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一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》  作者: 弥都 史誠
第三章

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6.胸を撃つ微笑みの花嵐。

「——オヤジさん、ご馳走様。美味うまかったよ」

 空になった器を店主に渡すと、ワイルアは女性の元へ急ぐ。

 店主の女性は、箱の中から一枚一枚丁寧に布を取り出して、店先に並べている。

 全て一点物らしく、同じ物は無い。

「——すまないが…」

「はい、いらっしゃいませ」

 若い女性の店主が、にこやかにワイルアを迎える。

「——あー、えっと…」

 ワイルアは店主に、何と伝えれば良いのか戸惑う。

(——ここはプレゼントを探している、と言えば良いのか? …それとも)

「何を探してるの? お土産?」

 店主はまた一枚、箱から色鮮やかな商品を取り出す。

「プレゼント…かな? あ、いや…その、撮影に使いたいんだ。衣装で」

 間違いではない。

 撮影が終われば、彼に記念に渡すつもりでいる。

「撮影…」

 店主は顎に手を置いて、腕を組んで呟く。

「——なら、写真映えした方が良いわね。どんな人?」

 少しハスキーな声で、ハキハキとした口調だ。

 ワイルアは「ハリアカとは真逆だな」と思った。

 店主に彼を形容して伝えるのは難しい。

「金髪で、青い目をしている。背はこれくらい」

 ワイルアは自分の鼻の高さに、手を並行に置く。

「——それで…とても静か…いや、違うな。笑うととても温かい気持ちになる人で…透明感があって…とにかく目が離せない人だ」

 それを聞いていた店主がクスクスと笑う。

「それって…本当にモデルさん?」

「も、勿論。ただ…一方的に頼んだから、来てくれるかは判らないけどね」

 ワイルアは店主の鋭い言葉に、人差し指で頰を掻きながら、苦笑いをする。

「それは随分な賭けね〜。で、どうする? 良かったら、選んであげるわよ」

 店主はワイルアの返事も聞かずに、大量の商品の中から、幾つかショールを取り出して行く。

「──これなんかオススメ」

 そう言って取り出したのは、真鴨や軽鴨のオスが持つ次列風切の羽根のように鮮やかな青色。

 絹を染めたと思われる糸を、複雑な幾何学模様に織る事で、見る角度によって緑色にも見える美しいショールだった。

「──これ、色をどうやって染めたのか判らなくて…再現が出来ないの」

 店主がショールを商品の上に乗せる。

「——あとは…これ!」

 見せられたのは、赤色の地に細かな刺繍やスパンコールが施された物だった。

 この国では赤色は、宗教上、女神を描く時に使われる。

 完全に写真のモデルは、女性だと思い込まれている。

 だが、どちらも美しいショールだ。

 ワイルアは他のショールも見る。が、ハリアカに似合いそうなのは、あの、初夏の北の大地で見た湖のような、青い瞳と同じダックブルーだろうと思った。

 それに青色をカメラで、思うように表現するのは難しい。これは自分への挑戦でもあった。

「そうだな…どれも良いけど、この青いのを貰うよ」

 ワイルアはバッグから財布を取り出す。

「ありがとう。でも、注意して。青色は色が抜け易いの」

 店主はダックブルーのショールを畳みながら、そう言った。

「え? そうなのか?」

「えぇ。この青色も、いずれは色が抜けてくすんでしまう。だから、良い写真を撮ってあげて。その人もこのショールも」

 ショールを紙袋にいれた店主は、ワイルアに金額を伝える。

「綺麗な青色なのに、もう再現出来ないのか…」

 ワイルアは支払いを済ませて、財布をバッグにしまうと、紙袋を受け取る。

「だからこそ、気に入ってくれた人に買って貰って嬉しいわ。素敵な人に身に付けて貰って、写真に残して貰って…そうしたら、これを織ったお婆ちゃんもショールも喜ぶ」

 店主は嬉しそうに、目を細めて笑った。

「──ここは凄い数の人でしょ? あなたみたいな観光のお客は一期一会。ここの商品も一点物ばかり。だから私は、この出会いは運命だと思ってる。勿論、彼女さん…あ、モデルさんともね」

 ワイルアは彼女の笑みと言葉に、苦笑いを浮かべる。

(『彼女』…では無いんだけどな)

