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一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》  作者: 弥都 史誠
第五章

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10/15

10.心を射抜く天の神の祝福。

 ハリアカはカメラに向かって──いや、男に向かって微笑んだ。

 ハリアカの中で、何かが変わろうとしていた。

 世界は広い──。

 こんなにも純粋で、不器用で、それでいて直向ひたむきで『熱』のある人が居るとは。

 この貧しい国の片隅で生きる人々とは、違う熱を持った人。自分とは、出会うはずの無かった人。

 何かが変わる、そんな予感がした。

 ワイルアに向けて笑うハリアカを見たフイが、そっと耳打ちをする。

「ね? あの人、悪い人じゃなかったでしょ?」

「えっ?」

 ハリアカは咄嗟にフイを見る。

 心の中を覗かれた気がして、ほんの少しだけ気まずかった。

 フイは得意の歯を見せた、笑顔を向けていた。

「──うん、そうね」

 彼の持つポウリウリ(夕闇)の瞳には、この世界がどう映っているのだろうか。

 その瞳の奥に宿るテ・アオ・マラマ(光の世界)は、あまりにも眩しくて、でも目を逸らす事が出来ない。

 手を伸し、触れようとすれば、それは脆く壊れてしまう気がした。

 ハリアカの胸に、その欠片が落ちて突き刺さったように痛んだ。

『きみじゃなきゃ駄目なんだ!』

 彼がそう叫んだ意味が、判ったようで判らない。

 そのもどかしさが、深く深く胸をえぐる。

「ねぇ、ハリアカ…あれ」

 ハリアカはアタアフアが指差す方を見る。

 河波がワイルアの背後に、迫りつつあった。

 周囲の住民たちも慌ただしく、堤防へと向かい始めていた。

「みんなは先に行って。ランギとフイの言う事を聞いて、ね?」

 ハリアカはもう一度、子供たちを抱き締めた。

「タプの樹の下で待ってるよ」

「うん、ランギ。気を付けて」

 子供たちを先に河岸から上がるように言ったハリアカは、急いでショールを畳む。

「え? どうしたんだ?」

 急に周囲がせわしなくなった事に、ワイルアは戸惑う。

 ハリアカが近付いて来て、ワイルアの手を取る。

「急いで」

 ハリアカの青い目に、緊張が走っていた。

「ちょ、ちょっと待って」

 ワイルアはハリアカから手を離すと、慌ててカメラをケースにしまう。

「──何が起こったんだ?」

 カメラがしまわれた事を確認したハリアカが、再びワイルアの手を取り、引っ張った。

「もうすぐ夕潮ゆうちょうの時間の合図」

 ハリアカが珍しく早口で伝える。その口調が今、緊急事態だと知らせている。

「夕潮?」

 初めて聞く言葉に、ワイルアは問い返す。

 やはり拳大の丸い石で埋め尽くされた上は歩きにくい。

「この河は大きいから、潮の満ち引きの影響が大きい」

 ハリアカはワイルアの方へ振り返らず、ひたすら堤防の階段へ急ぐ。

 階段の下には、市場の方へ上がろうとする人々でごった返していた。

「──早くしないと、あっという間に河の水位が上がってしまう」

 ハリアカは子供たちの姿を探す。が、見当たらない。

 既にタプの樹の下に、辿り着いていれば良いのだけれど…。

 突如、サイレンが鳴った。

 昼休憩の時の物とは違う、緊急を知らせる音だった。アナウンスが「早く岸から上がれ」と繰り返す。

「ハリアカー‼︎」

 頭上から名を呼ぶ声が聞こえて、ハリアカとワイルアは上を向く。

 ハリアカは安堵して、肩の力を抜いた。

 堤防の上から子供たちが顔を覗かせて、手を振っていた。

 ワイルアは河の方へ振り返り、目を見開く。

 先程まで自分が立っていた場所は、既に水に飲み込まれていた。

 背筋に冷たいものが走る。

 河波が迫って来ている。

 やっと自分たちの順番が来て、ハリアカがワイルアの手を引いて、急いで階段を登る。

 ワイルアの眼前に、ハリアカに掴まれた自分の手がある。

 この階段を降りる時は、彼の手を引いていた。

 あの時、遠慮がちに握り返された彼の白く細い手が、今は頼もしく感じる。

 階段を登り切り、子供たちと合流する。

「皆んな、揃ってる?」

 ハリアカは集まって来た子供たちの頭を撫でて行く。

「うん、皆んな居るよ」

「ちょっと危なかったね」

「間に合わないかと思って、ドキドキしちゃった〜」

 アタアフアがハリアカの足に抱き付いた。

「ごめんね。私がもっと、ちゃんと見ていなきゃいけなかったのに…」

 階段から誰も登って来なくなり、しばらくして人々の歓声が上がった。

 河下から横一直線を描いた大きな波が、登って来ていた。

「良いの、今日はハリアカの特別な日なんだから!」

 フイがアタアフアを、嬉しそうに後ろから抱く。

「あ…えっと…ハリアカ?」

 ハリアカの背後から、ワイルアが遠慮がちに声を掛ける。

 呼ばれたハリアカは、ビクッと身体を震わせると振り返る。

