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ビタースイートホーム

作者: 日向 葵

あらすじにもある通り天野月子さんの「ライオン」という曲をイメージして作っています。

原曲の雰囲気を壊されたくない方はお戻りください。

今朝はとてもとてもうつくしい日だった。


天気は快晴。

寝室の四角い窓からはみ出しそうな青空に白い雲の気配は見当たらない。

浮き雲の障害を失くした太陽は平等にその恵みを地上にもたらした。


規則正しく、今日も朝を迎える。

上半身を起こした私は、髪と同じ金に透き通る朝の光を浴び伸びを一つした。

穏やかな陽射しは大きな窓枠の型通り差し込む。部屋中に溢れる透明な黄金色に溺れそうだった。まばゆい日光に目を細め、果てしなく広がる空をシーツの海から見上げる。

生きもの全てを祝福するようなこの晴れた日和、家に閉じこもるのはもったいないと思った。

久しぶりにレオと外に出よう。こんな伸びやかな日柄だもの、何か二人の関係を好転させるよいきっかけになるかもしれない。

普段は決して抱かない期待が胸を掠める。それくらい、ほんの少しの希望を許してくれるような暖かさがベッドの上の私を包んだ。


思い立ったらすぐ行動で、素早く体をシーツから滑らせ床に足をつける。

触れた足裏の木の感触が優しい。

私とレオの、大好きだった家の一部。

この家は、大分昔に二人が散々悩んで建てたものだ。当時は幸せで一杯だったこの空間も、今では家具と持ち主を詰めた空っぽの入れ物にすぎない。

大切な中身はいつの間にか消失してしまった。霧のように、どこにも気配が見当たらない。

がらんどうの、四角い間取り。明るい朝の蜂蜜色の光に満ち溢れ、それが逆にどこか嘘っぽかった。

犇く空虚を無くせる存在なんて、どこにもありはしないと教えられてるようでどんどん切なくなる。


感傷に浸る自分に気付き、慌てて思考を打ち消した。

私が暗くなってどうするの。笑っていなきゃ、こんな時だからこそ。

レオに好きだと言われた、目一杯の笑顔で。

誰に見られるわけでもないけど笑い顔を作り、一人納得した。大丈夫。まだ、その時じゃない。実の無い安心感を生み、この関係を忘れようと努めた。それでも二人のこれからがこわくて勢いよく立ち上がる。


逃げるように部屋を出て、分担された家事もそこそこにまだ夢の中、安らかな呼吸を繰り返すレオを青天井の下へと誘った。


互いの出かける準備を終え、玄関から出る時。私はまだ行き先未定だった。

体の力が抜けそうな気持のよい陽気に誘われ、ただ漠然と頭上を覆う天蓋の元に身を置きたいと考えただけだったから。

どこへ行きたい、と履いた靴の爪先をトントンと整えながらレオに尋ねる。目線は足元なのでレオの顔は見えない。でも私には分かる。相変わらず無表情なんだろうな、この人は。何年経っても変わらない貴方の一面を、私は幾つもこの網膜に映し、覚えてきた。


質問してから玄関の扉を抜ける。日光がこの身に降りかかり、その温度を知った。暖かい。

同時に家を出たにも拘らず一人で先を進み始めたレオに背を向け戸締まりをした。「どこへ行きたい?」もう一度尋ねる。

立ち止まり目的地の決定に思考を巡らしているのだろう。土を踏む靴音が聞こえなくなった。

鍵を回し、鍵穴から引き抜いた所でレオはごく静かに「誰もいない所へ」と答えた。

それなら、と私はレオとは反対の努めて明るい声で「じゃあ裏の草原にでも」と提案する。まるで大好きな人との外出に無邪気に喜ぶ快活な子供のように朗らかに。

けれどその取り計らいも虚しく、私の呼び声への返事は無かった。


ずっと一緒に暮らすレオは私の恋人だ。それは断言できる。

道中少し離れてる、とは言い難い距離の先のレオを見ながら独りごちる。

だって私はレオのことがこんなにも好きだもの。

日に焼けることを知らない白い肌も、それとは対の色をした、腰にまで届きそうな黒髪も、テノールで響く甘い声も、数え上げたらきりが無いくらいどこもかしこもレオという人間が好き。愛してる。


