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9月22・23・24日
明けばまた秋の半ばも過ぎぬべしかたぶく月の惜しきのみかは(藤原定家)
明日は秋分の日、定家の歌は近代以前、絶大な人気を誇つた。秋の半ばが過ぎる。月が惜しいだけだらうか。恋の季節、秋に孤独なのが惜しいといふ恋心がこの歌には滴らせてある。定家本人は恋の評判は少なく、虚構の恋を歌ひ続けた。
天国のペンキ屋バケツに蹴つまづきニッポンの野山目の覚める秋(石川信夫)
本日、秋分の日。陽ざしも優しくなり、小一時間ほど田舎の道を散策する。秋の花が美事に色彩豊かに咲き乱れてゐた。紅葉はまだ早いが美しい季節が循環してゐる。穏やかな休日だつた。
秋は来ぬうしろの山の葛の葉のうらさびしくもなりにけるかな(谷崎潤一郎)
生徒たちが学園祭のため今日はお休み。私には一抹の秋のさびしさがあるが若者たちにとつては恋と豊饒の秋なのだらう。谷崎潤一郎は世界で最も尊敬される日本人だが、谷崎潤一郎も繊細な美的感覚と旺盛な生命力を同居させてゐた。私もさうありたいものだ。