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一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》  作者: 弥都 史誠
第四章

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8. 声に出来ない永遠の翼。

「フイ?」

 タフの樹の根元に、フイとアタアフアが並んで立ち、他の子たちが二人を囲むように並んだり、樹の幹に座る。

(あぁ、そういう事ね)

 その様子を見たハリアカは、フイの意図を理解する。

 全員で撮るのに、自分だけおしゃれをしている訳にはいかない。フイの他の子への気遣いだった。

「じゃあ、撮るよ。はい、一番良い顔をして!」

 市場からの雑音に混じり、カシャリ、カシャリと音がする。

 最初は気取ってポーズを取っていた子供たちだったが、次第に雲行きが怪しくなって来る。

 足が当たっただの、当たっていないだの、ふざけた顔をしただの、していないだの…。

 ワイルアはその様子も撮影しているが、ハリアカは止めに入る。

「皆んな、ケンカをするようなら、もう終わり。ちゃんとお礼を言って」

 樹に登っていた少年たちが降りて来る。そしてワイルアの元へ走る。フイ以外の子供たちもあとに続く。

 言う事を聞かない子供たちに、ハリアカは戸惑う。

「ねえ、見せて‼︎」

「わあ…凄い〜」

「ランギ、ふざけ過ぎ!」

「次の見せて!」

 ワイルアは地面に座り込んで、子供たちに笑いながらカメラの液晶画面を見せている。

 フイは一人、ハリアカの元へ向かう。そしてハリアカに預けたおしゃれ着を奪い、袖を通す。

「はい、次はハリアカの番!」

 フイがハリアカの手をグイっと引いて、タプの樹に向かう。

「え…私は…」

 ハリアカはフイの手を振り払う事が出来ずに、タプの樹の下へ連れて来られる。

「ねえ‼︎」

 フイはワイルアに向かって叫んだ。

「──ねえってば‼︎ ハリアカの準備、出来たよ‼︎」

「フイ…、私は…」

 ハリアカの戸惑いなど知らないといった風に、フイはワイルアに向かって叫び続ける。

 フイの声に、ワイルアと子供たちが顔を上げる。

 ワイルアとハリアカの目が合った。

 しかし、ハリアカはすぐに俯く。その頬は僅かに染まっている。

 ワイルアと目が合わせられない。

 何故だか判らないけれど。

 ワイルアがずっと脇に挟んでいた紙袋を持って、ハリアカに近寄って来た。

「これ…」

 そう言って、紙袋を広げる。

 ハリアカはその紙袋に、ゆっくりと視線を落とす。

 ワイルアが長時間、脇に挟んでいた紙袋には、脇汗のシミが付いていた。

「──あ、いや…これは」

 思わず口ごもるワイルアに、ハリアカはくすっと笑う。

「この国は暑いから」

「すまない。でもショールは綺麗だから、多分」

 フイがハリアカに掴まって背伸びをして、中を覗こうとする。

 他の子供たちも集まって来た。

 ワイルアはダックブルーのショールを取り出す。

「──その割に、きみは長袖だ」

 ワイルアは紙袋をクシャッと潰す。

「これは虫除け。蚊が多いから」

 言われてみれば、子供たちもなるべく肌が見えない服を着ている。

 ワイルアは話しながら、デニムの後ろポケットに、紙袋を取り敢えず押し込んだ。

「俺はまだ刺されてない」

 そしてショールを広げる。

 ハーブなのか香木なのか、よく判らない市場独特な香りが広がった。

「わぁ…綺麗。鳥の羽根みたいな色」

 フイが目を丸くして、羨望の声を上げる。他の子供たちは「ハリアカだけズルい」と言い始める。

「──本当のモデルはハリアカなんだから! 文句言わないの‼︎」

 それをフイが止めている。

「──ほら、皆んな邪魔だから、こっち‼︎」

 フイが子供たち全員を、タプの樹へ誘導する。

「誰が一番高く登れるか競争しようぜ」

 一人の少年が言うと、少年たちが一斉にタプの樹に登り始めた。少女たちは、タプの落ち葉を集める。

 ただフイは座って両手で頬を包むと、ハリアカの佳容かようを眺める。

 子供たちの大騒ぎを他所に、ワイルアは大判ショールを斜めに折る。

 ベチパー(カスカス茅)ラベンダー(薫衣草)シトロネラ(香水茅)…複数のハーブが複雑に混ざり合った、この土地の香の香りを再び感じる。

 何の香りかは分からない。だが──。

(…この香り、クセになるな)