でも、それだけなのだ。


手を繋ぎたいとも抱きしめたいともキスしたいとも最早思わない。

最近じゃ同じ部屋にいながら、視線も会話も交わさない日々が続いた。

甘ったるい恋人同士のお遊戯が二人の気に入った間取りから欠落してしまったのだ。

いい加減な愛だけが、変色した壁紙に囲まれた空間に充満する日々。

色濃く二人を取り巻く中途半端な恋愛感情は、正直息苦しかった。それでも、別れないで徒に二人孤独な営みを重ねてきた。

もう大人なんだから、このままじゃ傷つくとはよく分かっているというのに。

分かってはいるけど、幸せだった日々が忘れられなくて。

また再びあの頃に戻れるんじゃないかと半ば縋るように、愚かにも私達二人は必ずあの家に帰ってきて見えない心の傷をどんどんと植え付けていった。

笑ってるけど悲しいの。腹立たしいけど寂しいの。空しい生活を繰り返し、お互い人形のように魂が抜けた心持ちだった。


指を折り数えるのも億劫な長い月日の中で、一つ一つ着実に年をとる。

緩やかな時の流れの狭間で私は少しずつ皺を皮膚に刻み、レオは少しずつ髪を伸ばした。

一体、ここまでの長さに揃えるのにいくつの時間が過ぎたのだろう。思い出せないほど、忘れてしまうほど日は落ちまた昇ったの。

手の届かない先、垂れる黒髪をぼんやり見つめる。

漆黒の波の中、きらりと銀に光る宝石を見つけた。幾度目かの私からレオへの誕生日の贈り物。お揃いの、銀の髪留め。

大分前に私は無くしてしまったそれ。反対にレオはそんなことはせず、尚且つ捨てずにいてくれる。これほどまでに愛しているのに。愛されているのに。その愛が何よりもまず不協和音の原因だなんて。世界中の男女はどうやって睦み合うのだろう、ねぇ?

定めた焦点の上、夜空を靡かすように揺れる長髪が、墨のように滲んでぼやけた。

悲しい恋人二人は順調に目的地へと向かう。土を踏みしめる靴音が二人分、重く響いた。


レオよりやや遅れて、草原に辿り着く。

やっぱりというか、気持ち少し距離を空けて隣りに肩を並べた。あんまりにも近いと、愛おしすぎて泣きそうだったから。久しぶりに触れた体温に、思わず戸惑って訳が分からなくなりそうだったから。正直に言ってしまえば、触れるのが怖い。気を使わなきゃ傍にもいられない関係に、やり過ごした涙が出そうになった。

到着点は無人だった。レオのリクエストに対するアンサーなのだから当たり前と言えば当たり前だろう。しかし意思をもって行き着いた場所をいざ目の前にしてみると、両者なかなか立ち入れずにいた。

膝上にまで伸びきった勢いある草も確かに一因だろう。

でも、そうじゃない。広々としたこの一面の緑に一歩でも足を踏み入れれば、二度とはあの家に二人がきちんと戻れないような気がした。

この次、最初の一歩で別々の道へと踏み外してしまう。嫌な予感が浮上するには、充分過ぎるくらいあんまりにも私達、無言過ぎた。別離という恐怖に首を締め上げられ、声も出せない。頸動脈に優しく巻きつく輪っかはまるで、真綿のように柔らかくて。徐々に酸素という名のまっとうな愛情を奪い去る。

今、一番、必要なものなのに。


「静かだ」


両者が揃えばいつも降ってくる重い静寂を割ったのはレオの水調子の声。

囁くようなその一言は、どんなに小さくても私の耳が確実に拾った。この体はいとも簡単にレオを認識できるのに。それでも、上手くはいかないね。


同意も否定もしないでいれば、レオは眼前の青々とした世界へと立ち入る。

刹那、真っ直ぐに落ちる闇色が流動的な線を描き揺れるさまにしばし見とれ、呆けた。一掬いの髪を束ねる髪留めが一瞬煌めく。

その間にもレオは一直線に進んだ。まるでその先には探し求めてきた答えが姿を具現化し現れたかのように。足取りははっきりと確かだ。一歩一歩力強く踏みしめ、草を薙ぎ倒す音が繰り返される。

