学園では婚約者に冷遇されてますが、有能なので全く気になりません。ー学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですからー
「――僕は黒曜石のようだと思ったよ」
その言葉に、タレイアは兄弟でも捉え方がこんなに違うのね。と素直に思った。
❉❉❉
王都カラディナにある国立魔術学園。身分問わず、魔力があれば平民から貴族、王族まで通う由緒正しいアカデミーだ。身分問わずとはいえ、学費の面で裕福な平民と貴族達が主に通っていた。
今日は満16歳の生徒たちが出席するパーティーがある。
デビュタントの練習という名目で毎年開かれるこの場には、生徒たちの親はもちろん、高位貴族や、卒業生である魔塔の幹部たちも出席する大きなパーティーだった。
普段は皆同じ制服の生徒たちも、今日だけは華やかなドレスや礼服に身を包み、浮き足立っている。無理もない。学園内では身分の差もなく、誰と親しくしようが踊ろうが、お付き合いしようが、咎める者はいないのだから。
パーティーが開かれる広間の近くの控室で、令嬢たちはパートナーと落ち合い、腕を組み広間へ入場していく。ここで言うパートナーとは、婚約者や恋人などまちまちである。今回のパーティーの為だけに組んだ男女もいるだろう。
侯爵令嬢であるタレイア・オルトランは、期待せずに待ち人を待っていた。
1人、また1人とパートナーと部屋を出ていき、とうとう控室に1人になったので、タレイアは短く息を吐き部屋を後にした。
(想定内だけれど、やはり来なかったわね。ーはぁ。最後に1人で入場するとなると目立つでしょうね)
来ないと分かっていたものの、先に会場へ行く訳には行かなかった。タレイアの待ち人は、婚約者であるアスラン・オグセリア。この国の第二王子だ。アスランの性格上、万が一迎えに来て行き違いになることは許されない。
(万が一どころか、可能性はゼロだったわ)
廊下に出ると、人通りがあった。まだ話をしている者たちもいるし、会場に入るのがタレイアが最後ではなさそうだ。ホッと胸をなで下ろし会場へ向かう。
「オルトラン嬢」
振り向くと見知った人物だった。タレイアは丁寧にカーテシーし挨拶をした。
「王国の小さな太陽。グレイグ王太子にご挨拶致します」
タレイアの婚約者、アスラン・オグセリアの兄、グレイグ・オグセリア。弟と同じく、輝く金の髪と金の眼を持つこの国の王太子だ。
「堅苦しい挨拶はいい。探していたんだ」
「私を?アセラ地区の塩害の件ですか?被害状況をまとめた書類なら先ほど――」
「違う。仕事の話ではない。昨日提案した事だ」
(昨日?)
タレイアは昨日の事を思い出した。3日前の王子妃教育から王城に籠もり、大規模な塩害で被害を受けているアセラ地区の支援や問題の対策を大臣達と議論していた。ほとんど寝ていない。
王太子とは昨日の昼に偶然会い、突拍子もない提案をされた。冗談だと思いスルーしていた。
「殿下、ご冗談を。アスラン殿下でもあるまいし」
ぴくりと王太子の眉が動く。
「その愚弟はどこに?」
タレイアはハッとして周りを見渡す。人通りがほとんどなくなっている。
(まずい。最後になってしまう)
「殿下、申し訳ありません。ご用でしたら後日執務室に伺いますので、私はこれで」
素早く礼をすると、タレイアは会場へ急いだ。最後に入場するのはなんとしても避けたい。
タレイアは会場に目立たないよう入った。最後ではなかったので、あまり注目されずにすみそうだ。そのまま壁際を目指して歩く。
注目はされなかったが、タレイアを見つけようとしている人達からは逃げられなかった。
「あら?あの黒い髪、オルトラン嬢じゃありません?」
「最近、アカデミーで見かけなかったので忘れてましたが、そのようですね」
「まぁ。お一人で来られたのかしら?お可哀想」
嘲笑しながら近付いてくる数人の令嬢。
(ーハァ。面倒ね)
タレイアは振り向いた。
令嬢たちは、タレイアと向き合うと一礼した。第二王子の婚約者であり侯爵令嬢のため最低限の礼儀は尽くされる。だがその後の言葉にはもう礼儀も何もない。
「お久しぶりですねオルトラン嬢。相変わらず見事な黒髪ですこと。会場に入られた際にすぐ目にとまりましたわ」
