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一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》  作者: 弥都 史誠
第四章

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7.心に住み着いたあなたの面差しは、

(は…話が違う)

 まさか、子供たちまで来るとは、全く想像していなかった。

「──はぁーーーっ」

 ワイルアは疲労で膝に手を置き、項垂れる。大きく息を吐くと、肩掛けバッグがガサリと落ちた。

 その音は、市場の喧騒にかき消された。

 この疲労感は、全速力で走っただけのものじゃない。

 予想外の出来事──子供たちの存在だ。

 ハリアカと二人きり、での撮影だと思っていたのに大誤算だ。

 ワイルアは呼吸と思考を整えようと、何度も深く息を吸う。

「この市場で、よく迷子にならなかったね」

 フイが笑いながら、ワイルアに向かってそう言った。

「こら、フイ」

 ハリアカがフイを嗜める。

「お髭が無いから、一瞬誰だか判らなかったけど」

 フイが声を上げて笑いながら、ハリアカの後ろに隠れた。

(う…嘘、だろ…? 何で子供こいつらが…居るんだよ…)

 いくらか呼吸が整ったワイルアは、上体を上げる。

 それでも、もう一度深呼吸をした。

「えっ…と。出会えて、良かった。まさか」

 ワイルアはハリアカの後ろから半分顔を出しているフイを見る。

 フイの柔らかい赤味がかった茶色の髪の毛は、綺麗に三つ編みが編み込まれている。服も長袖の縁に花の刺繍が施してある。

 写真の為に、精一杯のおしゃれをして来たのが判った。

「──本当に…来て貰えると、思ってなくて」

 再び大きく息を吐いてそう言うと、ハリアカへと視線を動かす。

 彼は昨日と同じような、生成りの民族衣装のままだった。

 しかし、その瞳に警戒心は薄れているように見えた。

「この子が…」

「私、フイよ」

 フイがワイルアを見上げて、得意げに名乗った。

「フイがモデルをやりたいと言ってきかなくて…」

 ワイルアは一瞬絶句する。

 子供が居なければ、彼は来てくれなかったのか。

 それを思うと、彼女にお礼の一つでもしなければ、と思った。

 ワイルアは腰を落とす。

 フイの目を見ると、彼女の頭を子猫に触れるように撫でる。

「良し、俺が可愛く撮ってやるよ」

「ほんと⁉︎」

 フイのチョコレート色に似た瞳が輝く。

「あぁ」

 その言葉に、子供たちが次々とワイルアを囲む。

「俺たちも‼︎」

「じゃあ、私も撮って!」

「ねぇねぇ、良いでしょ?」

 ワイルアは子供たちに気圧されて、苦笑いを浮かべる。

「…はははっ」

 こんなはずでは無かったのに…。

「私からもお願いします」

 ワイルアが声の主に目をやると、ハリアカが申し訳なさそうに、小首傾げていた。

「──この子たち、写真を撮って貰った事が無くて…、その…」

 ハリアカは一瞬目を落とし言い淀む。

「──皆んなとの…施設を出た子たちとの思い出が無いんです。記憶は時と共に薄れてしまう」

 そう言って、唇を噛むように閉じた口元には悔しさが滲んでいた。

 昨日は、あんなに澄んでいたように見えたカフランギ(青い)の瞳も、暗い深海を思わせる。

 ワイルアはその表情に、ハッとする。

 自分は今まで、世界中を旅して、現地の人々の生活や生き様を切り取って来た。

 しかしそれは間違っていたのだと。

 自宅に帰り、撮って来た写真を、パソコンに取り込む。

 そして気に入った写真を、自分の思い描く色彩になるように、彩度や色合いをレタッチをする。時には不要なオブジェクト除去もする。

 そうして満足の行く作品を作って来た。

 ハリアカの言葉に、ワイルアの写真家としての信念が、音を立てて崩れて行くのを感じた。

 写真を見返す時、自分は何を思った?