 困ったような顔で、人差し指で頬を掻くワイルアが居た。

 彼から名を呼ばれたのは、初めてかもしれない。

「──手…」

 そう言われて、ハリアカは慌てて掴んでいたワイルアの手を離した。

 その手を胸の前で隠すように合わせた。

「あっ、ごめんなさい。…っ、気付かなくて…」

 顔が熱い。

 ワイルアの顔も見れない。

 心臓の音が、心の奥の方が、大河の潮汐のように、一気に何かが駆け上って来るのを感じる。

「ねえ、写真見せて〜」

 そんなハリアカの心中などお構い無しに、フイはワイルアに甘えるように頼む。

「ハリアカ〜、お腹空いた〜」

 子供たちの声で、我に返る。

 市場の古い時計を見ると、すぐに戻らなければ夕飯の時間に間に合わない。

「あ…、ごめんなさい。もう戻らないと…」

 そう言って、ハリアカはダックブルーのショールをワイルアに差し出した。

「それは、きみへプレゼントするよ」

 最初から渡すつもりだった。

 しかし今は、もう会えないかもしれない彼に、ショールを見る度に思い出して欲しかった。

 俺を──。

 自分には写真がある。

 例え、ショールの青色が褪せてしまっても、俺の顔を忘れてしまったとしても、俺と過ごした僅かな時間は、永遠に覚えていて欲しかった。

「でも…」

 ハリアカの声にも名残り惜しさが滲む。

 しかし、心は違った。

「記念に」

 ワイルアは少し寂しそうに笑った。

「じゃあ…」

 今まで、名前以外で初めて他人から贈られたもの。

 ハリアカはショールを大事そうに掻き抱く。

「──ありがとう…」

 嬉しくて、涙が出そうになるのを誤魔化す為に俯く。

 口元に自然と笑みが浮かんだ。

「ハリアカ〜、写真見たい〜」

「私も‼︎」

 フイとアタアフアがハリアカに強請ねだる。

「ハリアカ、お腹空いたよ」

 子供たちが口々にする要求に、ハリアカは困ってしまった。

「……写真はまた後で。今日は帰りましょう」

「えー、ヤダヤダ」

 フイはアタアフアに抱き付いたまま、身体を左右に振る。

「ヤダヤダ〜」

 アタアフアもフイに続く。

 ハリアカは助けを求めるように、ワイルアを見る。

 目が合ったワイルアのポウリウリは、優しい光を放っていた。

 その光に、ハリアカの心も揺れる。

 このまま…否、あと少しで良い。一緒にいたいと。

「よし、俺が夕飯をご馳走してやるよ。その時に写真も見よう」

 ワイルアはそう言うと、フイにウインクをした。

「それは…」

 ハリアカが断ろうとすると、フイとアタアフアが飛び跳ねて喜びを爆発させる。

「やったー‼︎」

「えー! 本当⁉︎」

「俺、蒸し鶏が食べたい」

 他の子供たちも集まって来て、ワイルアを囲む。

「あぁ、良いよ。好きな物、食わせてやるよ」

 外食などした事が無い子供たちは、早く行こうとワイルアを急かす。

「ちょっと…皆んな、待って」

 ハリアカは今までにない子供たちの行動に、対処し切れない。

「はい、ハリアカも行こ」

 ハリアカの後ろから、フイとアタアフアが押す。

「何が食べたい?」

 ワイルアが立ち止まり、こちらを見ていた。

 重いカメラを首から下げている所為なのか、少し猫背気味の反り腰で、デニムのポケットに手を入れていた。

 少しゆったりとした黒いTシャツの半袖から伸びる腕は、自分より遥かに男らしく筋肉が付いている。

 彼の仕事が重労働である事を物語っていたと同時に、その立ち姿に妙な魅力を感じてしまった。

「え…っと……、ホロピトの蒸し料理…」

 ギュッとショールを握って、俯く。何だか自分の趣向を知られるのが恥ずかしかった。

「ハリアカ、からいの好きだもんねー」

 フイが楽しそうに笑う。

「意外だな」

 ワイルアは屈託の無い笑顔でハリアカを見つめる。

「──でも美味そうだ」

 そう言うと、ランギがワイルアに近付いて見上げる。

「ホロピト知ってる? 生で食うとめちゃくちゃからいんだよ! でも乾燥させるとリンゴみたいな匂いになるんだよ!」

 ワイルアは昼食で食べた焼き飯を思い出す。味はからかったが、香りは甘かった。

 もしかしたら、そのホロピトが入っていたのかもしれない。

「そうなのか。じゃあ、それ食うか」

「少ないやつならね」

 ランギはそう言うと、身を翻して他の子供たちの元へ行く。

 そして屋台通りへと先導する。

「ランギ、待って! 人さらいに連れて行かれても知らないから‼︎」

 フイはそう叫ぶと、アタアフアの手を引いて、ランギたちの元へ駆けて行く。

 ワイルアはその様子を微笑む。そしてハリアカの方へ振り返る。

 少し上目遣いのハリアカと目が合った。しかし、彼はすぐに視線を逸らしてしまう。

 キュッとショールを握って胸に抱き、その頬が赤く見えるのは、夕陽の所為ではない。

「さあ、行こう。置いていかれるぞ」

 デニムのポケットに入れていた手を差し出された。

 ハリアカは静かに歩を進めて、ワイルアの手を取った。

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