聖なる女勇者
ドンレミに着いた彼女はその光景に愕然とした。
以前訪れた時、この土地は見とれる程広大で、美しい田園風景が広がる穏やかな土地だった。しかし、今あるそれは穏やかなあの景色とは掛け離れた、無残に焼き払われ焼け野原広がる灰色の風景だけが、延々と続いていた。
−− 戦いとは、こうも虚しいものなのか。
景色を眺めていると、粟立つように悲しみが込み上げてくる。
しかし、泣いている姿を晒すのを彼女はあまり好まない。周囲に露呈する前に慌てて、天を仰いで誤魔化そうとした。
見上げた空は、辺りに立ち込める煙によって光を遮断され、淀んでいる。この空にあったのは、白い雲みたいな白煙。
彼女は立ち尽くし、ゆっくりと目を閉じた。
此処は、戦場となってしまった村。そして彼女の生まれ故郷。
この村の惨状に彼女が怒りを覚えないはずもなく、右手が強く握られていた。
だが、村の立地を恨めばいいのか、戦場にした人間を恨めばいいのか、彼女にはそれが解らなかった。
元々、悩むこと自体、間違いなのかもしれない。戦場にした人間を恨めば、彼女自身、己を恨まなければならない。
何故ならば、この戦争に私自身が参加していて、片棒を担いだのだから。
この手で、多くの人を殺してきた。そして、知らず知らずに此処と同様の風景を、作り出してきたのだろう。
この状況は彼女の罪、そのものを表している、そんな気がしてならなかった。
しかし、このまま悲しみに暮れている時間など残されていない。
それが許されるほど、彼女には時間が無かった。
多くの人の上に立つということは、歩みを止めてはいけないということ。まだ、こんな場所で立ち止まってはいられない。
覚悟を決め、振り返ると鎧姿のジル・ド・レイが、膝を着き、頭を深々と下げていた。
「ラ・ピュセル殿、済まぬことをした。貴女の故郷を ・・・・・・ 我々がいながら、このような惨状を作り出してしまい、誠に申し訳ない」
ジル・ド・レイは、申し訳ないと涙を流しながら幾度を歎いた。
そんな悲しみに暮れる彼の肩にそっと触れる。
「ジルよ、私はここで立ち止まることはしません。今回は不覚にも私達の隙を突かれしまいましたが。でも、まだ負けたわけじゃありません、私達のフランスはまだある」
煙る空の方を向きながら諭す。
すると彼は感嘆し、腰を持ち上げた。
「ラ・ピュセル殿、有り難きお言葉。我等もまた貴女と供に歩んでゆく所存。立ち止まりなどいたしません」
「その言葉、しかと受け取りました。しかし、ラ・ピュセルと呼ばれるのは好きじゃありません、私にはジャンヌダルクと言う名がある、ジャンヌと呼んでください」
「はは。我等、ジャンヌ殿の元に集える騎士、この戦い、絶対に勝ってみせますぞ」
ジル・ド・レイが雄叫び上げ、高々と剣を掲げると彼の背後に控えていた幾千もの兵もまた、空気を震わせ、剣を天高く持ち上げた。
彼女のために此処まで熱く、団結してくれるとは−−感動のあまり、目頭が熱くなる。
人前では泣きたくないと、思ったばかりなのだが、目にうっすらと涙を浮かべた。
瞳にうっすらと、涙を浮かべる。
私はそのまま皆の前に立ち、高らかに宣言を放つ。
「私達は、神に選ばれた騎士。そしてフランスは、私達の国。今ここに二度とこの様な惨劇が繰り返さぬことを皆と神に誓う。この戦い、必ず私達に勝利を、そして、光を」
言い終わるとジルは感激のあまりか、男泣きしてしまい、その他、多くの兵も涙を浮かべてしまっていた。
私はやれやれと思いながら旗を持ち上げた。
そして、敵国、西ドイツの方を見つめ、足を踏み出す。
「さぁ、行くぞ。皆。我等ジャンヌ・フランス軍!」