86ドラゴンの赤ちゃん
「セリ!何してるんだ?!」
いきなり現れたカイヤートは部屋に飛び込むなり私の手を掴んでいた。
もどかしそうな顔。尖った耳は怒っている?尻尾はぶんぶん振り回されて興奮しているらしい。
でも、私は何より彼が無事だったとほっとした。
「カイヤート?あなた無事だったのね。良かった~、もう、どれだけ心配してたか」
「セリこそ。大丈夫なのか?こいつに何かされたんじゃないのか?」
ふにゃりと緩む目尻に彼が私をすごく心配していたとわかった。
ふっと彼に抱きつこうとした時いきなり腕を取られる。
ヴァニタス王が私の身体を引き寄せたと気づく。
「おまえは誰だ?こんな所まで入り込んで来るとは」
ドラゴンの王、ヴァニタス王はぐわぁと口を広げて牙をむきだす。頬のあたりが竜化し始め銀色の鱗が現れた。
すぐそばに控えている竜人たちも警戒している。
その中にはヴァニタス王の弟のカレヴィという銀色のドラゴンもいた。
カレヴィはいかめしい顔で私達を睨みつける。
私は急いで王に説明をする。
「ヴァニタス王。彼は私の婚約者です。ビーサンに落とされて連れ戻してほしかったのは彼です」
「そうか、こいつが‥‥私はドラゴンの王ヴァニタスだ。お前を背から落としたのは事情があった」
ヴァニタス王は私の身体は離さずにカイヤートに素っ気ない挨拶をした。
「なんだお前。あんな事をしておいて事情だって?!」
カイヤートは怒ってヴァニタス王に飛び掛からんばかりに怒鳴った。
無理もない。運が悪ければ命を落としていたかもしれないんだから、でも王の事情って?
ああ、病気のことか‥
私は一触即発状態の二人の間に割って入る。
「まあまあ、カイヤート落ち着いて。ヴァニタス王も事情が分かった今ではお気持ちはわかりますから」
私はヴァニタス王に怒っていないからと微笑んで見せる。
カイヤートの顔がむっとなる。
「セリ、一体どういうことだ。説明してくれ!」
私はヴァニタス王から離れると肩を怒らせるカイヤートの腕をそっと撫ぜると彼が怪我もしていない事がはっきりと伝わってホッと吐息が出た。
「良かった。無事だったんだ」
私は自然と彼に抱きついていた。
「セリ‥ああ、俺があんなことでどうかなると?ばかだな~」
カイヤートの手が私の背中をそっとさする。
彼の温もりに包まれやっとほっとした。もぉ!どれだけ心配したか?でも、良かった。
やっと落ち着気を取り戻した私はいきさつを説明する。
「実はね。ドラゴンの身体の中にリガキスって言う悪い寄生虫が入るとお腹の中に住み着いて次第に体内からドラゴンをむしばんでいくって言う怖い病気らしいの。最後には頭の中にまで入ってドラゴンは狂ったように暴れるらしいわ。そうなるともう殺すしかなかったらしくって。そうでなくても数が少ないドラゴンでしょう。それが偶然、魔呪獣の血液がその寄生虫に効果がある事が分かって、今まで魔呪獣の血液でドラゴンが助かっていたのよ。ほら、プロシスタン国にドラゴンが協力的なのはそのせいなのよ。知らなかったでしょう?でも、私達があの呪いを解いたから魔呪獣が獣人に戻り始めた。それでドラゴンたちは慌てたって訳なのよ」
カイヤートはうんうんと聞いていたが。
「それがセリをさらう事と何が関係あるんだ?って言うか魔呪獣は獣人に戻っているのか?」
まあ、私も勝手な言い分だと思ったわ。
「ええ、ドラゴンが確認したらしいわ」
「そうか。お前を助けることで手いっぱいでまだ知らなかったんだ。良かった。成功したんだな」
カイヤートはホッとしたらしい。そして私の手をぎゅっと握りしめた。
私もカイヤートの手を握り返す。
だって、シェルビ国は結果が分かったから良かったけどプロシスタン国はまだ確信がなくてほっと安心もしていなかったんだからね私達!