「ええ。第二王子殿下が称された―···ふふ。あの鳥のように美しいですわよね」
令嬢たちが言うように、アスランは会うたびにタレイアを罵った。王都カラディナでは珍しい漆黒の髪と瞳。――カラスのようだな。と、大勢の生徒たちの前で何度も言うのだ。時には嘲笑しながら、時には怒声と共に。アスランがそのようにタレイアに接するので、他の生徒たちがタレイアを尊重するはずもなかった。
それにしても、今日は少し不躾が過ぎる。
(アカデミーに頻繁に来ていた頃はここまでじゃなかったのに)
最終学年になり、誰より早く単位を取得したタレイアはアカデミーにあまり顔を出さなくなった。その分王城で王子妃教育と、アスランが放り出している政務などを代わりに行っていた。
王城の執務室で強面の師団長や大臣達と顔を合わせ議論までしていたので、今さら小娘たちの嫌味など、タレイアには響かない。
「そのように言っていただきありがとうございます。祖母から受け継いだこの黒髪が、私はとても気に入っていますから」
1人の令嬢は顔を引きつらせ、1人の令嬢はまた嘲笑した。
「まぁ。お祖母様もそのような黒髪でしたの?それはまた――」
「い、行きましょう。私たちはこれで失礼しますね」
顔を引きつらせた令嬢が、もう1人を引っ張るようにその場から離れた。
(ふむ。両方が馬鹿な訳ではないようね)
タレイアの祖母は隣国リディア帝国の公爵令嬢だった。更に祖母の母である公爵夫人は元皇女である。つまりタレイアの黒髪を馬鹿にするということは、リディア帝国の皇室を侮辱するということ。
(もう少し追及しても良かったのだけれど。残念だわ)
この事はアスラン殿下は知っているはずなのだが、そこまで考えが及ばないらしい。
「オルトラン嬢、アカデミーではとても寛大なのですね」
「テイラー卿」
タレイアに声をかけたのは、王太子の近衛騎士であるアレックス・テイラーだ。王宮でも王太子の側に控えていて、タレイアとも顔見知りだ。
「今日も王太子殿下の護衛ですか?先ほど廊下でお会いしましたが」
「はい。そんなところです」
歯切れの悪い返事をしたテイラー卿は、視線だけ左右に動かした。
「しかし、王城での貴方の評価と、アカデミーでの周囲の評価にこんなに差があると思いませんでした」
そう言うと、周りで囁く令息と令嬢たちを冷たい視線で見る。
扇で口元を隠し、こちらをチラチラと見ながら会話する令嬢たち。それに付き従い、冷ややかな視線で見る令息。
タレイアはそれらの視線を更に冷たく見返した。
「仕方ありません。ここはアスラン殿下が在学中は彼のお城ですから」
テイラー卿は背筋が冷えるのを感じながら口を開く。
「オルトラン嬢、目が怖いです」
タレイアはハッとして表情を引き締めた。
「あら失礼を」
「いえ。何というか、アスラン殿下も王子としての自覚を持っていただきたいですね。おや、噂をすれば」
テイラー卿の視線の先に、アスランを見つけた。テイラー卿は一礼すると下がっていった。去り際に「お側には控えております」と言ってくれた。
「ここにいたのか。見つけたくはないが、やはりそのカラスのような髪は目立つな」
いつもの物言いを受け流し、タレイアはカーテシーをとった。
「アスラン第二王子殿下にご挨拶致します」
顔を上げると、婚約者の隣に別の令嬢がいる。ふわふわと流れる薄桃色の髪に、空色の瞳。タレイアは頭が痛くなった。
(まぁ。アカデミーに身分の差がないなどと、彼まで思っているとは思わなかったわ。ここまで頭が弱いなんて)
アスランが連れているのは、2年前に転入して話題になった商会の令嬢、つまり平民だ。百歩譲って他の貴族令嬢を連れているならまだしも、平民の女性では王子妃にもなれない。
「殿下、そちらの女生徒は?」
聞きたくもないが、聞かない訳にもいかない。タレイアの問いに、アスランは口をにんまりと歪めた。
「タレイア。そなたとの婚約はこの度破棄しようと思う」
タレイアの質問に答えず、アスランはよく通る声で言った。
(――ああ。この莫迦は私の手に負えないわ)
タレイアは貼り付けた表情を変えないよう努力しながら口を開いた。
