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第三話:透明人間の能力

私のお母さんが言った。


「あんたは雪のように、ただ何もできずに溶けていくのよ…かわいそうな、悪魔の子ね」


私のお父さんが言った。


「おまえは雪のように、ただ地や屋根に積もっていくだけ…そう、存在するだけで迷惑なやつなんだよ」


私のお兄ちゃんが言った。


「おまえって居てて本っ当に迷惑なんだよ?自覚してんの?バーカ」



そう。雪みたいな私にとっては、暖かい家族なんて要らないの。


空舞祈よりも更に北東にあるとても小さな村。ここでは、雪なんて邪魔なだけ。



ただ私にとっては、家族を含めたこの村人達の方がよっぽど雪みたいに冷たくて、存在しているだけで邪魔だと思うけど。

だって、その村人達…いや、“雪”のせいで、私の大切な友達が狩猟銃で撃たれたのだから。


私の大切な友達は、撃たれる直前に、私にこう言った。



『生きるんだ』



私は生き延びてきた。

私は家を出て、旅に出た。

人間という動物が怖かった。

“大切な友達”の、鹿のみーちゃんや、狼のリーモを、平気な顔をして…いや、むしろ嬉しそうな顔をして撃つ人間が。


私がみーちゃんやリーモと話していると、家族は私を罵って、檻に閉じ込めた。


そして、檻の中で震えてる私にこう言うの。



「獣と話せるなんて、悪魔の子よ」



…って。




===<第三者視点、路地裏にて>===




「…どこにいるの!?姿を現してよ!」


ひったくり犯はバッグを脇に抱え、必死に辺りを探してみるが、どこにも人影はない。

明らかにおかしい。

冷や汗が頬を伝い、地面に静かに落ちた。


「まさか、能力使者…!?」


和也は“能力使者”という言葉に違和感を感じたが、今はその言葉を気にするよりも盗んだ物を取り上げた方がいいと判断した。

意を決し、和也は力づくでも…と、ひったくり犯の目の前に立つと、口を開いた。


「とりあえず何を盗んだのか…そのバッグの中身、拝見させてもらうぜ―!」

「…透明になれる能力!?」


どこに居るかも分からない、しかも透明人間と名乗る危険人物を相手に、このバッグに入っている“大切な物”を守れるのだろうか。

ひったくり犯は不安を表情に出さないようにし、できるだけ相手に勘付かれないよう、懐から折りたたみ式ナイフを出そうとする。が、その手に持っていたナイフは和也が蹴ったことによって、あっけなく、カランと音をたてて地面に落ちた。


そして一瞬の隙をつき、和也はバッグを無理矢理奪い取った。


ひったくり犯の顔は青ざめた。ただバッグが勝手に浮き、ファスナーが勝手に開くのをのを呆然と見つめるしかなかった。


和也が手早くバッグのファスナーを開け、中から取り出したのは――



「……ん?」



ふさふさの“鬘”だった。


「ちょ、ちょっと!ボスに捧げる大事な鬘を雑に扱わないで!掴まないで!!眺めないで!!!」

「…別にながめてはいねぇけど…」


ぼそりと呟き、和也は今までのことを再度振り返ってみる。

そういえば今思えば、ひったくりと叫んでいたのはセミロングの髪の女性。だが、その場で泣きながら座り込んでいたのは髪が1本も生えていない、お坊さんみたいな人…だったような気がする。


そしてボスに捧げるとなると…。


だいたい話を理解できた和也は、ひったくり犯に、たった今できた仮説を口にしてみた。


「え、じゃあー…お前はあれか。ボスの命令で鬘を盗み、こうして逃げていたと」

「だ、だってしょうがないでしょ!?…ボスが言うんだから」

「そのボスって禿てんの?」

「なんでそれを…それも能力で分かるってこと?哀れな能力使者だね…」

「そんなの分かりたくねぇから」


能力という言葉に若干苛立ちを覚えながら、和也はため息をついた。

なんだ、鬘か。

そう思いかけ、はっと我に返る。駄目だ。鬘だってお金を払って買うのだから、盗むなんて滅法悪いことだ。


それよりも、こいつが口にしていた“能力使者”とはどういう意味なのか。


もしかしたら、俺のこの能力について何か鍵を握っているのだろうか?



