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4風が奪う声

4風が奪う声


ココスに長居してしまった。

原因は一つ。とにかくエッチュウがうざい。

あいつ、セルフの水を「お待たせしましたぁ♪」みたいな顔で何度も持ってくる。いや、水はセルフだ。俺の手は付いてる。運べる。

ドリンクバーもセルフのはずなのに、なぜか全部あいつが用意してくる。氷の量まで勝手に完璧。ストローの袋の切り口まで丁寧。こっちが頼んでない丁寧さが一番怖い。

そのうえ、必要のないカトラリー交換。

フォーク使ってる途中で「こちら新しいのに変えますねっ♪」って、急に戦場の看護師みたいな顔で差し出してくる。何だここ。俺のテーブルだけ衛生観念が未来に行ってんのか。

聞いたら、夏休みはずっとバイトらしい。まあ偉い。偉いんだけど、別に金に困ってるわけでもないらしい。なのにあの気合い。

しかも、あいつだってカーストでは上の方のはずだ。


夏休みくらいリア充男子と海行けよ。もったいない。


会計を終えて店を出る時、俺は勢いでエッチュウに中指を立てて別れた。店のガラス戸越しに、やってやったぜ感を出したつもりだった。


……が、どうやらキマってないらしい。


エッチュウは「それ、中指立ててるつもり?」みたいな顔で笑ってた。口元だけで。いや、声出して笑えよ。腹立つ。俺の中指、弱すぎるのか。俺の威嚇、犬以下なのか。

俺って。もしかしてカースト下の方だったりして……


背中がブルっと凍る感覚。さっきまでファミレスの冷房で「寒っ」ってなってたのとは違うやつ。内側から来る、嫌な冷え。


「葵。家近いんでしょ?シャーっと行ってっ!小太郎触らせろ。」

楓が何の迷いもなく言った。言い方がもう、命令。しかも目的が猫。でも楓って、そういう“遠慮の無さ”が変に心地いい。俺の世界に土足で入ってくるくせに、踏み荒らすんじゃなくて普通に座ってくる感じ。


「おう!小太郎可愛いぞ!!マジバカ猫だから!覚悟しとけ!」

自慢なのか悪口なのか分からない宣言が、俺の口から自然に出た。


「それ褒めてんの?」


「どっちもだよ!」


駐輪場の端に停めてある母さんの自転車にまたがる。実用車のフレームは頼もしいけど、サドルが低くて膝がちょっと窮屈だ。ペダルを踏むと、チェーンが軽く鳴って、ギシっと生活の音がする。

楓は俺の自転車に乗る。俺の相棒。ちょっとだけ胸がざわつく。こいつ、俺の癖の塊なんだよな。


炎天下、若干の強風。

道路の熱気がゆらゆら揺れて、歩道の白線が眩しい。空気が重くて、息を吸うだけで肺がぬるくなる。なのに風だけはやたら元気で、髪とシャツを遠慮なく引っ張ってくる。

二人だけの、短いサイクリングが始まった。


「おい楓。ありがとな!」

声を張った瞬間、風が耳元をバチンと叩いて、俺の声を奪っていく。言葉が前に飛ばない。空気の壁にぶつかって潰れる感じ。楓の方から返ってくる声も、小さくちぎれちぎれだ。


「おうっ!熱いねっ!夏の太陽ってのはぁ!!」

楓、テンションだけは風に負けない。すげぇ。

俺は笑いそうになって、でも前を見てペダルを回す。母さんの自転車、加速が鈍い。カゴの分だけ人生が重い。


「そうだなぁ!でも!女は!日焼けってのがあるから大変だなぁ!夏は!」


「……あー?なんてー?あははは!風の音でなんて言ってるかわかんなーい!」

笑い声だけが、やけに綺麗に届く。言葉は消えるのに、笑いは残る。ズルいな、風。


「日焼けっ!!大変だな!」


「……あー!日焼けね!マックスの日焼け止めしてんだから大丈夫でしょー!」


「そなのー?」


「そー!ってか!自転車に乗ってこんなに会話するもんなのー!?」


「わかんねー!一緒にサイクリングした奴なんかいねぇーしっ!」

これ、言ってから自分で少しだけ寂しくなる。俺って、そういうのマジでやったことないんだなって。誰かと並走して、どうでもいい話しながら進むやつ。


「私が初めてー?」


「そー!!」


「へーーー!!やったー!葵の初めてゲットー!私で良かったのー!?」

……あ?最後、風でなんて言ったかわからん。「初めてジェット〜!」だけは聞こえた。

ジェットー……ジェット?ああ、ジェットコースターってことね?このスピード感的に?


「そーだな!」

適当に返す俺。

風と一緒に、楓の声も笑いも後ろに流れていく。

その後、会話は続かなかった。

当然だ。俺は前を走ってる。楓の顔は見えない。今どんな表情してるのか、知らん。でも、後ろから聞こえるタイヤの音だけは、ちゃんと付いてきてるのが分かる。シャー、シャーって、一定のリズム。逃げないでくっついてくる音。


自転車でジェットコースター感じられるなんて、安い奴だ……と思ったけど。俺も案外、安いのかもしれない。


ペダルを踏んで、風を切って、たったそれだけで、胸の奥が少し軽くなる。

そしてすぐに、二人のサイクリングは終わりを告げた。見慣れた道。見慣れた角。家の前の影。

香椎家に到着する。

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