表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の織りなす物語 ACHERON  作者: 白絹 羨
第二章 竜の記憶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/43

第十五話 十二人の娘

 バルグリムはため息をついていた。背丈の倍もある長身の女たちに囲まれながら、ひたすら交易路を東へと歩く。足下の石を蹴り、肩を落とし、ぶつぶつ文句を言いながらも、決して立ち止まらなかった。

 竜の死骸から作り出した見事な鎧も、刀も、すべては奪われた。正確には「返された」と言うべきか。もともとの所有者は竜を屠ったエイラであり、彼に所有権など初めからなかった。わかってはいる。だが長年炉の前で費やしてきた技と年月が、報酬もなく持ち去られたのだ。腹の虫が収まるはずもない。

 しかも今や彼は強制的な同行者だった。後ろから響く、砂利を踏む十二の足音。娘たちの気配と、エイラの影が、背に張り付くように重くのしかかっていた。

 エイラはその背を見下ろしながら歩いていた。元来小柄なドワーフの体はさらに丸められ、背中の煤色の外套が小さく揺れている。だがエイラ自身の歩みは伸びやかだった。幽閉の年月を経てもなお、不死の体は成長を続け、大人びた姿を帯びていた。

 ふと、彼女の心は村に残した娘へと戻った。十二人の中でただ一人、家族の墓を守るために残した――アンドリア。寂しげに頷きながらも「いつでも会いに行ける」と言ってくれた。彼女がどんな未来を歩むのか、エイラには分からない。髪から生まれた娘たちが、どこまで「人」と同じなのか、誰も知らないのだから。

 道を歩みながら、エイラは残る十一人に目を配った。一人ひとりを見分けようと、昼も夜も観察を続ける。やがて、彼女の心には「母」としての痛みと安堵が刻まれていった。

 森で獣の気配を察し、真っ先に立ち上がる娘がいた。弓を握り、影のように消えると、兎を抱えて戻ってくる。獲物を掲げ「今日はご馳走だ」と笑う姿に、皆がつられて声を上げた。だが狩りに夢中になるあまり夜半まで戻らず、エイラは胸を冷やすこともあった。彼女には「ペトラ」と名を与えた。勇ましさと危うさ、その両方を込めて。

 雨の夜、天幕が一つも倒れずに立っていた。布を張り、支柱を打ち、焚き火を守った娘のおかげだった。「風が語っている」と呟きながら縄を締める彼女を見て、エイラは思った。几帳面さが、時に仲間を支え、時に足を引っ張るだろう。彼女には「ヤコベア」と呼びかけた。

 別の娘は常にエイラの背後に立ち、振り返る前に周囲を見張っていた。夜半に小さな物音で目を覚まし、睡眠不足にあえぎながらも離れようとしない。その不器用な忠義に、エイラの胸は温かくも痛んだ。彼女には「ヤコバ」の名を与えた。

 ある夜、満天の星空を見上げ、娘が指で光をなぞった。「今夜も同じ星が見える」と繰り返す声は、幼子の祈りのようだった。翌朝、迷った道を彼女の言葉が導いていた。星に心を寄せすぎる危うさを抱えながらも、その澄んだ眼差しに、エイラは「ヨアンナ」と名を授けた。

 村に立ち寄ったとき、子どもたちは娘たちを恐れて遠ざかった。だが一人の娘が果実を差し出し、微笑んだとき、幼子は泣きやんで寄り添った。「子どもは泣かせちゃいけない」が口癖の彼女は、荷を削ってでも施しをした。愚かで優しいその性分を、エイラは抱き締めたいほど愛おしく思った。彼女には「マティア」と名付けた。

 渡れぬ川に行き当たったとき、一人の娘が石を積み、木を組み、橋をかけた。「これなら百年もつ」と胸を張ったが、明らかに誇張だった。それでも仲間を渡らせた事実は確かだ。彼女には「トマシナ」と名付けた。

 強風の夜、一人の娘が胸に手を組み、「風は怒っていない」と囁いた。その声に仲間は呼吸を整え、眠りについた。だが時に読み違え、突風で焚き火を吹き飛ばすこともあった。彼女には「シモナ」と名を与えた。

 薪が尽きそうな夜、娘は小枝を組み替え、空気を操って火を絶やさなかった。炎の前で数を数える癖は奇妙だったが、執念深いその姿は仲間を救った。火を大きくしすぎて叱られることもあった。彼女には「タディア」と名付けた。

 議論が荒れそうになると、一人の娘が「やめなさい」と一言だけ告げ、皆を黙らせた。責任を背負い込みすぎる不器用さに、エイラは己の姿を重ねた。彼女には「ジュディア」と呼びかけた。

 そして最後に、火の色を見つめながら鉄片を拾い、音を聞き分ける娘がいた。熱い鉄を素手で掴もうとしては、バルグリムに怒鳴られていたが、その耳と目は確かに職人のものだった。


「……あの娘は、わしと気が合う。鍛冶もできるだろう」


 焚き火のそばでバルグリムが言った。エイラは短く頷いた。


「ならば、好きに使うがいい」


 その娘には「フィリパ」と名を授けた。


 ――こうして十二人は名を得た。髪から生まれた影ではなく、それぞれに癖を持ち、心を宿した娘として。

 鍋を囲む夜、炎に照らされた横顔を見つめながら、エイラはふと息を詰めた。かつて「人ではない」と言い聞かせてきた自分の胸の奥に、確かな痛みが走っていた。愛おしさと不安と、母としての誇り。そのどれもを否定できないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