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一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》  作者: 弥都 史誠
第五章

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9.まだ名を持たぬ光は、

 ハリアカとワイルアは手を繋いだまま、タプの樹の下へと向かう。

 河岸の石に、ワイルアは時々足を取られる。

 その度に「おっと」と声を上げるワイルアに、ハリアカは吹き出しそうになるのを堪えた。

 だが、それも何度も続くと、気の毒になって来た。

 ハリアカは慣れている為、皮のサンダルでもつまづく事なく、ワイルアの後に続く。

「どう? ここ、良くない?」

 ワイルアが振り返って、ハリアカにロケーションの感想を聞く。

 堤防上から河へ迫り出したタプの樹の幹から、無数の気根が下がっている。

 ハリアカがタプの樹を見上げると、ランギが樹上から手を振っていた。

「うん…良いと思う」

 そうワイルアに言いながら、ランギに向けて、軽く手を振る。

 ランギの年齢と身体能力ならば、落ちる事は無いだろうが、少し心配になる。

 タプの樹の精霊の姿は、いたずら好きの子供の姿だと聞く事が多い。

 ハリアカはランギ──天の神の名を持つ少年の姿が、タプの樹の精霊に見えた。

 ワイルアはハリアカの手を離して、先程、構図を決めた辺りに移動する。

「じゃあ、そこ、立って」

 ワイルアがカメラを片手に、気根の下を指差す。

 ハリアカは、その指先の指し示す辺りに立つ。

 歩くとショールが落ちそうになり、両手で肩を抱くように押さえた。

 緩やかな風が、気根をゆらりゆらりと揺らす。

 今日は結んでいない、金色の髪も午後の陽光を受けて揺れる。

「この辺り?」

 ハリアカが首を傾げて、ワイルアに聞く。

 ワイルアはカメラの液晶画面を、ジッと見ている。

「…もう少し後ろ、かな?」

 ハリアカは二歩下がる。

「──違うな…」

 ハリアカたちとの待ち合わせ場所へ行って、戻って来る間に、太陽の位置が少しズレていた。

(──もう少し半逆光のが良いんだが…仕方ないな)