「──ありがとう。良い写真が撮れそうだよ」

 やはり朝の市場は良い。

 昨日の午後も活気はあったが、熱量も客層も格段に違う。

 それに大河の様子も、朝は表情が違う。

 茶色く濁った水面みなもに、魚の鱗のような朝日が、白く幾重にも反射している。モーターを積んだ舟が、白波で直線を描き、疾走して行く。その航跡と共に上がる飛沫が、白波の間を跳ね上がっては、クリスタルの粒のように水面に沈んで行く。

 漁に出ている舟の数も、岸辺で網を引く漁師の数も、圧倒的に多い。

 舟から次々と荷揚げされる魚と、漁師たちの大きな掛け声。

「──コレだよ、コレ!」

 ワイルアは夢中で何度もシャッターを切る。

 漁師たちと仲買人たちや、商人たちの競りが始まる。

 何を言っているのかは、全く分からないが、獲れたばかりの魚がどんどん運ばれて行く。

 夢中で市場の様子を撮影して行く。

 次第に客層が、仲買人ではない一般客が増えていた。

 一旦、写真を確認する為に、カメラを下に向けると、影が短くなっていた。

 突如、昼休憩を知らせる市場のサイレンが鳴った。

「──な、何だ⁉︎」

 ワイルアは驚いて、その音量に左耳を肩で塞ぐ仕草を取る。

 サイレンが止み、商品に盗難防止用の網を掛ける店が出始めた。

 腕時計を見ると、正午を迎えていた。

「──もうこんな時間か」

 自分も休憩を取る事にした。

 再び屋台通りに戻り、昼食は地元では人気のスパイスの効いた、焼飯を食べた。

 焼飯を頬張りながら、カメラを構える。

 市場の者同士の屋台での会話も、様子も朝とはまるで違った。

 大きな板を何枚も重ねて、肩に担いだ少年が自転車に乗って現れる。そしてまた、その板に幾つもの料理の入った器を何段も乗せて、自転車で去って行く。

「──凄いバランス力だ」

 パシャリ、パシャリと何枚か撮影した。

 かといえば、肩から掛けた箱に器を乗せた女性が、市場の中を歩き回って、商人に料理を売っている。

「──やっぱりここは面白い」

 ワイルアは笑みを浮かべながら、午後の撮影でどんな一瞬を切り取れるかを思い描いた。

 腹を満たした午後からは、ハリアカを撮影する場所を探す事にする。

 市場の中が良いだろうか。

 河岸が良いだろうか。

 指を使い構図を探すが、なかなか良い場所が見つからない。

 市場の『動』とハリアカの『静』の対比を撮りたいと思えば思うほど、自分の思う構図が決まらない。

 場所を変えようとした時だった。

「おっと、ごめんよ」

「うわっ‼︎」

 通り道には人でごった返しており、避け切れずに、人とぶつかるのは日常茶飯事だった。

 ぶつかった少年が、こちらを振り返り、ニヤリと笑った。

「──あぁ、大丈夫だ。気を付けろよ」

 ワイルアがそう忠告すると、少年は人波に消えて行った。

 肩掛けバッグのストラップの位置を直し、河岸に降りてみる。

 河の流れで丸く削られた石が無数に転がり、足場が悪い。

 そんな場所でも、現地の住人たちは足を取られずに平気で歩いている。しかも靴ではなく、ビーチサンダルや皮のサンダルでだ。

 ワイルアはガリッガリッと音を立てて、市場から少し離れた場所に、堤防上から日陰を作るように迫り出した大樹を見つけた。

 幹が何本も絡み合って、一本の木のように見せている。その幹から何本もの気根が、カーテンのように垂れ下がっていた。

 誘われるように大樹に向けて、構図を取る。

 その四角の中に、金色の髪に生成りの民族衣装、ダックブルーのショールが浮かび上がる。

 次第に形を成したそれは、その樹の精霊のようなハリアカだった。

「──良し、この樹を背景にしよう」

 そう決めた。

 腕時計で時間を確認すると、間もなく約束した時間だった。

 石ころに足を取られながら、急いで市場へ戻る。

 階段を見付けて、堤防の上に登る。

 が、そこは見覚えの無い場所だった。

(──何処だ、ここは⁉︎)

 判らない。完全に迷子だ。

 時間が無い。

 とりあえず、堤防沿いを走った。

 ショールが入った紙袋が、ずり落ちて来た。それをしっかりと持ち直す。

(──上流から歩いて来たんだ。この先に行けば…)

 人波を逆らって、押し除けるように全速力で走る。

 一旦止まって、辺りを見回した。

 ワイルアは目を見張る。

 その目の先には──。

(──何で居るんだよ…)

「あ、見付けた‼︎」

 フイに手を引かれて、子供たちを連れたハリアカがいた。

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