88ヴァニタス王と取引を2
彼が言葉を紡ごうとするより先に弟のカレヴィさんが口を開いた。
「それはこちらの言いたい事です。実は、プロシスタン国の皇太子であるイエンス殿下の契約竜であるペッカルが捕らえられました。我々は助けたければカイヤートを殺せと脅されている。だからあなたはこのまま帰ればいい。言ったようにリガキスの事は絶対条件です。そのかわり彼を殺しはしません。これならばいいでしょう?」
私が反応するより早くカイヤートが「クッソ!あいつの仕業か。あのまま黙っているはずがないとは思っていたが。あいつ、こんな汚い手をつかやぁがって!!」
くぐもった声ながらカイヤートは火が付いたように怒りを爆発させる。
おかげで雷魔法が水晶玉の中で炸裂し、そのせいでカイヤートはぶっ倒れた。
「カイヤート?」
私は走り寄ってヴァニタス王が持っている水晶玉に近づく。
視線がヴァニタス王を捕らえる。
王は魔力を纏わせているのか顔には銀色の鱗が浮かび上がっていてかなりいかつい形相になっている。
ひゅっと息を吸い込んだ。
恐い。
でも、そんな事に構っている暇はない。
すっと視線を反らして手のひらに乗った水晶玉の中を覗き込む。
「カイヤート?」
彼はすぐに振り向いた。ぐったりした身体で私を見る。
私はたまらず織り込んだ指をぎゅっと握りしめる。
小さくなったカイヤートが心配ないと無理にほほ笑んだ。
「セリ、心配するな」
会話は出来る。
脳内で瞬時に何をすればよいか考えを組み立てる。
「ヴァニタス王。私がここに残れば彼は元に戻して国に返してくれるんですか?」
ヴァニタス王が驚いた顔でこちらを見る。そして嬉しそうに言う。
「ああ、セリが残るなら王の名に懸けて誓おう」
「いや、兄上。それではペッカルが‥セリ殿は国帰っても皇族ではない。狙われることもないはず。ここはカイヤート殿をここに置いておくべきです!」
何やら二人の間では意見が違うようで。
これはまずいんじゃ?
ヴァニタス王の気が変わらないうちにと私の気持ちは決まった。とにかく今は彼を助ける事が一番だ。
小さな声でカイヤートに話しかける。
「私はここに残る」
「ばか!そんな事。俺はどうなったっていい!」
「もう、あなたを信じてるからするんじゃない。あなたが帰れば私を助けに来ることもできるはず」
はっとした顔でカイヤートがうなずいた。
「ヴァニタス王。わかりました。私はここに残ります。但し治癒師としてです。それを約束していただけるなら」
「もちろんだ」
「では、ヴァニタス王。彼を元に戻して無事にプロシスタン国に返して下さい」
「ああ、約束しよう。ビーサンにこいつを送り届けさせる」
「ですが‥」
「しつこいぞカレヴィ!!」
怒ると魔力が放出されるらしいヴァニタス王に弟のカレヴィさんも黙った。
そしてまた紫色の光が現れカイヤートが元の姿に戻った。
「カイヤート‥無事?」
私はカイヤートに抱きつく。
ひしひしと伝わる彼の体温にゆるゆると彼に身体を預けてしまった。
ぐっと抱き込まれた姿勢でカイヤートがヴァニタス王に叫ぶ。
「ヴァニタス王。取引したい。俺が帰ってペッカルを無事連れ戻ったらセリを返してもらうぞ!」
ヴァニタス王がほくそ笑むようないやらしい笑みを浮かべる。
「獣人ごときが俺に指図をする気か?俺があいつに手こずっていると?まあ、いいだろう。あのうるさいハエを叩きつぶしてペッカルを取り戻せたら考えてやってもいい。だが、俺をあまり甘く見ない方がいいぞ」
ヴァニタス王はそう言うとまたぶわっと魔力を私達にぶつけた。
いきなり突風が吹いたみたいに私たちの身体が宙に浮く。
カイヤートが私を抱いたままバランスを取って床に着地した。
「それはこっちのセリフだ!」
ヴァニタス王が楽しそうにまた指先を伸ばしかけたので私は声を荒げた。
「ヴァニタス王。いい加減にして下さい!」
ヴァニタス王の力は本物だ。彼がその気になれば私たちはひとたまりもない。
それに他の竜人たちも彼の力にはかなわないみたい。
それにしても‥何でもカイヤートは過信しすぎよ。物にはほどほどって事があるんだから!
ったく!男ってこういうところばかよね‥でも、うれしい気持ちもあるけど。
ヴァニタス王が怒鳴り声を上げる。
「ビーサン!いいから目障りなこいつを早く連れて行け!」
「ははっ」
人型のビーサンがカイヤートに走り寄る。
カイヤートはもう一度私の耳元で囁いた。
「すぐ、迎えに来る」
「うん、でも、無理しないでよ」
「セリ、愛してる」
「私も愛してる」
「とっととしろ!!」
こうしてカイヤートはビーサンと共に城を後にした。