「殿下、ここは隣国の諸侯たちも来られております。発言には責任が伴うのですよ?」
アスランは顔を歪める。
「その物言い!もうウンザリだ。そもそもそなたが私の恋人を虐げなければ、私も破棄などとは考えなかった」
「虐げ?――どういうことでしょう?」
「とぼけるな。私の恋人ミリアにした非道の数々、許すことは出来ない」
(その令嬢はミリアと言うのね)
アスランの腕にしがみ付くミリア嬢に視線を映す。目が合うとミリア嬢は震えて小さな声で「キャッ」と叫び、更にアスランにしがみ付いた。身体を押し当てられ、アスランの顔がだらしなく歪む。
呆れた顔でアスランを見ると、アスランは慌てて顔を引き締めて言った。
「ミリア嬢にそなたが行った悪行を、ここで明らかにしても良いんだぞ?」
「どうぞ」
間髪入れずに返事をする。アスランは想像していなかったようで、たじろいでいる。
(この展開、既視感があるわね。どこでだったかしら)
「半年程の前から嫌がらせをしていたそうじゃないか」
「具体的にはどのような?」
「毎日のように私物を隠したり、破損させたり」
「私はこの1年、週に一度くらいしか来ておりません。毎日でしたら不可能です」
「授業中に陰口を言ったり、食堂で彼女の食事に異物を混入させたり」
「彼女と同じ授業はありません。そして私は食堂は利用しませんわ」
「3日前には階段から突き落とそうとしたらしいな!」
「3日前でしたら私は1日中王城にいましたが?」
「······」
「以上ですか?」
(思い出したわ。これは悪役令嬢がヒロインを虐げ、王子が助ける劇のストーリーじゃないの)
先月、投資先の劇場へ視察に行った時に見たストーリーと類似している。
(――なさけない)
一国の王子が、16歳の少女に謀られるなんて。
思わずアスランを見る視線が冷ややかになる。アスランの言い分を全て論破したものの、納得した様には見えず、アスランの表情は怒りに震えている。
「ではお前が他の令嬢たちに指示して行ったのだろう!」
(貴方のおかげで私に従う生徒などいないけれど)
これはこの場で言うには躊躇した。この場には公務で関わりのある大人もいる。彼らには軽んじられる訳にはいかない。
「ーふぅ」
アスランとの婚約は、アスランの母である亡き王妃たっての希望だった。アスランの性格により、諍いが起きぬよう、タレイアに導いてほしいと。
(お世話になった王妃陛下の遺言に沿いたかったのだけど)
「殿下、そのような証拠のない証言と憶測だけで婚約の破棄を提案されたのですか?」
アスランは顔を赤くして声を荒げた。
「提案ではない!婚約破棄は決定事項だ!ミリアが嘘をつくはずがない!お前が認めて謝れば処置を軽くしてやろうと思っていたのに」
「私をあまり馬鹿にするなよ!おい!」
アスランが合図すると、数人の生徒がタレイアを取り囲む様に前に出てきた。体格の良さを見ると、騎士科の生徒だろう。彼らの表情を見ると、ふんぞり返って出てきた者もいれば、戸惑いながら出てきた者もいる。
「ふん。自ら謝る方が良いと思うぞ。どうする?無理やり跪かせてもいい」
もはやため息も出ない。ミリア嬢を見ると、青ざめた顔でこちらを見ている。事が大きくなりすぎて萎縮しているようだ。
本当に婚約破棄をさせて婚約者の座を奪うつもりだったのか、軽い嫌がらせのつもりだったのか。表情からして後者かもしれない。
(ここまで騒ぎが大きくなっては、彼女も人生を棒に振ってしまったようなものね)
「殿下、婚約破棄は受け入れましょう。ですがこの件で私が謝罪することはありません。事実無根ですから。私が謝罪する事があるとすれば、亡き王妃様にです。貴方を導く事が出来ませんでしたから」
「なんだと?図々しい!おい!こいつを跪かせろ!」
アスランが言うと、取り囲んでいた騎士科の生徒たちがじりじりと近付いて来る。タレイアはアスランを見据えたまま、右手を上げた。
「なんだ?今さら謝ろうとでも?」
アスランはタレイアを見て顔を歪めた。
「うぅっ!」
「うわっ」
「なに?」
アスランが生徒たちの叫び声に目を向けると、タレイアを取り囲んでいた生徒たちが取り押さえられていた。
「な?なんだお前たち!?そいつらじゃなく、タレイアを押さえろ!」
