6.胸を撃つ微笑みの花嵐。
「——オヤジさん、ご馳走様。美味かったよ」
空になった器を店主に渡すと、ワイルアは女性の元へ急ぐ。
店主の女性は、箱の中から一枚一枚丁寧に布を取り出して、店先に並べている。
全て一点物らしく、同じ物は無い。
「——すまないが…」
「はい、いらっしゃいませ」
若い女性の店主が、にこやかにワイルアを迎える。
「——あー、えっと…」
ワイルアは店主に、何と伝えれば良いのか戸惑う。
(——ここはプレゼントを探している、と言えば良いのか? …それとも)
「何を探してるの? お土産?」
店主はまた一枚、箱から色鮮やかな商品を取り出す。
「プレゼント…かな? あ、いや…その、撮影に使いたいんだ。衣装で」
間違いではない。
撮影が終われば、彼に記念に渡すつもりでいる。
「撮影…」
店主は顎に手を置いて、腕を組んで呟く。
「——なら、写真映えした方が良いわね。どんな人?」
少しハスキーな声で、ハキハキとした口調だ。
ワイルアは「ハリアカとは真逆だな」と思った。
店主に彼を形容して伝えるのは難しい。
「金髪で、青い目をしている。背はこれくらい」
ワイルアは自分の鼻の高さに、手を並行に置く。
「——それで…とても静か…いや、違うな。笑うととても温かい気持ちになる人で…透明感があって…とにかく目が離せない人だ」
それを聞いていた店主がクスクスと笑う。
「それって…本当にモデルさん?」
「も、勿論。ただ…一方的に頼んだから、来てくれるかは判らないけどね」
ワイルアは店主の鋭い言葉に、人差し指で頰を掻きながら、苦笑いをする。
「それは随分な賭けね〜。で、どうする? 良かったら、選んであげるわよ」
店主はワイルアの返事も聞かずに、大量の商品の中から、幾つかショールを取り出して行く。
「──これなんかオススメ」
そう言って取り出したのは、真鴨や軽鴨のオスが持つ次列風切の羽根のように鮮やかな青色。
絹を染めたと思われる糸を、複雑な幾何学模様に織る事で、見る角度によって緑色にも見える美しいショールだった。
「──これ、色をどうやって染めたのか判らなくて…再現が出来ないの」
店主がショールを商品の上に乗せる。
「——あとは…これ!」
見せられたのは、赤色の地に細かな刺繍やスパンコールが施された物だった。
この国では赤色は、宗教上、女神を描く時に使われる。
完全に写真のモデルは、女性だと思い込まれている。
だが、どちらも美しいショールだ。
ワイルアは他のショールも見る。が、ハリアカに似合いそうなのは、あの、初夏の北の大地で見た湖のような、青い瞳と同じダックブルーだろうと思った。
それに青色をカメラで、思うように表現するのは難しい。これは自分への挑戦でもあった。
「そうだな…どれも良いけど、この青いのを貰うよ」
ワイルアはバッグから財布を取り出す。
「ありがとう。でも、注意して。青色は色が抜け易いの」
店主はダックブルーのショールを畳みながら、そう言った。
「え? そうなのか?」
「えぇ。この青色も、いずれは色が抜けてくすんでしまう。だから、良い写真を撮ってあげて。その人もこのショールも」
ショールを紙袋にいれた店主は、ワイルアに金額を伝える。
「綺麗な青色なのに、もう再現出来ないのか…」
ワイルアは支払いを済ませて、財布をバッグにしまうと、紙袋を受け取る。
「だからこそ、気に入ってくれた人に買って貰って嬉しいわ。素敵な人に身に付けて貰って、写真に残して貰って…そうしたら、これを織ったお婆ちゃんもショールも喜ぶ」
店主は嬉しそうに、目を細めて笑った。
「──ここは凄い数の人でしょ? あなたみたいな観光のお客は一期一会。ここの商品も一点物ばかり。だから私は、この出会いは運命だと思ってる。勿論、彼女さん…あ、モデルさんともね」
ワイルアは彼女の笑みと言葉に、苦笑いを浮かべる。
(『彼女』…では無いんだけどな)
「──ありがとう。良い写真が撮れそうだよ」
やはり朝の市場は良い。
昨日の午後も活気はあったが、熱量も客層も格段に違う。
それに大河の様子も、朝は表情が違う。