「──すまない。もう三歩、左へ」

 ハリアカは支持された通り、左に三歩進む。

「ここで良い?」

「…う、ん。オーケー。バッチリだ」

 ワイルアは太陽の位置と、気根と木陰から入る光のバランスの良い位置を見つける。

「──少しそのままで動かないで」

 ホワイトバランスを調整する為に、ハリアカの着ている生成りの服に焦点を当てる。

 が、液晶画面には不安気に俯いたり、辺りを見回すハリアカが映っている。

 その儚気な顔に、見惚れてシャッターを切ってしまった。

 その音に気付いたハリアカが顔を上げる。

 少し驚いているようだった。

「──すまない。……えっと、カメラの設定をしているんだ」

 慌てて取り繕った。

「──その…青色を撮影するのは、難しいんだ」

 ハリアカは眉尻を少し下げて微笑むと、黙って頷いた。

 今度こそ、ハリアカの服を液晶画面に入れて、シャッターボタンを半押ししてピントを合わせるとシャッターを切った。

 その画像でホワイトバランス設定して、準備が整った。

「──よし…。じゃあ始めよう。カメラ、見て…笑って!」

 ワイルアは液晶画面に表示されている枠内の中央に、ハリアカの頭から胸辺りを入れる。

 何枚かシャッターを切った。

 ダックブルーのショールは綺麗に撮れている。しかし、そのハリアカの表情は貼り付いたように硬い。

 あの、初めて見た時の、陽だまりのような微笑みが撮りたかったのに。

「──あ…、ゴメン。無理に笑わなくても良い。肩の力を抜いて…その、自然な感じで」

 ハリアカは僅かに頷く。が、その笑い方が判らず、彼の表情は和らぐ事は無い。

「ハリアカ! 笑って‼︎」

 いつの間に河岸に降りて来ていたフイの声だった。

 フイは転ばないように、なるべく大きく足を広げてワイルアの元へ急ぐ。その後ろをアタアフアが付いて来ていた。

「フイ! アタアフアを…」

 ハリアカは咄嗟に、小さなアタアフアの元へ歩み寄ろうと一歩踏み出す。

「ダメ! 動いちゃ‼︎ ハリアカはモデルさんなんだから!」

 フイはワイルアの元に辿り着く。そしてその腰に抱き付いてた。

 少し遅れて、アタアフアがフイに抱き付いた。

「おいおい、どうしたんだ?」

 ワイルアは笑って、フイの肩を抱く。

「えへへ…見に来ちゃった」

 フイはワイルアを見上げて、向日葵ひまわりを思わせる笑顔を見せた。

 ハリアカはどうして良いのか、戸惑って動けない。

「………」

 するとハリアカの目の前を、タプの葉が一枚舞い落ちて来た。

 思わず見上げる。

 ランギが声を上げて、笑っていた。

「ハリアカ! びっくりした⁉︎」

 そして次々と葉を落として行く。

 ハリアカは、その葉を受け止めようと、前腕を差し出す。

「…あ」

 小さく呟くと、緩やかに口角を上げる。

 あぁ…、そこにタプの精霊がいる。

 そう思った。

 そのハリアカの姿は、正しくワイルアが求めていた表情《顔》だった。

 その甘い香りのハリアカを見逃すまいと、ワイルアはシャッターを切り始める。

 気根の垂れ下がる中に静かに佇み、舞う青葉に囲まれたハリアカは、フイが言ったように、タプの樹の精霊を思わせた。

 するとハラハラと舞い落ちていた葉の量が、明らかに増えて落ちて来た。

 それはハリアカの髪や肩に落ちる。

 次々と降り注ぐ葉に、ハリアカは肩を竦め笑う。

 その姿を、ワイルアは次々とカメラに収めて行く。

「私たちも行こ」

 フイがアタアフアの手を取り、ハリアカの元に向かう。

 その二人に気付いたハリアカは腰を落とす。

 両腕を開いて、二人を迎え入れた。

 木陰から差し込む太陽光が、柔らかく三人を照らす。

「──えへへ…来ちゃった」

 ハリアカに抱き付いたフイが楽しそうに言う。

 青色のショールから、市場の香辛料や香の香りがする。

 そしてハリアカの髪や肩に落ちた、タプの葉が放つ香りがした。

 お祭りの時に焚かれる香の香りではなく、もっと透明感のある、雨上がりの朝に似た香り。濡れた土と葉が放つ、生命力を感じる香り。身体が浄化されていくような香り。

 そのタプの白い花が放つ香りが僅かに混じった聖なる樹の葉の香りが、ハリアカにとても合っていると思った。

「うん…みんなで撮って貰いましょう」

「ランギ! それ、あたしたちが集めたの‼︎」

 アタアフアが樹上のランギに向かって叫ぶ。

 ランギはアタアフアに向かって、アカンベーをしてみせる。

 フイはハリアカの髪や肩に落ちた葉を、一枚一枚落として行く。

 ハリアカのショールが、スルリと足元に落ちた。

 それをフイが拾い上げて、ハリアカの肩に被せる。

「やっぱりハリアカはタプの樹の精霊ね」

「うん、とっても綺麗」

 フイの言葉に、アタアフアも同意する。

「タプの精霊は子供の姿をしているって…」

 ハリアカの言葉を遮って、フイはハリアカの背後から抱き付く。

「良いの! 私たちのタプの精霊はハリアカなの」

 ハリアカは二〜三回瞬きをすると、ゆっくりと笑う。

 そして右腕でフイの頭を左肩に寄せると、目を閉じて彼女の頬に額をくっ付ける。

「ありがとう、フイ」

 アタアフアもハリアカの右側から抱き付く。

 ハリアカはフイを左腕で、アタアフアを右腕で抱き締める。

 緩やかな河風が吹き、タプの樹の枝が揺れる。

 その木漏れ陽が、ハリアカをたおやかに照らし、ショールの幾何学模様が碧色に浮かび上がる。

 ワイルアは瞬時に「今だ!」と思った。

 昨日、見た瞬間に心を奪われたハリアカの笑顔が、今、そこにあった。

 三人の写真を撮る為に、カメラのレンズのダイヤルを回す。

 ほんの少しだけISO感度を下げ、シャッタースピードを長くする。

 ラチチュードの狭い写真を撮る為に、脇をしっかりと締めて、何度もシャッターを切った。

 ワイルアは三人が映るカメラの液晶画面を見る。

(結局、俺じゃあ、この表情《顔》を引き出すのは無理だったか…)

 そして微笑ましく思うも、残念そうに大きく息を吐いた。

 三人の写真を十数枚撮り終えたワイルアは、樹上のランギたちに向けて、人差し指を上下に動かす。

「ランギ、あの人が降りて来いってさ」

「うん、見た‼︎ 行こうぜ」

 その声に呼応して、樹上の少年たちはタプの樹を滑るように降りて行く。そして堤防からハリアカの撮影を見ている少女たちにも声をかける。

 少年三人に少し遅れて、少女二人が跳ねるように河岸を走り、ハリアカの元へ向かう。

 先頭のランギが、垂れ下がる気根を左右に分けながら走って来た。

「あ…みんな…」

 子供たちが一斉にハリアカに抱き付く。

「ハリアカ、大好き」

「私もよ」

 子供たちの言葉に、ハリアカは頬をバラ色に染めて笑う。

「ありがとう。私もみんなが大好き」

 子供たちの声に混じって、微かにカメラのシャッター音が聞こえた。

 ハリアカは音のした方へ、顔を向ける。

 その先には、懸命にシャッターを切る男が居た。

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