生徒を取り押さえたのは、会場の警備をしていた騎士達だ。生徒ではなく、本職の。
「殿下、彼らは貴方の言うことを第一としません。ここは公の場。諸外国の方もいるのですから。騎士たちの統率は私に一任されております」
そして騎士科の生徒たちを取り押さえた中には、生徒の親もいた。親側としてはすぐにでも取り押さえたかったのだろうが、タレイアの許可なくして動く訳には行かなかったのだ。
「政務から離れている殿下は覚えていらっしゃらないのでしょうが、陛下と宰相閣下が隣国へ行かれている今は私が宰相代理を務めておりますので」
とはいえ、身分はアスランが上だ。タレイアにはアスランを拘束することは出来ない。
「――話がついたようだな?」
凛と通るその声に、アスランの表情が明るくなった。
「兄上!」
「久しいな。アスラン」
タレイアが振り向くと、弟の表情と対を成すように冷たく光る金色の瞳があった。
「兄上!タレイアを拘束してください!いくら婚約者と言えど、第二王子である私を侮辱するのです」
「もう婚約者ではないのだろう?」
グレイグの返事は冷ややかだった。同じ王族であり、兄なのだから味方だとでも思ったのだろうか。
髪と瞳の色は同じだが、グレイグとアスランは腹違いの兄弟だ。顔つきはそれぞれの母に似ており、美姫として称えられた側室を母に持つグレイグの美貌は、アスランとは比べものにならない。普段見ることのない美しい王太子に、生徒たちは魅了されている。
ミリアも例外ではなく、アスランに腕を絡めたままグレイグにうっとりと見惚れていた。
アスランの表情が曇る。
「お前たちの問答を聞いていた。私の知るオルトラン嬢が、そのような稚拙な事をするとは到底思えない。どうやら侮辱されたのはオルトラン嬢のようだな?」
グレイグの低い声に、アスランはゾクリと寒気を感じた。
「兄上とタレイアはあまり面識はないはずでしょう」
「お前などより、よほど彼女と顔を合わせている。主に仕事でだが。16にもなって国政に関わろうとしないお前に羞恥心がないのは承知しているが、これほどとは思わなかったぞ。恥ずかしくないのか?」
アスランは顔を真っ赤にして震えはじめた。
「兄上、まさか実の弟より、この女の言うことを信じるのではないですよね?」
「当たり前だろう。ろくに顔を合わせていない弟より、毎日のように会議室で国政の議論をかわし、弟に代わって参加してくれている慰労訪問や戦傷者への労いなど、世話になっている彼女の言うことを信じるが?」
にべもなく言われ、アスランは愕然とした。
「そんな···兄上は私に優しかったではありませんか」
グレイグは笑った。冷たく、突き放すような乾いた嗤いだった。
「私が?お前に?莫迦なことを。関心がなかっただけだ。――しかし、ふむ。それをお前が優しさと取っていたならば、私も前王妃陛下に謝らなければならないな」
(ああ、これは彼には堪えるでしょうね)
タレイアはほんの少し同情した。アスランはグレイグに憧れていたから。グレイグは関心のないことにはとことん無関心だ。その為、アスランがいくら不祥事を起こしてもいつも変わらぬ態度で接していた。
(それをアスランは特別扱いと捉えていたのね)
「今期の生徒は残念なものだな。第二王子の波に呑まれていたとはいえ、宰相代理にあのような態度を取り続けていたのだから。王都で有益な職は諦めた方がいい」
グレイグは生徒たちを一瞥して言った。後ろに控えていた親たちも動揺する。
「王太子殿下、愚息が大変失礼を致しました。未熟ゆえに――」
騎士科の生徒を押さえていた騎士が訴えた。おそらく生徒の父親なのだろう。
「イノック卿、発言は許していない」
グレイグが低い声で黙らせた。
タレイアですら冷や汗が出た。
(グレイグ殿下は思ってたよりだいぶお怒りなのね。弟の不祥事にそこまで関心がない方だったのに)
「生徒も10歳以下の子供ではないんだ。発言には責任を取れ」
「王太子殿下、お怒りを収めてくださいませ。私は彼らの未来には関与しません」
タレイアが言うと、グレイグは大きく頷いた。
「ああ。もちろんだ。現、宰相代理の君に関与されない場所に居てもらおう」
(王都から出ていけと?)