茶色く濁った水面に、魚の鱗のような朝日が、白く幾重にも反射している。モーターを積んだ舟が、白波で直線を描き、疾走して行く。その航跡と共に上がる飛沫が、白波の間を跳ね上がっては、クリスタルの粒のように水面に沈んで行く。
漁に出ている舟の数も、岸辺で網を引く漁師の数も、圧倒的に多い。
舟から次々と荷揚げされる魚と、漁師たちの大きな掛け声。
「──コレだよ、コレ!」
ワイルアは夢中で何度もシャッターを切る。
漁師たちと仲買人たちや、商人たちの競りが始まる。
何を言っているのかは、全く分からないが、獲れたばかりの魚がどんどん運ばれて行く。
夢中で市場の様子を撮影して行く。
次第に客層が、仲買人ではない一般客が増えていた。
一旦、写真を確認する為に、カメラを下に向けると、影が短くなっていた。
突如、昼休憩を知らせる市場のサイレンが鳴った。
「──な、何だ⁉︎」
ワイルアは驚いて、その音量に左耳を肩で塞ぐ仕草を取る。
サイレンが止み、商品に盗難防止用の網を掛ける店が出始めた。
腕時計を見ると、正午を迎えていた。
「──もうこんな時間か」
自分も休憩を取る事にした。
再び屋台通りに戻り、昼食は地元では人気のスパイスの効いた、焼飯を食べた。
焼飯を頬張りながら、カメラを構える。
市場の者同士の屋台での会話も、様子も朝とはまるで違った。
大きな板を何枚も重ねて、肩に担いだ少年が自転車に乗って現れる。そしてまた、その板に幾つもの料理の入った器を何段も乗せて、自転車で去って行く。
「──凄いバランス力だ」
パシャリ、パシャリと何枚か撮影した。
かといえば、肩から掛けた箱に器を乗せた女性が、市場の中を歩き回って、商人に料理を売っている。
「──やっぱりここは面白い」
ワイルアは笑みを浮かべながら、午後の撮影でどんな一瞬を切り取れるかを思い描いた。
腹を満たした午後からは、ハリアカを撮影する場所を探す事にする。
市場の中が良いだろうか。
河岸が良いだろうか。
指を使い構図を探すが、なかなか良い場所が見つからない。
市場の『動』とハリアカの『静』の対比を撮りたいと思えば思うほど、自分の思う構図が決まらない。
場所を変えようとした時だった。
「おっと、ごめんよ」
「うわっ‼︎」
通り道には人でごった返しており、避け切れずに、人とぶつかるのは日常茶飯事だった。
ぶつかった少年が、こちらを振り返り、ニヤリと笑った。
「──あぁ、大丈夫だ。気を付けろよ」
ワイルアがそう忠告すると、少年は人波に消えて行った。
肩掛けバッグのストラップの位置を直し、河岸に降りてみる。
河の流れで丸く削られた石が無数に転がり、足場が悪い。
そんな場所でも、現地の住人たちは足を取られずに平気で歩いている。しかも靴ではなく、ビーチサンダルや皮のサンダルでだ。
ワイルアはガリッガリッと音を立てて、市場から少し離れた場所に、堤防上から日陰を作るように迫り出した大樹を見つけた。
幹が何本も絡み合って、一本の木のように見せている。その幹から何本もの気根が、カーテンのように垂れ下がっていた。
誘われるように大樹に向けて、構図を取る。
その四角の中に、金色の髪に生成りの民族衣装、ダックブルーのショールが浮かび上がる。
次第に形を成したそれは、その樹の精霊のようなハリアカだった。
「──良し、この樹を背景にしよう」
そう決めた。
腕時計で時間を確認すると、間もなく約束した時間だった。
石ころに足を取られながら、急いで市場へ戻る。
階段を見付けて、堤防の上に登る。
が、そこは見覚えの無い場所だった。
(──何処だ、ここは⁉︎)
判らない。完全に迷子だ。
時間が無い。
とりあえず、堤防沿いを走った。
ショールが入った紙袋が、ずり落ちて来た。それをしっかりと持ち直す。
(──上流から歩いて来たんだ。この先に行けば…)
人波を逆らって、押し除けるように全速力で走る。
一旦止まって、辺りを見回した。
ワイルアは目を見張る。
その目の先には──。
(──何で居るんだよ…)
「あ、見付けた‼︎」
フイに手を引かれて、子供たちを連れたハリアカがいた。




