇ、何がしたいの?かわいそうとか思っちゃってんの?そうだとしたら本当に放っておいてくれないかな?私は一人で何とかするから。」

そんなことを言ってきた。


「いや、私は・・・・」


そうこうしているうちに決定的な事が起こる。


ゼロ距離で蹴りが来ました。


吹っ飛んだ。本当に漫画みたいに吹っ飛んだ。痛い。だいぶ痛い。

「っ私は!もう友達とか!必要ないから!!!!」

そういって恵は勢いよく扉を閉めた。


んや~・・・はっきりと拒絶されたなぁ。さすがにこれ以上はいろいろとまずいだろうし、今日はゆったりと帰りますか。今日は、ね。

絶対あの子運動神経抜群だ・・・間違いない・・・あの蹴り本物だ。

まあ、それはさておき。


丘の上にある家だふもとから来るのは大変だが・・・・・・・、帰るのもこれはこれで大変だ。


てくてくと坂道を下っていくと最後の恵ちゃんとのやり取りが頭の中を延々と反響している。

同情ねぇ・・・・・してないんじゃなくそもそも出来ないんだなぁこれが。

同情する材料がそもそも存在しないんだよね。本とかは読むけど、ほんとのとこはどうなのかとか全然わかんないし。

だから恵ちゃんがどうなってああなってこうなってとか全然考えてない。


あたしはただ・・・


「ねえちょっと?あなたそこの家から帰る最中なのよね?もしかして恵ちゃんの知り合い?」


びっくりしながら顔を上げるとそこにはラフな服装の優しそうなお姉さんが軽く息を切らしながらあたしに話しかけていた。

「うぇ?あ、はいそうです友達です。」


一方的だけども


「まぁ、そうだったの~・・・へぇ、あの子も案外しっかりしてるじゃないの友達なんて」

「えーっと、恵ちゃんのお姉さんか何かでしょうか・・・?」

「あっごめんね急に何も言わずに話しかけちゃって、えー、こほん。私はあの子のおばさんの、建宮真昼(たてみやまひる)。お姉さんなんて言われておばさんうれしい」


真昼さん、なんだか随分と若々しいおばさんに捕まえられてしまった。



それからしばらく歩いたところの、湖のほとりにあるファミレスでパフェをごちそうになっている。

真昼さんのおごりで。


「それでは改めまして、建宮恵の母の妹の建宮真昼です。よろしくねぇ」


そこは単純におばさんでいいと思うんですが・・・


「だっておばさんって言い方だと真面目におばさんっぽいじゃない」


こ、心が読まれてる・・・?


「仕事柄ね、顔見て考えてる事ある程度分かるようになったのよー」


そんな馬鹿な・・・・にしてもおごってもらっちゃって悪いなぁ・・・

「そう嘘。さっきのはわかりやすい会話だったしねぇ。あ、それはついでよ。いい機会だと思ってね」

「待ってください!!嘘かほんとかわからなくなってるんだけど!?」

「うふふ」


わからない、本当にこの人わからない・・・・


「・・・まぐっ、あ、これ結構おいしいですね」

「でしょぉ?うーん聞いた通りすごいおいしいわ~」


あそこに向かっていたってことは恵ちゃんの親は今居ないとか、それともそもそもあそこにはいないのか、どちらにしろ、彼女の今の保護者のような立場ってことね。

・・・この人が毎日家にいるのか。よく成り立ってるなぁもふもふ。


失礼だとは思いつつもそう思わざるを得なかった。


「まああの子とは家にいてもほとんど会わないしね、朝と夕方のご飯の時だけよ」

・・・・・もう考えは読まれてる前提でいいやもう。


「もふもふ・・・っていうか恵ちゃんって引きこもってるわけじゃないんですか、てっきり部屋からでてないから力は弱いと思っていたんですけど」

「うーん、もともとそういうのとはかけ離れてる子だったからねぇ、陸上部ではなかなか上だったらしいわよ」

ああ、それであんなに力強いのか。


うーん、それにしてもこの人

「それでやっぱいじめとかに合っちゃうとね、塞ぎ込んでも中途半端になっちゃったりするんだよね。そこが危うかったりするの。」


ふうん、やっぱり。


「あの、それを伝えて、どうしようっていうんですか」

「んー?さぁどうだろうねぇ?」

「近づいたあたしに恵ちゃんを理解させて、ああいう状態から脱出させようっていう感じですか」

だとしたら安易すぎるし、それは一方的な押しつけだ。


「そんなことまで考えて動いたりとかしてないわよ、そんなに秀才に見える?」

「見えますね」


秀才というか醜悪だけど。


「あはは。正直に言うとね。私はあの子の状態に対しては治療をしたいとは思ってるわ」

「その治療にあたしが必要だと?」


真面目な顔になって真昼さんは言う。

「んー・・・でもね、私はそこでふと考えたわけなの、そもそもその『治療』ってなに?それは治療の対象が望むことをして『幸せ』になればそれで完了?世間体から見て、『正常』になればそれで終了?どっちもどっちかが納得はしない、したとしてもそれはやっぱり治療の対象を、無理やりにでも納得させなければいけない。それは、正しいんだろうけど倫理としては間違っていると思わない?」


