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一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》  作者: 弥都 史誠
第七章

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13.彷徨う琥珀色は、②

 再び市場に戻って来る。

 既に商品が片付けられた店がほとんどで、残った店主たちも片付けをしている。

 大声で、この後屋台で飲むか、どうするか、相談している声も聞こえる。

 朝に感じた、むせ返るようなスパイスや生魚のにおいも、ほぼ無くなっている。

 今居る場所から、ショールの店を見つける事は出来なかった。

 あの女店主が言っていた通り、ここでは自分のような異邦人は、人も商品も景色も一期一会なのだと思った。

 再び足を止め、少し後ろを歩くハリアカを見る。

 市場の様子を見ていた彼が、ワイルアが立ち止まった事に気付く。

「──三脚、やっぱり自分で持つよ」

 ワイルアが手を差し出す。

 ハリアカは不思議そうに見つめて来る。

「──自分の物だからね」

 彼には、女店主が「この出会いは運命」だと言っていたショールだけを持っていて欲しいと思ったのは依怗えごだろうか。

 ワイルアは半ば強引に、ハリアカの肩から三脚を降ろす。

 ハリアカは少し眉尻を下げて、ワイルアへ三脚を渡した。

 受け取った時に触れた彼の指先が、冷たく感じる。

 そんなつもりでは無かったのだが、折角近付いた心が、再び離れてしまった気がした。

「でも…重くない? だって…」

 ハリアカの視線は、ワイルアが背負っているバックパックを見ている。

 ワイルアは大きなバックパックを背負い、レンズや小物を入れた肩掛けバッグ、大きな一眼レフカメラを首から提げている。

「これくらい、いつもの事だよ」

「いつも?」

 ワイルアは三脚を肩に掛ける。

「早く行かないと、あの子らに置いていかれてしまうぞ」

 ワイルアは顎で、先を行く子供たちを指し示す。

 ハリアカが見ると、先頭を行くフイとアタアフアは夕暮れの闇に消えそうな程、遠くにいた。すっかり市場からは抜けている。その少し後ろに二〜三人、更に後ろにワイルアのスーツケースを持つランギと残りの子供たちが居た。

「……あっ」

 ハリアカは小さく呟いた。

 そしてワイルアを見て、頷いた。

 子供たちに追い付くように、少し歩みを早める。

「──いつも、そんなに大荷物なの?」

 ハリアカは遠慮がちに、ワイルアに問いかけた。

「まぁ、そうだなぁ。カメラとレンズ、三脚、ノートパソコンは必需品だから…、いつもこれくらいの荷物は当たり前かな」

 ハリアカは写真家の仕事が、如何に重労働なのかを知った。

 それがきっかけになり、ハリアカは彼の事をもっと知りたくなっていた。

「今まで、どんな所に行ったの?」

「俺はまだ駆け出しだから、あまりあちこちには行ってないけど、南の島から北の大地まで行ったよ」

「今回は、どうしてここを選んだの?」

「単純に面白そうだと思ったんだ。首都はあんなに発展しているのに、ここは何十年も遅れたような生活をしている。そんな街が国中あちこちにある。そこの住人がどんな生活をしているのか、知りたかったんだ」

「ここが…面白い…」

 ハリアカはその感覚が判らず、考え込むように呟いた。

 物心ついた時には、ここで暮らしていた。

 この辺境の貧しい街が、面白いと思った事など無かった。

 それをこの人は「面白い」と言う。

 もし自分も他の土地を見れば、そこが「面白い」と感じるのだろうか。

 市場を抜けて、住宅街に入る。

 市場の混雑が、時間を経てこちらに移って来たようだった。

 築年数など判らない程古く、修繕も追いつかないような壁や窓がある、間口の細い二階建て、三階建ての家が続く。

 このほとんどが、市場で働く人々の住居だ。

 ただ、不可触民が住んでいる家にもかかわらず、外壁はピンクや水色といった色で塗られている。

 それがまたワイルアの嗅覚が、ここを選んで間違いなかったと確信させた。

「あぁ、面白いね。何より人々の生命力が段違いだよ。でも一番感じたのは…」

 きみと出会った事だ。

 人生観も信念も、全部ひっくり返されてしまった。

 しかし、ワイルアは言い淀む。

 それを伝えるのは、今じゃない気がした。

「──いや、何でもない」

 思考を振り払う為に、ワイルアは頭を左右に振った。

 そのワイルアの行動に、ハリアカは抱えているショールを握りしめた。

 彼の答えを期待してしまった。

 一番感じたのは、自分と出会った事だ、と答えてくれると。

 微かに感じている恐怖の正体を、拭い去ってくれると思った。そうすれば、彼のポウリウリ(夕闇)の瞳の奥にある、暖かなテ・アオ・マラマ(光の世界)に包まれると思った。

 そんな自惚れが嫌になって、小さく溜め息を吐いた。

 何故か悲しくなって、胸がしくしくと痛んだ。

 住宅街の一番奥に、明らかに住居ではない小さな門が見えて来る。

 先に到着した子供たちが、その前で待っていた。

「早く、早く〜〜‼︎」

 フイの叫び声が聞こえた。

「今、行くよ!」

 ワイルアが叫んだ。

「──走れる?」

 ワイルアがハリアカに問う。

「う…うん。でも…」

 ハリアカは頷くが、ワイルアの持つ大きな荷物を上から下に、その青い瞳を滑らす。

「──でも、あなたは大丈夫なの?」

「俺? 俺は無理! あははは…‼︎」

 ワイルアは豪快に笑った。

 ハリアカも釣られて笑う。

「ふっ、ふふっ。何それ」

 ハリアカはワイルアの黒いTシャツの、腰の部分を後ろから、恐る恐る少しだけ摘む。

「──私はあなたと一緒に…」

 ハリアカはふっと笑ってワイルアを見る。

 ワイルアの驚いたように見開いた目と合った。

「──歩いて行くから」

 ワイルアもふっと笑い返す。

「あぁ、ありがとう」

「もう! 何やってんの⁉︎」

 フイが再び叫ぶ声が聞こえて来る。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 門の内側から光が漏れて、子供たちの黒い影が飛び跳ねていた。

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