草むらをものともせず、深緑色の妨げを踏みつけどんどんレオは歩いていった。

ほっといたらどこまでも突き進み、一人置き去りにされそうで急に怖くなった。

慌てて遠ざかる背中に走り寄る。追いつく一歩手前、レオが不意に立ち止まった。


「レ……」

「別れよう、リオン」


ああ、久しぶりに名前を呼ばれたな――――。


唐突な別れ話についていけず、一瞬もう一つの単語に意識が向いた。

黒ばかりを主張する後ろ姿をなんとか見つめながら、レオのセリフを反芻する。

それからやっとの思いで声を振り絞った。


「いやよ、どうして……」


反論とも言えない精一杯の反論を僅かに拙く紡ぐ。

知らず知らずの内に力強く拳を握っていた。

どこかに力を込めていないと、今しがた理解した離別に打ちのめされ膝からストンと草の海に溺れそうだった。

抵抗した別れの足音は無情にも近付いてくる。


「リオン、別れよう」


くるりと振り返り、呆然と立ち尽くす私と向き合いレオは丁寧に繰り返す。

それは一音一音区切り、小さな子に言い聞かす口調だった。

ずるい、と思った。自分は駄々をこねる子供のようにレオの目には映るのだろう。そんな風にたしなめられたら、恥ずかしさと情けなさで何も言えなくなる。


長い間不通だった視線がようやく繋がった。その時見詰めたレオの瞳は、ただもう澄んでいた。

風と踊る髪と一緒の色をした虹彩。透徹した黒には水のように淀みのない心境が伺えた。表情も落ち着いていて、レオの決断は決して覆らないと悟る。

そんな一片の氷心の態度を目の前にして、余計にものが言えなくなった。自分自身が酷く幼稚に見える。年相応の振る舞いをするレオに、みっともなく纏まりのない言葉で微かに反抗する私。どっちの言い分が通るかなんて、火を見るよりも明らかだった。

頭の片隅では冷静な判断を下すものの、心が追いつかない。

出来ることといえば悪足掻きだけで、感情のままに吐き捨てる。


「どうして……っ」


レオがゆっくり近づき、その骨張った手を私の金色の髪に添える。

レオほどにではないにせよ、伸ばした金髪をそのまま肩まで梳く。

長らく忘れていた体温が伝わり、記憶の通りの優しさにやっぱり泣いてしまった。自然涙が零れる。目を開けていられなくて、重力に従いまぶたを下ろした。

暗闇の中、肩に置かれた大きな手の平と、両頬を走る雫の熱と形がよく分かる。


「……ライオンみたいだ」


黒一色の視界の中、聞き慣れたテノールが耳に届く。髪を指してるのだろうか、とレオの真意を探る。


「ライオンは、群れで生きるんだよ。狭い檻の中、たった二匹で暮らすなんて有り得ない」


アリエナイ。

たったの五音で、築き上げた全てを一蹴された。私の帰る狭い檻の中、私が愛したもの全部がここで無になってしまうの。


「リオンは……そう。もっと広い所へ行きな。仲間のたくさんいる、自分のあるべき場所へと。一匹だけの為に犠牲になる必要は、無いんだ……」


お互いズレは承知だった。見ないフリを続けてきただけで。

そしてそれは、離れがたいほど愛し合ったけど、修復不可能だとレオは認めることにしたのだろう。

もう、手遅れだと。諦めゆえの別れの言葉を、消え入りそうな声で呟く。それは寧ろ自分に言い聞かせているようだった。


それにしてもなぜ、ライオンなのだろう。

納得できないと口答えをしてレオを困らせてしまえ。まだ踏ん切りのつかない私は目を開く。


その時、一陣の風が吹いた。

あ、と目を見張る。

そこには、一匹のライオンがいた。


風に攫われたレオの長い黒髪は、黄金色のたて髪に見えた。

なぜだかは分からない。

しなやかな四肢が、知的な眼差しが、そして何よりその後ろにある二人で培ってきた孤独な日々がレオを草原で一匹で暮らす瑚珀色の生きものに錯覚させたのかもしれない。

レオもそうだったのだろうか。

言いようのないさみしさを背負う私を、荒野に彷徨うライオンに見立てたのだろうか。


完敗だった。


傷を舐め合うライオンが二人、草むらの中佇んでいる。

どうしようもなく、もどかしかった。

引き裂かれる運命にあるこの間柄が。愛だけじゃ、繋ぎとめるには到底足りなかった。

それでも必死に、離れたくないのだと言葉にする。


「I love you so much」


最上限で最大限の思い。

口にしてから、愚かな私、と自嘲する。

変わらないでと願うのは、いつか変わることを知っているからなのに。


レオがふうわりとほほ笑む。

彼は言ってのけた。この世で一番残酷な言葉を。


「I love you sorry」

     (――――愛してしまって、ごめんなさい)

お粗末さまでした。

もうこれしか言えませんorz

完全不完全燃焼……。

ちょっと樹海行ってくる。


良ければ感想・評価お願いします。

今後の文芸部の活動の参考にさせていただきます。

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