第二話:透明人間とひったくり犯
立ちこぎで自転車を走らせ、和也はひったくり犯を追うために車道を横切り、左方向へと急いだ。
例のひったくり犯は、全力疾走で通行人とぶつかりながらも前へと進んでいく。
なんて足の速い奴だ。
和也は反射的に舌打ちをし、更にスピードを上げていく。もう春の風を感じる暇もなく、ただ全身に強くあたる風に抵抗感を感じながら、路地裏へと入り込んでいった。
辺りはビルに囲まれ、人目も少ない。まさに絶好の逃げ場所だ。
警戒心を一時も解かず、自転車をそばに置き、頭の中でイメージをし始める。自分の体が空気になるような…まるで鏡になったかのような…
上手く言葉に表せられないが、意識が遠のき、また戻ってくる――
そんな懐かしい感触が全身を包んだ。
そして和也の体が、まるで外の景色を映し出すかのようにどんどんなくなっていく。
…実際はなくなっていくのではなく、体が外の景色の色を透かすようになるからなのだが。
和也は自分が完全に透明になりきったことを確認すると、忍び足でひったくり犯を捜しはじめた。
音をたてると透明になっても勘付かれるので、気を配る必要がある。
…こうなると影が薄い方が便利だ…
パーカーのポケットに手をつっこみながら、和也はぼーっとそんなことを考えていた。
路地裏を歩き始めて、そう時間のたたないうちにひったくり犯を発見した。
路地裏のとあるビルの壁にもたれかかっているひったくり犯は、肩で息をしながら、バッグの中をなにやらごそごそと漁っていた。
黒いマスク、黒づくめの服を着ているため性別も分からないが、間違いない、あの時のひったくり犯だ。
和也は心の中で確信を持った。
「よし…あとはボスにこれを届けるだけか」
完璧に逃げれた。
舌で乾いた唇を舐めながら、ひったくり犯はバッグの中に入れた『盗んだ物』を今一度確認した。
その『盗んだ物』は、一見どれも同じように見えるが、実はその品質、先の痛みなどで良質か悪質かがよく分かる。
―私はある空き家のブロック塀の壁に身を隠し、その塀の穴から外の様子を観察していた。
時々通行人の会話で、「お母さん、あの真っ黒なの何ー?」「こら、見ちゃいけません!」などという声が聞こえたが、それを気にする以前に、目の前の任務を遂行することが最優先だった。
その任務とは、『ある物』を奪うこと。
そしてとうとう、良質の『ある物』を発見した。私はそう易々見逃さないし、良質か悪質かは一瞬にして判断できる。
ブロック塀から急いで飛び出すと、ターゲットの女性から『ある物』を奪った。多少罪悪感は感じたものの、これはボスの命令であり任務。
どんな状況であろうと、無心となって盗まなければならない。―
今までの出来事を思い出しながら、ひったくり犯は、上手くやったなぁと自分を褒め称えた。あれだけ人目につく場所で、まさか逃げ出せるとは。
だがその時、後ろに微かな気配を感じた。
驚いてひったくり犯が後ろを振り向くが、そこには誰もいない。
“ただ見えないだけだった。”
「何を盗んだのかな、ひったくりさん?」
路地裏に、和也の声が静かにこだました。
「だ、誰!?どこに…でも声はかぎりなく近い…」
「どれだけ辺りを見回そうったって分からねぇよ。だって俺…透明人間だし」
ひったくり犯は愕然とした。