「そういう意味ではありません」
呆れながらタレイアは答えた。
「君は寛大だな。まあいい。卒業生の名簿を私の机の上に置いておけ」
生徒たちとその両親たちは血の気が引くばかりだ。
「アレックス。さっさと問題を起こした奴らを下がらせろ。アスランもな。諸外国の王侯貴族たちが集まるこの場で問題を起こしたこと、父上が戻りしだい沙汰があるだろう」
アスランはテイラー卿に促され会場を出た。呆然としているが、抵抗はしていない。
彼らが出て行ったあと、タレイアもしばし呆然と立っていた。
アスランと婚約して3年。あの男と長年連れ添わねばならないのだと、辟易していた。王子との婚姻を、破棄できるとは思えなかった。
(―嬉しい。もう王族との婚姻は御免だわ)
「王太子殿下、この度はお騒がせしてしまい申し訳ありません」
「良い。――さて、オルトラン嬢。アスランが婚約破棄を申し出て、貴方が受け入れた。なので昨日の私の申し出を、もう一度思い出してほしい」
タレイアはパッと顔を上げた。
(昨日の?)
思い出してすぐに血の気が引く。
――昨夜、会議を中断して眠気を覚ますために、グレイグとバルコニーに出た。グレイグもタレイアもお互い寝不足でクマを作っている。タレイアもボーッとしており、グレイグの発言も冗談だと思っていた。
『オルトラン嬢、私と婚約をしてくれないか?』
『ふふ、ご冗談を。私には既に婚約者がおります』
『·····そうなのだが』
「オルトラン嬢――」
「殿下!とんでもないことでございます。私のような――カラスと言われたような令嬢が恐れ多いです」
グレイグが口を開こうとしたので、タレイアは慌てて言葉を被せた。王太子の言葉を遮るなどと、処罰ものだが、タレイアはグレイグにこれ以上喋らせる訳にはいかなかった。公の場で王太子に求婚されて断れる令嬢など、王国には存在しない。
なので慌てて言った言葉に、タレイアは我ながら驚いた。アスランの言う、「カラスのような髪」タレイアは祖母から受け継いだ髪と瞳に誇りを持っている。持っているが、長年蔑まれると、自分でも気づかぬうちにしこりとなってタレイアの心に沈んでいたようだ。
(今はそんなこと気にしている暇はないわ。どうにかこの場を)
タレイアが下を向いていると、ふわりと視界が開いた。タレイアの眼前に降りていた黒髪を、グレイグが掬いキスをした。
「私は初めて見た時から黒曜石のようだと思ったよ」
輝くような金糸の髪が揺れ、合間から熱を帯びた金の瞳が見えた。その瞳に自分が映った瞬間、タレイアの顔は火を噴いたように紅くなった。
そしてグレイグがその隙を逃すはずもなく、
「オルトラン嬢、私と婚約してください」
という言葉に、タレイアはなすすべもなく頷いた。
その後のパーティーは滞りなく行われた。
普段は冷ややかで、感情のない瞳を携えている王太子も、2人掛けのソファーに新たな婚約者と共に寄り添って穏やかな表情を浮かべ座っていた。
タレイアは恥ずかしくて少し離れたかったが、グレイグの腕にがっちりホールドされ離れることも出来ない。
王族はこりごりだと心に誓ってすぐの展開に、タレイアは項垂れるしか出来ない。
(でも、カラスと言う弟より、黒曜石と言ってくれたこの方と共に過ごせるなら)
タレイアは少しだけ前を向いて、将来を悲観するのをやめた。
読んでいただきありがとうございます。
もともと、グレイグがタレイアとの婚約を希望したのが始まりでした。それをアスランの母である元皇后に取られたのです。グレイグはなんとか取り戻そうと試行錯誤していた。という妄想があります。




