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一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》  作者: 弥都 史誠
第二章

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3/15

3.手を伸ばす理由さえ知らずに、

「ねぇ…ハリアカァ」

 市場で買った形の悪いトマトを、桶に貯めた水で丁寧に洗う。

「はい?」

「明日、行くの?」

 洗ったトマトを、ハリアカに渡す。

「何処に?」

 トマトを受け取ったハリアカは、それをナイフで半分に割り切る。そして、器用に食べられない箇所を削ぎ落として行く。

「…市場」

「明日は買い出しには行きませんよ」

 もう一つ、トマトを洗う。

「違うよ。モデル、写真の」

 ハリアカはトマトを細かく刻みながら、「あぁ」と、さも、今思い出したかのように答える。

「行きませんよ」

 ハリアカは刻んだトマトを鍋に入れる。

 大きな鍋の中では、香辛料と共に煮込まれたスープがグツッグツッと、泡を弾けさせている。

「どうして?」

 洗い終わったトマトを渡す。

「行く必要を感じないから」

 受け取ったトマトを、同じように刻む。

「…あの人、悪い人じゃないと思うよ」

 ハリアカをあんなに綺麗に撮ってくれた人が、悪い人であるはずがない。

 元々、ハリアカは女の人みたいに綺麗だけど。それに一生懸命、謝ってくれた。

 そう思った。

「どうして、そう思うの? フイ」

 ハリアカは刻んだトマトを鍋に追加すると、レードルでスープをかき混ぜる。

 少ない具の鍋の底から、茶褐色のスープに沈んでいた豆が顔を出した。

 それと同時に、スパイシーな香りが濃くなり、食欲をそそる。

「…写真、見せてくれた」

 トマトが混ぜられる様子を見ながら、フイは少し不満気に、口を尖らせる。

「それだけ?」

「うん…」

 これは嘘。本当は違う。

 いつも自分の事は後回しで、自分たち、子供の事を最優先しているハリアカに、特別な体験をして欲しい。

 それにもっと綺麗なハリアカが見たい。

「なら、この話はお終い。フイ、お皿を用意して」

「うん…」

 自分たちがハリアカにお礼が出来る、絶好のチャンスだと思ったのに。

 フイは食器が入っている棚に向かう。

 ハリアカはスープの味見をして、満足そうに頷いていた。

「薪割り、終わったよ」

 厨房に、少年が入って来る。

「ありがとう、ランギ。夕食の準備が出来たから、みんなを呼んで来て」

 ハリアカは空いている釜戸の上に、香辛料で薄く味を付けただけの、細切れチキンが入った鍋を置く。

 布巾を手に取ると、両サイドに広がっているトマト鍋の取手を上げる。

 フイが食堂に使っている部屋に、食器と鍋敷きを持って行く。

 それを確認して、ハリアカはスープの入った大鍋を持ち上げた。

「——……」

 フイの言葉に、ハリアカは鍋を持ったまま立ち止まる。

 フイの言う通り、悪い人ではない、と思う。

 わざわざ勝手に撮影した事を、謝罪しにくるくらいの人だ。

 天満月あまみつつきが浮かんでいる空を思わせる瞳は、真摯だった。

 あの宵闇の瞳の奥に、ハリアカは未来を見た気がした。

 だが、ハリアカは頭を左右に振り、ワイルアの事を頭の中から振り払った。

「ハリアカ〜、お腹空いた〜」

「今、行くから待って」

 鍋を床に置かれた鍋敷きの上に乗せる。

 厨房に戻る途中で、集まった子供たちが、歓声を上げるのを聞いて、立ち止まり振り返る。

 子供たちは鍋を覗き込み、手で湯気を扇いで、思い切り匂いを嗅いでいる。

 フイが率先して、子供たちへご飯を配って行く。

 ハリアカは子供たちが夕食を気に入ってくれた事に安心して、厨房に戻った。

 チキンを温めて直して、子供たちの所へと戻る。

 鍋を囲むように子供たちは行儀良く、床の上に敷かれた絨毯の上に輪を描いていた。

 一箇所空いている場所があり、ハリアカはそこへ行くと、チキンの鍋を鍋敷きに置く。

「やったー‼︎ 今日はお肉がある〜」

 チキンの鍋に手を伸ばしたランギの手を、フイがパチンと叩く。

「──いてっ」

「ランギ、ダメ! みんな平等に分けるんだから!」

 フイが順番にチキンを配り、それが終わると、ハリアカが神に食前の祈りを捧げる。

「…神に感謝致します。では、いただきましょう」

「はーい」

「いただきまーす」

 子供たちは、一斉に皿の上のスープのかかったご飯を口に運ぶ。

 ハリアカはその様子を見て、少し遅れて静かに食べ始めた。

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