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「ということは、だ。俺とアンタが統合したとして、俺の生活も別に変らないってことか?」
「……忘れたのか? お前は今、死ぬ寸前なんだぜ?」
「……あ」
そういえばそうだった。このまま元の世界に戻ればバスに潰される未来しかない。
「……ああ、そういうことか。ずいぶんと腹黒いじゃないか、神様が」
「あん? 何のことだ?」
「この状況、俺がまだ生きてるのは、アンタが時間を停止しているお蔭なんだろ? 仮に俺が統合を断ったらどうなる?」
「…………」
「…………はぁ。つまり断れない状況ってことだ。俺もまだ死にたくはないしな」
「一応言っとくが、お前に降りかかった不幸は俺には関係ないぜ?」
「とりあえずはそういうことにしておく」
とはいったものの、最初から選択肢は無いのも事実。仮にすべてがコイツの企てにあるとしても、相手は人間などと比べても遥かに高みにある存在だ。その行いに対し、ギャーギャー喚いたところで、こちらの言い分が通じはしないだろう。
統合に関しても、たとえ嘘が混じっていようが、コイツの言う通り矮小な日雲がどう解釈して、最後まで抵抗しようが無意味と化すはずだ。本来なら頭を垂れて敬うほどの相手かもしれない。けれど日雲という人間の性質上、心の底から尊敬できない相手に敬えるほど器用ではないのだ。
(まあでも、死にたくないのは本当だしな)
ここはとりあえず話に乗っておく方が良い。どうせこのままだと死ぬ命。なら限りなく低くても、日雲として生きていける可能性に懸ける。
「…………分かった。統合を受けさせてもらう」
「おう、そいつは助かるぜ。ならさっそくだ」
「あ、痛いのはできるだけ勘弁してくれ」
「あ? ガハハハッ! 安心しろ、これだけ相性の良い波長同士だ。痛みよりも、むしろ気持ち良いかもなぁ」
それはそれで何か嫌だ。相手が美女なら話は別だが。
直後、自分の身体が徐々に熱くなるのを感じる。そして自然と瞼が閉じ、全身が脱力する。まるで心地好い温泉にでも沈んでいるかのようだ。そのまま全身が糸のようになって解けていく感覚に身も心も委ねていく。
どれほどの時間が経過したかは分からない。ただ、無意識に閉じていた瞼を開けると、目前には先ほどまで居たイデヲスの姿が忽然と消えていた。いや、すでに感覚で分かる。
日雲は自身の両手に視線を落とし、開いては閉じてを繰り返す。
「…………これが統合か」
日雲自身、正直言って驚いていた。何故ならイデヲスが口にしていたことは全部真実だったからだ。一つになったからこそ理解できる。
それと同時に、自分がそれまでの針原日雲では無いことも知った。正確に言えば、新たな日雲として生まれ変わったといった方が正しいか。
(どうだ? 統合した気分は? 存外悪くないものだろ?)
不意に脳内に響く声。間違いなくイデヲスのものだ。
「まあ、な。それよりもイデヲス。お前、マジで神だったんだな。それに……いろいろツッコミたいことも山ほどあるんだが?」
(ガハハ! そうだろうなぁ! だがそれは叶わないぜ。もうすぐこの意識の残滓すらも完全に統合し一つになっちまうしな)
つまり今、こうして脳内会話ができるのも時間の問題というわけだ。
「……分かった。なら一つだけ答えて欲しい」
(いいぜ、何でも聞きな)
「近々、〝日本に異星人がやってくる〟ってマジなのか?」
そう問うたのは、統合した記憶の中に、そのような捨て置けない情報があったからだ。
(おう、マジだぜ。つーかよぉ、これまで地球が異星人と接触してなかったのが奇跡みたいなもんだしな)
「異星人……ね。何か問題でも起こすのか?」
(それはそいつら次第だろうなぁ)
そいつらという言葉を信じるなら、異星人は複数来るということ。
(なぁに、俺と統合したんだ。お前もそのうち未来を感知できるようになるぜ)
「確かに……この力を使いこなせればできそうだが」
しかしながらイデヲスの力が強大過ぎて、いまだ全容を把握し切れずにいる。知識や経験は蓄積されているようだが、十全に扱うには訓練が必要だと感じた。
(おっと、そろそろ時間みたいだぜ。んじゃ、これからよろしくな、ヒグモ)
「お前だってもう俺だろ。新しい針原日雲としての船出だ。最初は――派手にやってみようか」
刹那、日雲とイデヲス双方の意識が溶け合い一つになる感覚を得た。
そして宇宙空間に浮かんでいた日雲は、瞬時にして元の世界へと戻る。
目前には、迫り来るトラックが見えた。先ほどまで停止していた時間が動き出し、バス内には蹲る運転手の悲鳴がこだましている。
そんな中、日雲は僅かに口端を上げると、スッとトラックの方へと右手を向けた。
「酔っぱらってる上に居眠り運転か。そのまま一緒に潰しても良いが、反省する機会くらいは与えてやるよ」
ここ一体の空間をすべて把握し、トラックの運転手が酒気帯びの上、さらに寝ていることが分かった。自分を殺そうとした罰で、トラック共々瓦礫にしてやろうと思ったが、一度くらい大目に見るのも悪くないと判断した。
右手の人差し指をクイッと折り曲げると、それに呼応するかのようにトラックが一瞬にして地面に押し付けられるようにして潰れる。これで激突は防いだ。問題は運転手だが、トラックを潰す前に運転席から転移させ、その潰したトラックの上に放ってやった。
ちなみに逃げられないように両足の腱を切っている。
「うぎゃあぁぁぁぁっ!? 足がぁぁぁっ、足が痛えよぉぉぉぉっ!?」
それくらいで済ませてやったのだから感謝してほしい。
日雲は、嘆き喚いているトラック野郎に興味を無くし、今もなお蹲っているバスの運転手へと近づく。
「あの、そろそろ出してほしいんだけど?」
「ひぃぃぃっ!? ……え、あ、は?」
「早く帰りたいんで。それにいつまでも止まってたら、他の車に迷惑では?」
「……あ、あれ? で、でもトラックが……って、つ、つ、潰れてる……っ!?」
「ほら、あんなのは放っておいて、とっとと進んで。あとは警察が何とかするだろうし」
「え、えっと……」
「早く!」
「は、はい! 今すぐに!」
明らかに困惑していたが、運転手は首を傾げたままバスを動かし始めた。
そして日雲は、大いに賑わう交差点の声をBGMにしながら、席に腰を下ろしたのである。




