雲
この小説は当初、連載で書いたものでしたが、修正の際に、ひとつにまとめてしまいました。どうか、ご理解の程を。
太陽が一日の仕事を終えようとしている。山際は黒く、その周りは燃えるようなオレンジ色である。僕は家路をトボトボ歩いていた。
「はぁー、今日も疲れた。」
自分は溜め息といっしょにそんな言葉を吐き出した。僕は中学3年生になった。つまり僕は受験生なのである。部活も終わり、周りもいよいよ受験勉強モードになってきている。僕は地元の公立の高校を受けることにしている。そこまで難しい高校では無いのだが、一応勉強はしている。
しかし僕の心に一つ、大きなわだかまりがある。それは好きな子への告白である。
彼女は中学に入った時に初めて見る子だった。当初は何の感情もなかった。
中学一年の9月。僕はクラスメイトに怪我を負わせてしまった。自分は職員室に呼ばれ、激しく叱られた。怪我は軽かったとはいえ、もしかすると命に係わるものであった。
叱責の後、放課後の教室に戻って自分の席に座ると、自分のした事の恐ろしさを改めて感じ、胸に冷たいものが流れた。
もしかしたら僕は
‘ヒトゴロシ’になっていたかもしれない…。 そう思うと涙が出てきた。自分の今までの人生で経験した事のない恐怖だった。僕は机に突っ伏して泣いた。
既に陽が傾き、数人しか残っていない教室で。
多分5分くらい経った頃のこと、顔を伏せている僕の上から、人の声が降って来た。顔を上げると一人の女子が自分の机の前に立っていた。
「大丈夫?」
彼女は僕を慰めようとしてくれようとする。
「〜君は大丈夫だから、泣かないで」
その時の彼女の顔は、今でも鮮明に覚えている。
泣いている僕を安心させようと、少しぎこちなさげに笑顔を作ってみせた。
まだ顔に小学校から上がってきたばかりのあどけなさがあり、尚更彼女の優しい気持ちが伝わってきて、僕の心に響いた。
失意のどん底にいた自分には彼女が女神さまのようにすら感じられた。
長い前髪からのぞく瞳は本当にきれいだった。
―――
「もうあれから二年か」
二年前のことを思いだしながら歩いているとあっという間に家の前に着いていた。
陽は既に山の後ろに隠れていた。
「いよいよ明日か」
と心の中で呟いて家の中に入った。
−2年生でのクラス替え、僕は賭けをしていた。彼女と再び同じクラスになったら告白しようと。しかしその賭けには負けた。僕は1年間、学校行事や廊下ですれ違う彼女の姿を影から見つめることしかできなかった。今思えば、あんな賭けをしないで、告白していればよかったと思う。
−そして3年になると再び彼女と同じクラスになった。自分はからくも、もう一度チャンスを手にした。しかしタイミングが掴めず、受験だからと、かこつけて告白出来ずにこの季節までずるずると来てしまった。 このままではいけないどうにか彼女に気持ちを伝えたい。
そして自分は手紙を渡すことにした。
明くる日、自分は現在学校から少し離れた公園にいる。この公園は通学路から外れた所にある。
僕は放課後彼女に一通の手紙を渡した。ほとんど顔を見ずに
「読んでください」
そう言って逃げるように教室を出た。まるで女子みたいだなと内心思った。しかし、なんとか渡すことに成功した。
手紙にはこう書いた。
―あなたに話したいことがあります。よかったら、十七時に〇〇公園に来てください―
まぁ、この話というのが告白というのは彼女も察しているはずだ。
もし、来てくれない場合は僕は嫌われているということだ。
逆に来たとしても、付き合ってくれるというの別問題なのである。
あ〜、いくら考えても悪い考えしか浮かんでこない。秋の空の夕暮れは早い。
西の空はあかね色に染まっていた。
雲が何層も重なり、ひとつの雲にたくさんの明暗が造り出されていて、迫力がある。
あんなに大きい雲はいったい何処に行くのだろうか。
それに雲は己が何時かは消えてしまうことを承知しているのだろうか。
雲はただ風に身を任せているだけなんだろうか。
だが何時はこの世から確実に消滅するのだ。
人と同じなのだ。
見えない何かによって自分達の行く先は決まっているのかもしれない。
しかしそんな雲でさえ、下から見る人へと色んな空想抱かせるのである。この僕のようにだ。
だからこの僕も、一人でも良い影響を与えることが出来るんだ。
それでは、俺はあの子にとって良い影響を与える存在でいたい。
その為にはまず、ここで思いの丈を彼女に…。
「〜君」
「えっ?!」
彼女が自分の後ろに立っていた。
不意を突かれた自分は思わず後ろに跳び下がってしまった。
考え事をしていたために、近づいてきた彼女に気がつかなかったようである。
「ごめん、驚かせちゃった?」彼女は美しい瞳を向けて言った。この目に自分は弱い。
「いや、大丈夫。気にしないで。」
と自分は手を振って誤魔化した。
「話って何?」
ついに来た、告白の時間が。口から水気が消え、自分の心臓はオーバーヒートをおかしかけている。
「えっとそれは…」
もうこうなったら遣るしかない。後は野となれ山となれだ。
「〜さん」
顔を上げて彼女と視線を合わせる。
「俺は中学の一年の秋からあなたのことが好きです。付き合ってください」
一息に言い切った。言い切ってからも彼女から視線を逸らさない。顔から火が吹きそうだ。
彼女は最初驚いた表情をしていたが、徐々に恥ずかしいのか、下を見ている。ほのかに頬に赤みがかかっている。
暫しの沈黙が流れた。
すると彼女は顔を上げ、僕の目を見て言った。
「私も〜君のことが好きでした。付き合ってください。」自分は初めどうすればいいのかわからなかった。
だけど沸々と体に熱いものが吹き出してきた。
すると自分は彼女を抱きしめていた。なんでそうしたのかはよくわからない。
彼女の小さい肩は震ええていた。しかしだんだんと震えは止まり、彼女の体温が僕の身体に伝わってくるのを感じた。
数ヵ月後、僕は彼女と同じ公立高校に通っている。
高校生活の日々を僕は彼女と謳歌している。
何時まで彼女とこうしていられるのだろうか。
彼女と一緒にいるときにそう考えてしまう。
僕と彼女との雲は一体どこまで行くのだろうか。
しかし今、この雲の行方を考えても仕方あるまい。
今、この一瞬を彼女といられることが幸せなのだから。
読んで頂きありがとうございます。 ご意見ご感想をお待ちしています。