私達は互いを見つめ合う。何だかじわじわうれしさがこみあげて来る。
もう、やだ。
「セリ、やったな」
満面の笑みがこぼれる。ああ、幸せ。こんな彼の笑顔を見れるなんて‥
なぜかヴァニタス王が私達の間に入って私とカイヤートの繋いだ手を離させた。
何すんだ?目線のカイヤート。脳の血管切れそうになってない?
「いいから早く話せ!」
ばしっとそう言ったヴァニタス王。
はっと現状に立ち戻る。
「そうですね。申し訳ありません。それでねカイヤート。実はヴァニタス王から最初は呪いを元に戻せって言われたんだけど」
やっと落ち着いた彼の顔の雲行きが‥また眉に皺を寄せる。
「はっ?やっと浄化した呪いをか。そんな事出来る訳がない。また、どうやって戻せるんだ?無理だろう」
「ええ、私もそう思った。でも、ビーサンが赤ちゃんドラゴンを私の治癒魔法で治せるんじゃないかって言いだして」
「ビーサンが?ったく。あいつのせいで‥って、赤ちゃんドラゴン?」
「ええ、そうなの。赤ちゃんドラゴンが病気なの。それにビーサンも悪いと思ってるのよ。まあ、それでとにかく赤ちゃんドラゴンの治癒をしてみたの。思ったより寄生虫は広範囲に広がっていて今日やっとすべての寄生虫がいなくなったと確認できた所だったの」
「すごいじゃないか。ドラゴンの病気を治したのか?」
敬愛を込めた彼の眼差しにうれしくなって。
「そう、すごいでしょ。なんと私、治癒魔法だけじゃなく、身体の中が見通せる透視魔法も使えるってわかったのよ。それに魔呪獣の血液の何がリガキスに効くかもわかったの。あれは獣人がもってる免疫であれってきっと月光美人の花の効果だと思うのよ。私ってすごく匂いに敏感に反応するみたいでね。きっとイヒム様のおかげよ。もう、色々能力がすごくって‥」
私はマシンガンなみにカイヤートに話をする。
「セリ、それってすごくない?もぉ、俺の番すげぇよ」
そこには驚いたり感心した顔で聞いてくれるカイヤートがいた。
その後も赤ちゃんドラゴンの治療の話をする。
最初にドラゴンの赤ちゃんを見た時はもうダメだって思った。
ぐったりとして息も絶え絶えの小さな身体。
聞けばヴァニタス王のお妃様がこの赤ちゃんを産んですぐに亡くなったのだとか、お妃さまもリガキスに寄生されていることがわかっていたけど妊娠中ということで魔呪獣の血液をお妃様が受け入れなかったらしい。
まあ、気持ちはわかる。魔呪獣の血液を体内に入れて万が一赤ちゃんに何かあったら自分が許せないと思ったのだろう。
それでお妃さまはすっかり体が弱って赤ちゃんドラゴンを産んですぐに大量出血を起こして亡くなったそうだ。
もっと早く知っていれば、私達がここに駆けつけて治癒魔法でも何でも出来たのにって思うけど、それは今更どうしようも出来ない事だから。
お兄様が地上に留まれないのと同じ。死んだ者は天に召されなければならないのだから。
私はすぐに赤ちゃんドラゴンに治癒魔法をかけた。でも、かなり弱っていたため回復にかなり時間がかかった。
それにリガキスって言う寄生虫はお腹のあちこちに潜んでいて隠れるのもうまくて最後の一匹まで確認するまでに時間もかかったのだ。
そしてやっとさっき全身をくまなく透視してリガキスがいなくなっていることを確認し終えたところだった。
まだ予断は許さないけど、取りあえず山は越したかな。
それをヴァニタス王に話をして私を抱きしめていたところにカイヤートが飛び込んで来たって訳で。
ここまでのいきさつを彼に話した。
「セリ、よく頑張ったな」
「カイヤートこそ、あんな高いところから落ちて無事だったなんて」
「あれから結構大変だった。ここに来るのにもう苦労して‥でも、お前が無事で良かったぁ~」
私達は再会を心から喜んだ。
やっと帰れると。




