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コンスタンボアーズの丘で  作者: フリル
ゴールドベルク学院
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ゴールドベルク学院 第2章  始まりの鐘はあなたと

BGM:バッハ 「目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ」BWV645


19歳になった、ローズとダイアナの日常を描きました。

ゴールドベルク学院 第2章  始まりの鐘はあなたと







静かな学院に、澄み通る鐘の音が響き渡る。

黒い絨毯の上を生徒たちがすれ違う。

三大有名学院に入るとされるゴールドベルク学院は、小さな田舎町のコンスタンボアーズの丘にある。





「ダイアナ、遅れてしまうわ。」


 心配そうな顔で、ローズは扉の前に立っている。

 黒のベルベッドで出来たワンピースの制服は、足首を隠し、歩くとドレスのように広がる。時折見え隠れする足元には、黒のブーツを履いている。小さな腰は、あまり締め付けすぎず、ふんわりと流している。胸元にはサテンのリボン。その中心には、その少女の瞳の色と同じ、薔薇色のブローチが付けられている。腰ほどまである長い黒髪。真っ赤な薔薇色の瞳は、いつも俯き加減で、頬に睫の影を落している。

 ローズ・ライアンは、少し人見知りな、大人しい、十九歳の少女である。


「大丈夫よ、ローズ。待たせて、申し訳なかったわ。」


 親友のダイアナ・ツイーンは、申し訳なさそうに、扉から顔を出した。


 美しく整えられた金の巻き毛の髪に、大きく、釣り目の蜂蜜色の瞳。そして、上向きの長いまつげ。ダイアナは、大変目鼻立ちがよく、その容姿は少々華やか過ぎるほどである。その容姿に負けず劣らず、いつも勝気な十九歳の少女である。

 制服の腰は、同じくベルベットのリボンで締め付け、胸から腰まで、美しいラインが形成されている。身長は、女性にしては、かなり高い方である。

 ローズとダイアナは、性格も見た目も、対照的であるが、二人は大変仲が良い親友である。七歳のときに出逢ってから、ずっと共に過ごしてきた。同じルームメイトでもある。


 部屋に鍵をかけると、二人は長い廊下を走って行く。大きな中央の螺旋階段を下ると、漆黒の制服に身を包んだ生徒たちが、食堂に入っていく姿が目に入ってきた。


「間に合ったわ。」


 息を整えながら、ダイアナは、そっとローズにウインクを投げた。その仕草に、思わずローズはクスリと微笑んだ。

 二人の朝食は、毎日こうして始まる。ローズはいつも早く起き、部屋の片付けを済まし、朝食の時間まで読書をしている。一方、時間にルーズなダイアナは、よく寝坊してしまう。それに加え、身だしなみは、人一倍気を遣っているため、着替えなどの時間が大変掛かってしまう。支度を済ませたローズは、同じルームメイトでもあるダイアナをいつも部屋の前で待っている。そのため、いつも二人は廊下を足早に駆け抜けて、食堂へ辿り着くのが、日課になってしまっているのである。


 二人は朝食をとるため、重い銅製のドアを開き、食堂の中へと進む。

食堂の天井は高く、大きなシャンデリアが輝いている。何メートルもの長いテーブルが何列も立ち並ぶ。食堂の一番前には、石造りの暖炉が設えられている。

 空いている席へと、二人は坐った。

 テーブルの上には白いテーブルクロスが掛けられ、すでに朝食の用意がされている。野菜のサラダ、ポテトのマッシュ、白身魚のフライが二切れ。ティーカップには、香り高い紅茶。すがすがしい朝の始まりを感じさせる。



「今日、三時限目で終わりだわ。放課後、ハウンズ街に買い物に行かない?」

 ダイアナは、いつも以上に瞳を輝かせながら、そう尋ねた。


「ええ、いいわね。行きましょう。」


 ローズは、ティーカップを取った手を止め、静かに微笑んだ。

 二人は、ショッピングがとても好きである。最近は、テストやレポート、学校行事が重なり、あまり外へ出ていない。久々の休日である。



「本当、最近、どこにも出掛けてないわね。足が鈍っちゃうわ。」


 ダイアナのその言い方に、思わず笑ってしまう。


「あー、本当、開放されて良かったわ。勉強とか、大嫌い。そうじゃなくても、テストの勉強で忙しいのに、ローランド先生ったら、提出の一週間前にレポート出してきたわよね。あれなんなの?信じられないわ。」


 ダイアナは、大きく伸びをしたと思ったら、すぐにしかめっ面をして見せた。

 ダイアナは、とても美人で、おしゃれも上手。しかし、堅苦しいところがなく、さりげなく自分の感情を表にだせるダイアナを、ローズは少し羨ましくもある。


「そうね。皆、焦って資料集めを始めたから、図書館の資料、ほとんど借りられちゃってて。本当、調べるの、大変だったわね。」


「そう!あれじゃ、予習もできないじゃない。といっても、あたしは、ほとんどローズが借りてきた本、見てやったんだけどね。本当、いつもごめんね。」


 ローズは、「気にしないで」と静かに首を振る。





 ダイアナは、勉強が大の苦手であり、レポートや課題は、いつもローズに手伝ってもらっている。一方、ローズは勉強することは、苦ではない。むしろ、楽しいと感じてさえいる。そのせいか、学年の中でも常に上位に上るほうである。授業の間の空き時間は、ただ一人で本を読んでいることが多い。寡黙で大人しい少女であるが、その中には多くの知識を秘めている。


