87ヴァニタス王と取引を1
「セリ、そろそろ帰ろうか」
カイヤートが言った。
「ええ、魔呪獣も無事に獣人に戻ってるらしいし、そうなるとコニハのお父さんを探さなきゃね」
「ああ、これから忙しくなるな。もう、降誕祭の魔呪光の儀式も必要ないだろうしそうなると俺すぐにでも結婚出来ると思うから」
「すぐに結婚?それはちょっと‥色々忙しいのよ。そんなの後でいいじゃない」
「はっ?セリ。俺との結婚が後回しってどういうことだ。俺は何より真っ先に結婚したいんだぞ!」
「‥そんなに怒らなくたって」
私はちょっとカイヤートから距離を取った。
そこにすかさずヴァニタス王の腕が回された。
ぐっとヴァニタス王の方に引き寄せられて王は私と向かい合わせになった。
「セリ、実は話がある。君はとても素晴らしい女性だ。どうだろう。このままここに残ってこの子の専属の担当医になってはくれないか?いや、君はこの子の命の恩人だ。ほら、このピオルの目を見てくれ」
ピオルは赤ちゃんドラゴンの名前だ。
ピオルはずっと目を開けていなかったが、意識がはっきりして目が覚めたのかつぶらな瞳で私をじっと見つめている。
か、かわいい。
その身体はまだ柔らかな鱗と産毛でおおわれていて色は薄いピンク色だ。まだ何色の竜になるかははっきりしていなくて数か月後に鱗が硬くなって行くうちにはっきりするらしい。
つぶらば瞳は紫色でとってもきれい。歯はまだ生えていなくて人間と同じようにミルク飲む。
どんな生き物でも赤ちゃんはほんとに可愛い。
「ほら、セリ。君を頼っているだろう?こんな幼気な赤ん坊を放っておくなんてセリには出来ないだろう?君だってわかってるだろう?まだ油断はできない状態だって。どうだ?」
「まあ、確かにこの赤ちゃんの事は心配ですしもう少しここにいて様子をみてもいいとは‥」
「ずばり言う。セリ、この子の母親代わりになってくれないか?どうだ?それとも私の第七妃として迎えてもいいぞ」
はっ?今なんて?
妃に迎えたい?それも七番目の?ふざけてんのこのおっさん!!
カイヤートが手のひらで魔力を練っている。小さな稲妻が手のひらに発生した。
「おっさん!何言ってんだ?セリは俺の番だ。俺の唯一なんだからな!!」
そう言うとその稲妻をヴァニタス王に投げつけた。
ヴァニタス王はその稲妻を瞬時に圧縮して空中爆発させた。
ものすごい力‥‥
「ヴァニタス王。それは無理かと‥カイヤート。これ以上誤解されても困るしそろそろ帰ろうか」
赤ちゃんドラゴンはもちろん気になるがドラゴンと結婚する気はない。それも七番目なんて!!
私はカイヤートにくっつく。
「そうか。結婚は難しいか。それならここで治癒士として歓迎しよう。まだまだリガキスに苦しんでいるドラゴンがたくさんいるんだ。君を特別待遇で受け入れると約束しよう」
ヴァニタス王はどこまでも上から目線だ。
「ヴァニタス王。それは無理です。また治癒を行いに来ることは考えてもいいと思いますがずっとここにいる事は無理です」
カイヤートもうんうんと頷いている。
ヴァニタス王の瞳が眇められる。
ぼわぁ!!!
途端に周りの空気が膨張したみたいに圧を感じる。
「ほう、では尋ねるがあなたはここからどうやって帰るつもりだ?あいつは狼に変身すれば何とかなるかもしれない。だが、セリは人間。断崖絶壁のこの場所からどうやってセリを連れ帰る?」
「そんなの。ビーサンが連れて来たんだ。ビーサンが送ってくれるんだろう?」
「残念だな。ビーサンは私の命令に背くことはない。私がドラゴンの王なのだからな!」
「そんな!そんなの勝手すぎます。いくら王だからって。それに私はちゃんと責任は果たしました。リガキスの事だってきちんと考えると約束します。それだけの約束をすると言ってるんですよ。あなた方にとっても悪い話ではないはずでしょう?」
「そうだ。ヴァニタス王。あなたも人の上に立つ王なんだろう?これほどのいい取引はないと思うが」
私とカイヤートはヴァニタス王を説得する。
「ああ、そうかもしれん。だが、事情がある。セリにはどうしても帰ってもらっては困る。人間は信用できない生き物だからな」
「そんな」
「では、こうすれば大人しくなるか?」
ヴァニタス王が手のひらに水晶玉を出す。大きさは15㎝くらいだろうか。
いきなりカイヤートの前にそれを突き出してその水晶玉に息を吹きかけた。
ぶわっと紫色の光が当たりを包んだ。
「はっ?おい、何をした?ドンドン!!」
カイヤートのくぐもった声が聞こえた。
「カイヤート?どこ?ヴァニタス王、彼はどこです?」
訳が分からず声を上げる。
「カイヤートは捕らえた。これでお前も動けんだろう!」
手の平に乗せた水晶玉をこちらに見せて、しれっと冷酷な笑みを浮かべ私を見るヴァニタス王。
「あ”、あああああ!カイヤート!」
カイヤートが水晶玉の中で暴れている。
「ヴァニタス王。何をしたんです?こんなの卑怯です。すぐに彼を出して!!」
私は王の手から水晶玉を取ろうと手を伸ばすがヴァニタス王は何か魔力を出したのか一定の距離以上近づく事すらできない。
「卑怯です!」
だが、ヴァニタス王が冷たい視線をこちらに向ける。




