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一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》  作者: 弥都 史誠
第六章

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12. 花鳥使《かちょうし》の放つ寂光《じゃっこう》。

「ハリアカ! ホロピト、一口ちょうだい‼︎」

 ランギがフォークを握って、ハリアカの元へやって来る。

「うん、持って行って。熱いから気を付けてね」

 ハリアカがホロピト入りのラム肉の皿をランギの前に移動させる。

「ハリアカ、ラム肉にしたんだ!」

 マオランの中身を見たランギが少し興奮気味に肉を崩す。

「──うわーっ、からそうな匂い‼︎」

「でも、食べたかったんでしょ?」

 ランギとハリアカの楽しそうなやり取りを、ワイルアは何枚か切り取った。

「よし、俺もいただくとするか」

 撮影に満足したワイルアは、ハリアカの右側の席へ戻って来る。

 カメラをケースにしまう。

「──冷めちゃったかな?」

 ワイルアはハリアカに寄り添うように身体を近付けると、内緒話をするように耳元でそっと問う。

 耳元で響いたワイルアの低いレオ・マーハナ(あたたかな声)

 ハリアカの胸を包み込むように響く。

 それは熱い蒸し料理を食べているからではない。

「大丈夫。ちょうど良いくらいだと思う」

 言葉を交わすだけで、心臓に心地良い痺れが走る。

「それは楽しみだ」

 ワイルアは機嫌良く右手にフォーク、左手にスプーンを持つ。

 選んだポークの塊肉をスプーンで押さえて、フォークで崩してみる。

 柔らかく蒸された肉は、繊維に沿って簡単に崩れた。

 脂が滲み出て、マオランの中に香草スープを作る。

 肉をフォークに突き刺して、まず香りを嗅いでみる。

 大蒜にんにくと生姜と塩と、肉本来の香りがした。

 ふーふーと息を吹きかけて、少し冷ます。口に入れると、大蒜と生姜の香りが鼻を抜ける。味はシンプルな塩味と少々のスパイスだった。

 化学調味料やソースの味は一切しない。

「──美味い」

 これが素材本来の味か。

「ハリアカー!、これからい‼︎」

 ランギがハリアカの左側の通路で、肉を落とさないように、口をはふはふとさせている。その口からは湯気が出ている。

 熱さとからさで、なかなか飲み込めない。

 ランギは誤魔化す為に、ジャンプしながらクルクルと回り始める。

 それを見た子供たちが声を上げて笑う。

 ワイルアも食事をしながら、ランギのダンスを見て笑う。

「大丈夫? はい、お水」

 ハリアカが水の入ったプラスチックのコップを、ランギに差し出す。

 ランギはそれを受け取ると、水と肉を腹に流し込んだ。

「まだ口の中がヒーヒーするよ‼︎」

 ランギはもう一口、水を飲むと、ハリアカにコップを返す。

 そして座っていた席へ戻ると、自分の蒸し鶏を右手の指先で摘んで千切ると口に運んだ。

 ハリアカはやっと自分の蒸し料理に手を付ける。

 左手でフォークを持ってラム肉を押さえて、右手で肉を摘むと、簡単に崩れた。

 それを口に運ぶと、蒸されたホロピトの甘い香りと、肉の臭みを抜く為の香草の香りがふわりとした。

 舌にはピリピリとしたホロピトとスパイスの刺激。

「うん、本当、からい」

 ハリアカは肉を味わいながら、肩を竦めて笑った。

 いつも子供たちの味に合わせている為、本当に自分の好みの味で物を食べるのは、いつ以来だっただろう。

「…ケホッ、んっ」

 隣のワイルアが、咽せて咳をした。

 見ると、薄らと目に涙が滲んでいる。

「──スパイスが…喉に…来た」

 ワイルアは苦しそうに、声を絞り出す。

「——でも美味うまい」

 ハリアカは、彼がこの国の料理を受け入れてくれたことが、何故か嬉しかった。

 ワイルアはじっくりと蒸し肉を味わう。

 やはり昼に食べた焼飯に、ホロピトは入っていたようだった。

 鼻から辛みとほんのり混じったフルーツの甘みが抜けて行く。

 蒸し料理を味わいながら、テーブルに並んで座る子供たちを眺める。

 フイがフォークの柄を上手持ちから、人差し指を柄の部分に置く持ち方に変えて、苦戦していた。

 他の子供たちは皆、柄を握っている。

 フイだけが、自分のカトラリーの持ち方を真似ているのが分かった。

 ハリアカの手元を見ると、彼は左手にフォークをきちんと持っていたが、右手は素手で手食をしていた。

 フイだけが自分の真似をしている事が、好奇心旺盛で大人びた彼女らしいと思った。

 フォークの柄に人差し指を添えた持ち方で、上手く肉を突き刺す事に成功したフイが、小さく「やったぁ」と呟いて笑った。

 それを口に運ぶが、大き過ぎて一口で入らない。結局フォークの柄を握って、チキンをかじった。

「ねぇ、ワイルアァ。お金、無くなっちゃって、これからどうするの?」