 そう思った。

「人を選んでいるのかも」

 ハリアカがクスリと笑った。

「マジかよ」

 ワイルアはショールを両手で持つと、ハリアカの肩にフワリと置く。

 ハリアカの身体がビクッと動いた。

 ワイルアとの距離が近い。

 彼の汗と野生的な香り…、ショールからサンダルウッド(白檀)ニーム(栴檀)の香が香る。

「…それは、嘘」

 ハリアカは一拍おいて、笑うように努めて平静を装う。急に心臓を掴まれた感覚に襲われる。

 無意識に腹の前で組んだ手に力が入った。

 初めてハリアカの口から、ジョークを聞いたワイルアは、それが凄く嬉しかった。

 ワイルアがショールを緩くポンチョ風に巻いて行く。

 僅かに透け感のある生地の柔らかさが、春風のように指先を滑る。

 ただそれだけなのに、ハリアカの声と息遣いを間近に感じて、手が震える。

「──市場は虫除けの香が焚かれていたり、消毒がされてるけど…」

 ハリアカの心臓の鼓動も大きくなってくる。何だか息をするのも苦しい。

「──私たちの家までは、やって貰えないから」

 ハリアカは自分が緊張している事を、初めて自覚した。

「そうなんだ」

 そう言ったワイルアの返事は、ショールとハリアカが美しく見える長さを調整する事に集中して、上の空といった感じだった。

「何処に、泊まっているの?」

 ハリアカは自分の首周りを少し緩くして、形を整えた。

「ここから歩いて十分じゅっぷんくらいのゲストハウス」

 ワイルアはハリアカの後ろに回る。

 後ろからもショールが美しく見えるように形を整えて行く。

「あぁ、ダウンタウンも大丈夫。観光客の為に、特に入念に対策しているから」

 僅かに後ろに顔を向けて、ハリアカがそう言った時だった。

「それ、女の人用よ」

 二人の緊張を解いたのは、フイだった。

 その不器用なワイルアの手付きを見ながら、フイがショールを指摘する。

「え?」

 ワイルアは驚いてフイを見る。

 やはり、あの女性店主にきちんと相手は男性だと言うべきだった。

「こら、フイ!」

 ハリアカが慌ててフイを黙らせようとする。

「でもハリアカなら、どっちでも良いけど」

 フイがニンマリと、太陽のように笑った。

「──タプの樹の精霊みたい」

「俺、タプの精霊見た事あるよ」

「ウソだ」

「精霊は良い子にしか見えないのよ」

「ウソじゃないもん! 本当に見たんだよ‼︎」

 タプの樹上と根元で言い争う子供たちを、ハリアカが止めようとすると、フイが声をあげる。

「もう‼︎ 今からハリアカが写真撮るの! 静かにして‼︎」

 ハリアカとワイルアは、顔を見合わせる。声を出さずとも、自然と二人同時に吹き出して笑い合った。

「こんな感じかな?」

 ワイルアは少し離れて、ハリアカの足元から首元へとチェックする。

「…うん」

 ハリアカは軽く頷く。

「よし、樹の下へ行こう。凄く神秘的なんだ」

 ワイルアはハリアカに向けて手を差し出した。

 ハリアカは目を見開く。驚きで瞬きが早い。

「………」

 言葉が出て来ず、遠慮がちに黙ってその手を取った。

 ワイルアの手の平は、思ったより分厚い。

 握り返された手の力も強い。

 子供たちと手を繋いだ時とは、全く違う感触と熱。

 繋いだ手から、緊張が伝わってしまわないか心配になる。

 空いている左手で、ショールが落ちないように押さえて、ワイルアのあとに続いた。

 ワイルアは河岸に降りる階段に来ると、ハリアカに振り返る。

「足元、気を付けて」

 堤防と一体化された階段は、老朽と河の流れで削られている。

「…大丈夫」

 慣れているから。

 いつも子供たちに言っているから。

『足元、気を付けて。崩れかけているから』

 それを自分が言われるとは、思ってもみなかった。

 湿った河風が吹いて、ハリアカの髪とショール、服の裾がなびいた。

 ワイルアの手に力が入る。

「風、強いな。大丈夫だった?」

 春を思わせるワイルアのポウリウリ(夕闇)に、捕えられた気がした。

 一瞬、身体が強張る。狼を目の前にした兎のように。

「え…えぇ」

 ハリアカは頷く事しか出来なかった。

「ねえ、見た?」

 フイが堤防の上に頬杖を付いて、隣のアタアフアに聞く。

「何を?」

 背の小さなアタアフアは、堤防の上に座っている。

「ハリアカのショール、鳥の羽根みたいだった」

 フイは満面の笑みを浮かべて笑った。

「うん、鳥の羽根みたいだった」

 アタアフアもそう言って、フイと額をくっ付けて笑い合った。

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