和也が様々な考察をしながら真剣な表情をしていると、その悩んだ表情に見兼ねたひったくり犯が和也に訊いた。


「あなた…もしかして最近、“能力開花”した?私、一応ここらの土地に居座ってる能力使者はほぼ把握してるんだけど、あなたの顔は初めてみたよ」

「あのなぁ…さっきから能力使者?能力開花?お前いい歳して中二病みたいな単語使うな」

「実際に中二病みたいな能力を持つあなたが言わないでよ…」


何も言い返せず、寂然とした和也の様子を見て、ひったくり犯が説明し始める。


「…まぁあなたがそっち側の人間、って分かったから、簡単に説明するよ。

 まず、最近世界中で特別な能力を持った人間が出現してるの…その人間達は、能力を自由に行使できる者、として、能力使者という名称がつけられている。

 ただその能力は、生まれてからすぐ使える…なんてことはほとんどないの。そうね…中学生か高校生ぐらいになってから、初めて能力が使えるようになるかな。そして、初めて能力が使えるようになるその時を、能力開花、という名称で呼んでるの」


「なるほどな…」


つまり俺は、中学3年の卒業式の時に完全に能力開花したわけか―


能力開花をした時を思い出した瞬間、和也は反動的に頭を抱えた。

あれ?なんで俺は…頭を抱えて…


「ど、どうしたのあなた!?なんか悲しい過去思い出させちゃった!?」


ついさっき鬘を奪われた敵だと言うのに、今ではすっかり俺の味方のように、心配しているような素振りをしつつおどおど辺りを見回している。

どうやらこのひったくり犯はかなりの天然で、見かけによらず優しいらしい。


「別に悲しい過去じゃ…ねぇよ。気にすんな。俺は他人に情けを掛けられるとかごめんだからな」


そうだ。悲しい過去なんかじゃない。

和也はそう考えながらも、今の自分の気持ちに疑問を持った。能力開花をした卒業式の日…あの出来事を思い出すと胸がとても苦しくなり、鼻がつーんとなる。

同時に、何か大事なことを忘れているような気がする。人間にはあって当たり前な、大事なことを。


「えーっと…ちょっと私、これからまた上質な鬘集めないといけないから。じゃあね!」

「いやじゃあね!じゃねぇよ!?そこまで鬘がほしいなら、店に買いに行けばいいだろ!!」

「だ、だってボスが人から剥ぎ取らないとって…」


ひったくり犯は地面に落ちていたバッグを持ち、和也に面と向かって言う。


「独りぼっちだった私を、ボスは救ってくれたの。その恩返しとして、私はボスの所に必ず…人間から鬘を剥ぎ取って届けないといけない」

「……そうか。じゃあ行けよ」

「と、止めないの!?私を」

「まぁ過去にお前に何があったか知らねぇけど、ボスを救うためなんだろ?

 あーそうそう、鬘を人から剥ぎ取るのはいいが、黙って盗むのはよくねぇだろ?だから『後で別の鬘を買って返します』とか言っといた方がいいんじゃねぇの」


和也の言葉を聞いた途端、ひったくり犯はきょとんとし、少し経って爆笑し始めた。その様子を、和也は不審そうに見つめる。


「ぷっははははっ!本当にあなたは面白いね!今日は会えてよかったよ…あなたの姿は透明だから見えないけどね。もしかしたらまた会えるかもしれないね…なんだかそんな気がする」

「同じ街に居るんだし、そんな鬘探しとかしてりゃあその内会えるだろうな」

「そうだね。それじゃ、今度こそ…ばいばい」


和也から鬘を受け取ると、ひったくり犯は少し寂しそうな表情でバッグを脇に抱え、さながらチーターのような、とんでもない速さで走り出した。

…本当に速いな…人間か?

その点が不可解だったが、和也は特に気にも留めなかった。


さて、今日はあの福笑い店長に怒られるな…たしかバイトの時間に遅れたら、雑巾で床みがきだっけ?なんだよ…あんな福笑いみたいな顔して怒るとか鬼だな…

心の中で愚痴り、これから起こることにため息をつきながら、和也は自転車を止めてある場所に戻ろうと歩き出した。


これからまた、いつもの日々が始まる。


重い気持ちを抱えながら、和也は、俯いていた顔をふと上げた。その時。

大きな爆発音とともに、雷が轟いたかのような騒音が空気を裂いた。同時に縦揺れの地震がおき、窓ガラスの割れる音が鳴り響く。



「今日はバイトに行けそうにもねぇな…」



この先にどんな光景が待ってるかも知らず、和也は無我夢中で音が聞こえた方向へ走っていった。その方向は、ひったくり犯が先ほど向かった方向だった。


―あのひったくり犯、無事なんだろうな…!?


自分も天然で、他人に情けを掛けていることも知らず、和也は廃れた路地を駆け出した。


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