 握ったフォークの肘をテーブルに乗せたまま、フイはワイルアに問う。

 そして、もう一口、チキンを頬張った。

「あー、それなぁ…」

 気分を切り替えた、とは言ったものの、現実問題は解決した訳ではない。

 心の何処かで明日からどうするか、思案はしていた。

 ビザの期限まで滞在するつもりだったが、宿泊費が保ちそうにない。

 航空機代を差し引くと、あと一週間居られるかどうか…。

 この辺境の街から出て、外貨を扱っている銀行を探す手もある。

 それよりも──。

 ワイルアはポークを口に入れながら、ハリアカをチラリと見る。

 彼は咀嚼しながら、手で顔を仰いでいた。しかし、顔に汗が浮かんでいる訳でもない。口腔内の熱さとからさを楽しんでいるようだった。

「お金、無いならウチに来ればぁ?」

「お! それ、良いじゃん‼︎」

 フイの提案に、ランギが即座に反応した。

「──お寺の方で泊まれるもん」

「宿坊ね」

 ランギの言葉に、フイが言い直す。

「あぁ、それそれ‼︎ あそこならタダで泊まれるよ」

「ご飯代は出るよ」

 再びフイが訂正する。

「ちょっと、フイ! ランギ!」

 急な二人の掛け合いに驚いたハリアカが、間に入ろうとする。

 ハリアカは二人の話に、ワイルアがどう思っているのか心配になる。

 恐る恐る、ゆっくりと彼へ視線を移す。

 彼は一旦食事を中断している。腕を組み、右手を顎に置いて思案していた。

「あ…あの子たちの言う事を…」

 聞く必要はない。

 そう続けようと思った。

 しかし、口をつぐんで、両手を膝に乗せて上着の裾を握って行く指先を見ている事しか出来なかった。

 溜め息が漏れた。

「ねえ、ワイルア行っちゃうの?」

 声のする方を見ると、ワイルアの横にアタアフアが立っていた。

「…うん、そうだなぁ」

 ワイルアの大きな手が、アタアフアの赤茶色の頭を撫でる。

 まだ答えは出ていない。どうする事が一番良いのか、何を最優先するべきなのか。

 ワイルアがハリアカの方へ振り返る。

 一瞬目が合うと、ハリアカは再び俯き、膝の拳を見つめる。

 ワイルアはその拳を、そっと包み込む。

「──俺は大丈夫だよ。何とかする」

 本音は大丈夫なんて保証は無い。

 正直言って、子供たちの申し出はありがたかった。

 宿代は節約出来るし、何よりハリアカと、一緒に居られる時間が伸びた。

「ねぇ、ウチに来てよ」

 アタアフアの小さな手が、ワイルアのデニムを掴んで揺らす。

「……良かったら、来て…ウチに」

 ハリアカは勇気を振り絞って、そう呟いた。

 ワイルアは目を見開く。

「えっ、良いのか?」

 ハリアカは大きく頷いた。

「ウチの孤児院はお寺の中にあるの。そこには宿坊があるから…そこで良ければ」

 ワイルアの武骨な手に包まれる拳から、彼の顔へと視線を移す。

 彼のポウリウリ(深い闇色)の瞳と交わり、頬が熱くなった。

「やったーー‼︎」

 ハリアカの言葉に、子供たちが互いに手を叩いて喜ぶ。

「ねぇねぇ、いつ来る? 今日から?」

 アタアフアが声を弾ませて、ワイルアの横の椅子に膝を立てて乗ると、首に抱き付いた。

「おぉーーっ‼︎」

 バランスを崩したワイルアは、椅子から落ちないように、アタアフアを抱きかかえる。

「あっ‼︎」

 そして、ハリアカがそのワイルアを後ろからしっかりと支える。

 その筋肉質の背に触れたハリアカの心臓が、再びドキリと跳ね上がった。

 ワイルアのポウリウリ(闇色の瞳)が──。

 否、心に入り込んだ彼のテ・アオ・マラマ(光の世界)の一雫が、身体の中に満ちて行くのを感じた。

 その光の中で彷徨っても、彼はしっかりと手を掴んでくれるだろう。

 昨日感じた恐怖は、彼への恐れではない。自分が変わるのが恐ろしかったのだ。

「そうだなぁ…」

 ワイルアはアタアフアを落ちないように抱いたまま思案する。

 そんな彼を無視して、蒸し鶏を食べていたフェヌアは急かす。

「今日から来なよ〜。写真見せてくれよ」

「そうだよ! 写真見せてよ」

「ハリアカだって見たいだろ⁉︎」

 フェヌアに名を呼ばれて、ハリアカは慌ててワイルアから離れる。

「えっ⁉︎」

 すると、ワイルアとアタアフアが大きな音を立てて、地面に転がった。

「痛ってー」

「あはははーー‼︎」

 ワイルアの上で、アタアフアは大きな口を開けて笑っていた。

 その大きな音で、驚いた大勢の通行人が足を止める。

「大丈夫…そうだな」

 ワイルアは地面に胡座をかいたまま、アタアフアの服の埃を払う。

 騒ぎが大した事で無いと分かった通行人たちは、それぞれの目的地へと去って行った。

「ごめんなさい…」

 ハリアカは両手で口を覆って謝罪する。

 そのハリアカにワイルアは笑顔を向ける。

「よし、決めた。今日からしばらく世話になるよ」

 ワイルアはハリアカに向かって、親指を立てた。

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