 家の前で、母親に髪を切って貰う少年。

 放牧の為に何百頭の牛を連れて、山へ向かう老人…。

 それは何百、何千回と繰り返している日常の一つなのかもしれない。だが、ただの一つとして同じ物は無かったはずだ。

 毎回、母親に髪を切って貰う行為が、毎年夏になると牛を山に連れて行く行為が、その人のその時の記憶となっている。

 自分もそうだと。

 いつものように金が貯まったら行き先を決め、滞在の手配をし、飛行機に乗り込む。

 そして気の向くままに撮影をして来た。果たしてそれに、一度たりとも同じ出来事が、同じ写真があっただろうか。

 人々の生を撮るのも良い。だが、自分の仕事は、彼らの思い出や記憶も同時に切り取り、そして残しているのだ。

「判ったよ。皆んな一緒に撮ろう。最高の写真、撮ってやる」

 ワイルアは、子供たちの頭をくしゃくしゃと撫でて行く。

「やったーー‼︎」

「本当に?」

「早く行こうよ〜」

 子犬のような子供たちが見つめる和顔施わがんせに、ワイルアも釣られる。

「良い場所を見つけたんだ。そこへ行こう」

「何処? 何処?」

 ランギがワイルアのTシャツを引っ張った。

「あっちに大きな樹があるだろ? あそこだ」

 ワイルアは大河の下流を指差す。

 「タプの樹ね!」「タプの樹だよ!」と、子供たちの声が重なる。

「タプの樹?」

 耳慣れない名前に、ワイルアはフイに問う。

「“聖なる樹”よ。あの樹には、精霊が住んでいるの」

 子供たちがワイルアを囲み、手を引いてタプの樹へと歩き始める。

 ワイルアはハリアカの方へ振り返る。彼は困ったように笑っていた。

 ハリアカは目を細めて、苦笑する。金色の髪が、ゆるりと宙に揺蕩たゆたう。

 そして、後に付いて歩き始める。

 ハリアカと手を繋いでいる、少女がギュッと握って来た。

「ねぇ、ハリアカ。写真、撮って貰える?」

 不安気にハリアカを見上げてくる。

「アタアフア、大丈夫。ちゃんと撮ってくれるって。安心して」

 ハリアカは少女の顔を見下ろして、優しく答える。

「怒られない?」

 それでも尚、アナアフアは不安気だ。

「誰に?」

「先生…」

 “先生”とは、彼らが暮らしている孤児院の院長だ。

「大丈夫。ちゃんと話して来たから」

 ハリアカの言葉に、アタアフアは喜びを爆発させ、彼と繋いでいる手を大きく振った。

「やったー!」

 そして、前を行くワイルアとフイたちに追い着こうと、高く足を上げる。

「ふふっ。アタアフア、転ばないようにね」

「うん!」

 ハリアカは人波の合間から見える、ワイルアの黒髪を見失わないように、その静謐せいひつなカフランギで追う。

「ハリアカ! 早く行こ‼︎」

「…あっ」

 アタアフアが急にスキップをし始めて、ハリアカは引っ張られる。

「──アタアフア、待って。手を離したらダメ」

 この人混みで手を離したら、二度と会えなくなるかもしれない。

「はぁい」

 アタアフアは、ハリアカの横でスキップを続ける。

 フイの言う通り、彼は悪い人では無い。それはハリアカ自身も無意識の内に感じていた。

 子供たちの我が儘も、快く引き受けてくれた。何より、子供たちが懐いている。

 でも、この撮影会が終わったら、もう終わり。

 タプの樹が見えて来た。

 人波を抜けると、その大樹が目に飛び込んで来る。

 しかし樹の周りは、誰もその存在に気付かぬように静かだ。

 すぐ後ろの市場には、大勢の人が居るというのに。

 先に着いた子供たちは、複雑に絡まった幹に器用に登り始めていた。

「ちょっと! 最初は私が撮って貰うんだから‼︎」

 フイが叫んでいた。

「はははっ、落ちるなよ」

 ワイルアがカメラを片手に、木に登っている少年二人に声を掛けていた。

 アタアフアがハリアカの手を離し、フイに向かってパタパタと走って行く。

「アタアフア‼︎」

 その覚束ない足取りに、転ぶのではないかと心配になる。

 ハリアカの声に、ワイルアが振り向いた。

 彼は明らかに「参ったな」という笑いをしているが、嫌な顔はしていなかった。

 ハリアカはそのワイルアの表情に、何故か安心する。

 アタアフアはフイに抱き付いている。

「ねえ‼︎ 早く撮ってよ!」

 樹の上からランギが叫ぶ。

「はいはい。こっち見て笑って!」

 ワイルアがカメラを構える。

「ちょっと待って!」

 フイがワイルアに向かって、そう言うと自分の額の両サイドを飾っている髪から、右側の花の付いたヘアピンを抜く。

 それをアタアフアの前髪を左側に寄せて止めた。

「──ふふっ。これで私とお揃い」

「やったー」

 アタアフアは嬉しそうに飛び跳ねた。

 ハリアカはその様子を、少し離れた場所から見守る。軽く両腕を組むと、安心して軽く息をいた。

 そしてフイは、小さな花の刺繍がたくさん散りばめられた上着を脱ぐ。

「ハリアカ、これ持ってて!」

 走って押し付けるように、ハリアカに上着を渡すと、元の位置へ戻った。

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