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5月22・23・24日
市中はものの匂ひや夏の月(野沢凡兆)
雨が朝から降つてゐたが夕方になり、街は初夏の優しい光に包まれた。掲出句は日本国民の夏の愛唱歌で、めつたに他人を誉めない太宰治もこの句を絶賛してゐる。夏の活気がいきいきと伝わつてくる。絶唱であらう。
「ふたたび」と「決して」の間安らかに夜の船は出る僕を奏でて(井辻朱美)
感情をあらはに詩を作るのも天才なら、意味を消し去つて、美しい言葉だけを積み重ね、意味不明になるか、美しい歌になるかギリギリのところを歩むのもカツコいい詩人である。井辻朱美さんは幻想文学の研究や翻訳も手がけてゐる女流歌人である。
生きるとは手をのばすこと幼子の手がプーさんの鼻をつかめり(俵万智)
大震災前だつたら私はかういふ生命の讃歌を選ばなかつただらう。だいたい折々の歌自体連載する気もなかつただらう。しかし大震災をきつかけに私は生命を愛しくますます思ふやうになつた。生きやうと考えてゐる。それが私なりの追悼である。全ての人々の心に生きる喜びが戻りますやうに。