14.天《てん》の川の一つ星。①
ようやく子供たちと合流する。
門を潜り、寺院の敷地へと入る。
一歩足を踏み入れただけで、空気が澄んだものに変わった気がした。
ワイルアは一旦立ち止まって、ぐるりと目の前に現れた景色を見渡す。
右側に決して大きくはない──この国では標準的な大きさの白壁の寺院があった。その軒から吊り下げられた無数の蝋燭の灯りが、荘厳さを演出していた。
既に参拝者はおらず、寺院の奥の方から人の気配が微かに感じられた。
「あっちはお寺、こっちが私たちの家」
フイが指差しながら説明する。
「みんなは先にお家へ戻ってて。私は先生と管長の所に行って来るから」
ハリアカはそっとフイの肩に触れて、鍵を渡す。
「ワイルア、こっちよ」
フイは鍵を受け取ると左側にある、寺院より小さな建物へ向かう。
寺院と同じ白い石壁が、蝋燭の灯りに浮かび上がっていた。寺院と違うのは、玄関の扉に特徴的な模様が描かれている。
住民の暮らす家は豊かな色彩で塗られていたのに対し、朱と黒と白の三色のみで描かれている。その独特な模様は、ただの装飾に見えた。
だが、この何日かの滞在で、ここでは伝統的で、重要な意味が込められている事は分かった。
フイの案内で石畳を辿って、彼らの家へ向かう。
厳かな空気の中、そんな物は関係無いかのように、子供たちがふざけ合っている。その声と、ランギが持つスーツケースの車輪のガラガラという音が、星空へと消えて行く。
ワイルアは癖で、良い被写体は無いかと、あちこち見渡す。
ふと、夜空を見上げる。
世俗と切り離された、この空間から見るアラ・ウェトゥは、南の島で見たものより畏怖の念を抱かせた。
「さあ、入って!」
フイが扉を開けて、小さな灯りの裸電球が灯される。
「お邪魔…しま…す」
ワイルアはどんな声色で足を踏み入れれば良いのか戸惑う。
学生時代に、初めて異性の家へ行った時の気分に似ていた。
中は板貼りの床に、古い絨毯が数枚敷かれた広い部屋があった。
家具は小さなサイドボードが一つ。壁に装飾などは無く、彼らの生活の厳しさを物語っていた。
左側に更に部屋があるようだった。
「好きな所に座って!」
フイとアタアフアが定位置に座る。
「ワイルア。これ、ここに置くよ」
ランギがワイルアのスーツケースをサイドボードの横に置いた。
「あぁ、ありがとう。重たくなかったか?」
ワイルアは肩の三脚を降ろして、スーツケースの横に立て掛けた。
「これくらい平気だよ‼︎」
そう言って、跳ねるように仲間が座る輪に加わった。
ワイルアはまずカメラを首から外して、サイドボードの上に置かせて貰う。次にレンズの入った肩掛けバッグを丁寧に首から外す。
「ねえ! 写真見せて‼︎」
背後から誰が叫んだ。
「あ! そうじゃん、写真見せてよ」
それを皮切りに、次々と子供たちの合唱が始まる。
「ちょっと待ってくれ」
ワイルアは思わず苦笑いを浮かべる。
好奇心の塊となった子供たちのパワーを背中に感じる。
肩掛けバッグを床に置くか、サイドボードに置くか一瞬迷う。
中には少し無理をして買った、高価な望遠レンズが入っている。
ここには行動が予測出来ない子供たちがいる。
もし何かの拍子にサイドボードから落とされたら?
もし何かの拍子に蹴られたり、上に乗られたりしたら?
フイが制御係になって、止めてくれるだろうが、それでもハリアカと比べたら心許ない。
一旦、肩掛けバッグは床に置いた。そしてバックパックを降ろして、スーツケースを開ける。
衣類を片側に寄せて空間を作ると、そこに大切なレンズをバッグごと入れた。