 そう、あの日。レポートの提出期限が迫っていたため、図書館は沢山の生徒で溢れていた。図書館内の資料のほとんどを熟知しているローズは、必要な資料を確保するのが早く、レポート作成に困らずに済んでいた。同じくダイアナは、ローズが借りてきた資料を見ながら、一生懸命レポート作成に励んでいた。あらゆる資料を引っ張ってきて、なんとか、レポートの文字数を埋め、ダイアナは課題を完成することができたのは、レポート提出日の前日、午後三時であった。


 その後、急いで、出来上がったレポートを、教務課のポストに提出しに行ってきた二人は、自室の扉を閉めて、ようやく肩の荷を降ろすことができた。


 部屋のソファに腰掛けた二人は、すっかりおなかが減ってしまったことに気がついた。


 すると、先ほどまで疲れきった様子であったダイアナは、突然、思いついたように立ち上がり、お茶を入れるわ、とウインクした。目を瞬くローズ。


 しばらくすると、ダイアナは、銀のトレーを手に戻ってきた。その上には、リモージュ焼きのティーセットと、小さな籠の中に、綺麗なピンク色の丸いお菓子が載っていた。それは、ことりと丸くて、とても可愛らしい形をしていた。ローズは、初めて見るそのお菓子に目を奪われてしまった。


 ダイアナは、ティーポットの中の紅茶をカップに注いだ。アールグレイの香りが広がる。そして、先ほどのピンクのお菓子をお皿の上に一つづつ置いた。


「さあ、どうぞ。」


 ダイアナは、胸の前でそっと手を合わせた。


「いいの?もらってしまって。」


 ローズは、なんだか申し訳なくなった。


「いいのよ。レポート、手伝わせちゃったしね。」


 ローズは、そのお菓子を手に取った。それは、ローズの手の中に、小さく納まるくらいの大きさだった。淡いピンク色がとても綺麗で、なんだか食べるのがもったいなかった。

 ダイアナは、再び小さく声を立てて笑った。


「とても、可愛らしいお菓子。食べるのが、本当にもったいないわ。」


「そうよね。ローズに、そんな風に言ってもらえてうれしいわ。でも、食べてみたら、もっと驚くわよ。」


 ダイアナはお菓子を手に取り、小さく端をかじった。


 そのお菓子は、淡いピンク色の外側は、少し固くて、中はしっとりとしていた。口の中に甘さが広がる。もう一口、齧ると、濃厚なラズベリーの甘酸っぱさが広がった。間にラズベリーのソースがサンドされているようだ。ソースといっても、その濃厚さがジャムのようだった。


「美味しいわ…。」


 あまりの美味しさに、ローズは目を伏せ、うっとりとしてしまう。

 ローズのその言葉を聞いて、ダイアナは微笑んだ。


「マカロンっていうのよ。」


「マカロン?なんて、可愛らしい名前なのかしら。」


 頭の中で、その名を転がした。


「そうでしょ。最近、ハウンズ街に新しく出来たお店で買ったものなのよ。」


「そうなの?全然、知らなかったわ。ダイアナは、なんでも知ってるのね。」


 ローズが感心していると、ダイアナは蜂蜜色の瞳を輝かせた。


「実を言うとね、内緒にしてたんだわ。」


 そういうと、思わずローズは、ダイアナの瞳を不思議そうに見つめた。

 ダイアナは、その様子を見て、小さく笑った。


「だって、ローズを驚かしたかったんだもの。」


 ローズは、目の前の親友が愛おしくなって、思わずダイアナの腕に、そっとしがみついた。


「本当、私って、ダイアナに愛されてるわね。」


 ダイアナは、肩震わせて、笑った。


「あら、やだ。あはは。決ってるじゃない、愛しているわよ。そんなに、喜んでもらえるなんて、大成功だわね。」


 ダイアナは、ローズの頭を優しく撫でた。





「ちょっと、あんた。手が止まってるわよ。何か、サラダに入ってたの?」


 ダイアナのその声で、我に返った。

 サラダのフォークを手にして、止まっているローズを小さく小突いたのだった。


 ローズは、思わず可笑しくなって、笑った。

「何よ。あんた。」


「昨日の時間を思い出してたのよ。」


ダイアナは、怪訝そうな顔をした。


「あたしが必死こいて仕上げたレポートの?」


「違うわ。ダイアナが、昨日、私にくれたサプライズよ。マカロン、とてもびっくりした。本当に、美味しかったわ。」


 ダイアナは、思わず蜂蜜色の瞳を大きくした。


「本当?嬉しいわ。そんなに、喜んでもらえて、あたしも幸せだわ。」


 安心したように、ダイアナは微笑んだ。

 ダイアナは、いつも私のことを思ってくれている。私は、どれだけダイアナを幸せにしているだろうか、少し不安にさえなる。


「そうよ、ローズ。今日は、ハウンズ街に行ったら、必ずこの前のお店を紹介するわ。また、マカロンを土産に、するわよ。」


「ええ。」


 ダイアナの笑顔に、ローズは小さく微笑んだ。









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