その最初の間は肯定と受けとっておくことにした。

今のこの人の話は、きっとあたしにも当てはまる。あたしはまだ、そういうことを全くと言っていいほど解決できていない。

そして、この人の言っていることはどこか正しいと思ってしまう、いや、あたし自身がそう思いたいだけだ。

うん、この人はそういうことに対する専門家だ。そんな気がする。


「結局世の中多数決で出来上がっているってことですか」

「随分とざっくりいうけど、大まかには間違っていないわね。本人がどう思うかよりも周りが納得しなきゃその環境は改善しない訳だし」

「それで、あたしと何の関係が・・・」

「うんと、私が考えて出した案はね、あの子の方を尊重することにしたの。その上で友達を作ってもらいたい。あの子自身は自覚はないと思うけど、友達が必要なのよ。生きていくためにも、再び前を向くためにも」

「はぁ」


パフェの最後の一口を片づけて真昼さんは続ける。

「でも、同情を向けられればたちまちあの子の心は固く閉ざされてしまう、そこであなたよ。偶然だったけど、そういうことを出来ないあなたがいてよかったわ。愛華ちゃん」

「はぁ・・・はぁ!?」


えっちょっ・・・・・知ってる?この人、あたしのこと詳しく知ってる?

ここまでくると化け物じみているんだけど・・・


「どうせあなた、恵ちゃんと友達になろうとしているのでしょう?だったら、情報が欲しいんじゃないかと思ったっていうのがこの話のオチよ」

「いや、オチって・・・」

「それに、このことはあなたのためにもなるはずよ。××ちゃん」



「あっがぅ!??」



頭痛。



もっていたスプーンが甲高い音を立ててテーブルに落ちる。


その二文字を聞いた瞬間に、あたしの耳は、頭は、おなかは、手は、足は、動くことを拒絶する。


何かにおびえるように、一種の防衛機能のように。その二文字以外にも、昔のことに関する明確なことを耳にするといつもこうなる、まるで過去と向き合うことを良しとしないように。


「あたしの……ため…ですか」


数秒の硬直の後、何とか振り絞って出せた言葉はそれだけだった。

視界がまだ揺れている。

一瞬、自分の記憶が混在して、何が何だかわからなくなって、こうなる。だから、あたしは前を向いている。前しか向けない。


「聞いていたよりも立ち直りが早くなっているね。うん、いい傾向だ。関心関心ー」

そういって真昼さんは満足そうに何度かうなずくと、あたしの質問には答えずに立ち上がって荷物をまとめ始めた。


「ちょ・・・ちょっと・・・・・うぐっ・・・・・」

め、めまいが・・・・・

あ、だめだこれ。早く座らないと本当にまずい、


「あの子と一緒にいれば、その意味もきっと見えてくるわよ。そんなわけで、これからよろしくね。」


そう言って、あたしが行動不能なのをいいことにゆったりとお店から出て行った。


ちなみに今のあたしの状況はいうまでもなく・・・・テーブルの上に頭だけほっぽって腕だらーでございますはい。動けません。いや、動きたくありません。


ていうかなんか断れない状況まで追い込まれてしまった気がしてならない。どうしよう・・・元から仲良くするつもりだったんだから別に・・・・いいのか?

たしかに、あの人の言っていることは適格だし、何か言葉に“重み”がある。でも最後の方、あたしのためって・・・・・・・・



きっと、それはあたしにはまだわからないことなんだろうと思う。



恵ちゃんのことだって、いま真昼さんから聞いただけで本人とは全然といっていいほど話してないし。まだまだあの子の心の中には踏み込んでいける気がしない。

というか自分の心も踏み込めてるかどうかわかんないのだから、そもそもからその方法がわからない。


「あー・・・まあ、このままでも何もないし、自ら求めた変化だから・・・・うん。がんばろ」


せっかくやってきたチャンスなんだし、ね。

実は昨日、湖のほとりにたたずむ恵ちゃんに話しかけたとき、あたしはものすごい緊張してた。


だからこれは、何も起きない日常に、過去がなくなってその場でとどまっていた、無様なあたしの求めた変化。


前を向け、というだけの選択肢を与えられたあたしが、長い長い時間をかけて決断したこと。かけがえのない“今”の自分が作った自分の思い。××がしてきたこととは違う。そういう決断。


だから余計に・・・彼女が立ち去るときについこぼしてしまったのだと思う。


だって、彼女の足元にはその場から動くことを許さないような黒く、太い幹のようなものが絡みついていたように見えた。


そしてそれは、よく見ると本人から生えている根のようにも見えたから。

そんな子をあたしは、まるで自分のことの用に思えて、どうしても放っておけなかったんだ。

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