第一話:透明人間の暇つぶし
書き忘れていたんですが、私がPCで書いているため、携帯だと読みにくいかもしれません。
<第三者視点>
春の風が吹く。
そもそも、春の風とはなんなのだろう?春の季節に吹くからか…それとも“春の匂い”というものがするからだろうか。まぁ春の匂いなんて、俺の鼻は全く感知しないが。
窓の外をボーっと見つめながら、稲秋和也は、脳内で『春の風』について考えていた。もう少しマシなことを議題にしてもいいような気がするが、マシなことというのがそもそもない、そもそもマシな議題とはなんなのか…そこから始まる。
春の風とは対照的な、寒々しいアパートの部屋には、最低限必要なものとパソコンしか置かれていない。貯金をほとんど使えばある程度の家具は揃えることができるが、そこまで部屋を煌びやかに飾る趣味は和也にはない。
「そろそろバイトか…」
ため息をつきながら、パソコンが置いてある小テーブルの下を手で探り、毎度おなじみの黒色のバッグを取り出す。バイトに行く時はいつもこのバッグを持っているが、勿論、中身は携帯などの最低限な物しか入っていない。
重たい玄関を開けると、その先にはビルの景色と青空が広がっていた。車やバイクの音が唸りを上げて道路を滑走する中、春風は穏やかに和也の髪を撫でた。
そして灰色のパーカーのポケットから鍵を取り出すと、すぐ右隣にあった自転車に差し込み、道路の方向へと動かした。
その動かした勢いで自転車に乗り、多少よろけながらも思いっきり早いスピードでこぎ始める。…風が気持ち良い。
車と平行に自転車を走らせながら、左腕にしている紺色の腕時計に目をやる。時刻は11時20分ほど。あと10分でつかなければいけないが、この速度ならまず遅刻ということはないだろう。
風を感じながら安堵の気持ちに浸り、信号待ちをしているときだった。
「ひ、ひったくりっ!!」
震えた女性の声が、和也の耳に入ってきた。
何事かと辺りを見回せば、向こう側の歩道で女性がひったくりにあったようだ。ざわざわと、和也の心がざわめきだした。
周りの通行人はなにがあったのか、と口を開けたままおどおどしている人も居れば、見知らぬふりをして通り過ぎる人も少なくはない。
「かっこわりぃな」
和也の呟いた声は、そばを通った車によってかき消された。
そして、今までざわめいていた心は今、日常にない特別な出来事として胸を高鳴らせた。
ひったくり犯を捕まえようと思ったその心は、正義感などというのではなく、傍から見れば不謹慎だと思われるようなワクワク感で満ち溢れていた。
自転車のペダルを後ろに1回転回すと、そこからいっきにペダルを前に押した。
それを合図に信号が赤から青に変わり、無表情の人々が動き出す。
これから起こる悲愴な事件を予想だにもせず、今まで絡み合っていた空舞祈に張り巡らされている蜘蛛の糸が、運命を引き寄せ始めた――