第十五話 十二人の娘
バルグリムはため息をついていた。背丈の倍もある長身の女たちに囲まれながら、ひたすら交易路を東へと歩く。足下の石を蹴り、肩を落とし、ぶつぶつ文句を言いながらも、決して立ち止まらなかった。
竜の死骸から作り出した見事な鎧も、刀も、すべては奪われた。正確には「返された」と言うべきか。もともとの所有者は竜を屠ったエイラであり、彼に所有権など初めからなかった。わかってはいる。だが長年炉の前で費やしてきた技と年月が、報酬もなく持ち去られたのだ。腹の虫が収まるはずもない。
しかも今や彼は強制的な同行者だった。後ろから響く、砂利を踏む十二の足音。娘たちの気配と、エイラの影が、背に張り付くように重くのしかかっていた。
エイラはその背を見下ろしながら歩いていた。元来小柄なドワーフの体はさらに丸められ、背中の煤色の外套が小さく揺れている。だがエイラ自身の歩みは伸びやかだった。幽閉の年月を経てもなお、不死の体は成長を続け、大人びた姿を帯びていた。
ふと、彼女の心は村に残した娘へと戻った。十二人の中でただ一人、家族の墓を守るために残した――アンドリア。寂しげに頷きながらも「いつでも会いに行ける」と言ってくれた。彼女がどんな未来を歩むのか、エイラには分からない。髪から生まれた娘たちが、どこまで「人」と同じなのか、誰も知らないのだから。
道を歩みながら、エイラは残る十一人に目を配った。一人ひとりを見分けようと、昼も夜も観察を続ける。やがて、彼女の心には「母」としての痛みと安堵が刻まれていった。
森で獣の気配を察し、真っ先に立ち上がる娘がいた。弓を握り、影のように消えると、兎を抱えて戻ってくる。獲物を掲げ「今日はご馳走だ」と笑う姿に、皆がつられて声を上げた。だが狩りに夢中になるあまり夜半まで戻らず、エイラは胸を冷やすこともあった。彼女には「ペトラ」と名を与えた。勇ましさと危うさ、その両方を込めて。
雨の夜、天幕が一つも倒れずに立っていた。布を張り、支柱を打ち、焚き火を守った娘のおかげだった。「風が語っている」と呟きながら縄を締める彼女を見て、エイラは思った。几帳面さが、時に仲間を支え、時に足を引っ張るだろう。彼女には「ヤコベア」と呼びかけた。
別の娘は常にエイラの背後に立ち、振り返る前に周囲を見張っていた。夜半に小さな物音で目を覚まし、睡眠不足にあえぎながらも離れようとしない。その不器用な忠義に、エイラの胸は温かくも痛んだ。彼女には「ヤコバ」の名を与えた。
ある夜、満天の星空を見上げ、娘が指で光をなぞった。「今夜も同じ星が見える」と繰り返す声は、幼子の祈りのようだった。翌朝、迷った道を彼女の言葉が導いていた。星に心を寄せすぎる危うさを抱えながらも、その澄んだ眼差しに、エイラは「ヨアンナ」と名を授けた。
村に立ち寄ったとき、子どもたちは娘たちを恐れて遠ざかった。だが一人の娘が果実を差し出し、微笑んだとき、幼子は泣きやんで寄り添った。「子どもは泣かせちゃいけない」が口癖の彼女は、荷を削ってでも施しをした。愚かで優しいその性分を、エイラは抱き締めたいほど愛おしく思った。彼女には「マティア」と名付けた。
渡れぬ川に行き当たったとき、一人の娘が石を積み、木を組み、橋をかけた。「これなら百年もつ」と胸を張ったが、明らかに誇張だった。それでも仲間を渡らせた事実は確かだ。彼女には「トマシナ」と名付けた。
強風の夜、一人の娘が胸に手を組み、「風は怒っていない」と囁いた。その声に仲間は呼吸を整え、眠りについた。だが時に読み違え、突風で焚き火を吹き飛ばすこともあった。彼女には「シモナ」と名を与えた。
薪が尽きそうな夜、娘は小枝を組み替え、空気を操って火を絶やさなかった。炎の前で数を数える癖は奇妙だったが、執念深いその姿は仲間を救った。火を大きくしすぎて叱られることもあった。彼女には「タディア」と名付けた。
議論が荒れそうになると、一人の娘が「やめなさい」と一言だけ告げ、皆を黙らせた。責任を背負い込みすぎる不器用さに、エイラは己の姿を重ねた。彼女には「ジュディア」と呼びかけた。
そして最後に、火の色を見つめながら鉄片を拾い、音を聞き分ける娘がいた。熱い鉄を素手で掴もうとしては、バルグリムに怒鳴られていたが、その耳と目は確かに職人のものだった。
「……あの娘は、わしと気が合う。鍛冶もできるだろう」
焚き火のそばでバルグリムが言った。エイラは短く頷いた。
「ならば、好きに使うがいい」
その娘には「フィリパ」と名を授けた。
――こうして十二人は名を得た。髪から生まれた影ではなく、それぞれに癖を持ち、心を宿した娘として。
鍋を囲む夜、炎に照らされた横顔を見つめながら、エイラはふと息を詰めた。かつて「人ではない」と言い聞かせてきた自分の胸の奥に、確かな痛みが走っていた。愛おしさと不安と、母としての誇り。そのどれもを否定できないのだった。




