77ユーゴ殿下がどうしてここに?
「ずっと会いたかった。セリーヌ。愛してる」
「ちょ。ちょっと待って下さい。本当にあなたはユーゴ殿下なんですか?彼は死んだはずじゃ?」
はっ?何を言ってるの?脳内はたちまちパニックに陥る。
「セリ!いいから俺の後ろに!!」
カイヤートが私の腕を掴むと私を庇うように前に立つ。
私は彼にしがみ付いたまま後ろに隠れて近づくユーゴ殿下を本気でじろじろ見る。
ちゃんと足もあるし‥もしかして生き返って?
そんなバカなと思いながらも、ここ最近の奇跡的な出来事にそんな事もあり得るにではなどと思ってしまう。
「セリーヌ、こっちにおいで。君だって私を愛してたんだろう?それなのに君は私を裏切るのか?」
「で、でも、ユーゴ殿下は死んだはずで‥」
「ああ、でも生き返った。よく考えてごらん。一度は君に力を譲ろうとした。でも、なぜか犬っころに力が渡って。あいつが力を使えないのは私が生き返って力を取り戻したからだ。ほら、見てごらん」
ユーゴ殿下と名乗る人はいきなり手のひらに小さな稲妻を湧き上がらせた。
「ほんと!ユーゴ殿下の力だ」
私は吸い寄せられるようにカイヤートの後ろから出てユーゴ殿下の方に歩いて行く。
カイヤートは焦ったように私の手をグッと掴む。
「セリ、近づくな。あいつはおかしい!ユーゴは死んだんだろう?それが生き返るなんてあり得ないだろう?ばか、いいから俺から離れるな!」
「でも、もしかしたらほんとに生き返ったのかも知れないじゃない。いいからその手を離してよ!」
イルが毛を逆立ててユーゴ殿下らしき人を威嚇する。
「ブシャー!!(セリに近づくな!)」
「イル、いいから下がって」
不気味な感覚にイルが危険だと本能が告げる。
ユーゴ殿下の姿をした男はさらに近づく。
「セリーヌ、いいかい、そいつと君は番なんかじゃないんだ。そいつは君の不安な気持ちを利用してるだけだ。あいつはセリーヌ。君を騙してるんだよ。君に魔力を譲ろうとした時だってこいつが邪魔をした。そしてさも自分が選ばれたみたいに。いいから、こっちにおいで」
「でも、手に現れたこの証刻印はどう説明するんです?カイヤートが私を騙すなんて、そんなの‥」
「ああ、もう!焦ったいな。犬っころいい加減にしてほしいな。私のセリーヌなのに」
ユーゴ殿下はまどろっこしそうに指先をカイヤートに向けるとカイヤートの身体が一度ガクンと揺れた。
頭を垂れてその頭をぐぐっとゆっくり持ち上げる。
「カイヤート?大丈夫?何したのよ!やっぱりあなたはユーゴ殿下じゃないわ!」
そう思った時は遅かった。
カイヤートが自身の剣を抜いて私に向かって来る。
「カイヤート?」
彼は覚醒したみたいに瞳孔が大きく広がり瞳は真っ赤になっていて、口からは牙を剥き出して完全に獣化している。
何かの懐柔魔法?
私は咄嗟に走った。
「ぐはぁぁぁぁ」
カイヤートはもがきながらも剣を振り上げて私に向かって走って来る。
「セ。リ‥に、げ、ろぉぉぉぉぉ」
苦しそうな顔。それでも必死に私を守ろうとしている。
「かいやーと!!」
遂に獣化した彼が狼の姿になった。
剣はその場に投げ出され彼は血走った目をして牙を剥いて私に目掛けて突進して来る。
「グァァオォォ!!!(逃げろ〜!)」
恐怖が押し寄せて身体が強張る。それなのに彼が愛しい。愛しくてたまらない。
狼になったカイヤートが私に飛び掛かる。
私は彼に抑え込まれて身動きが出来なくなる。
獣化した彼は四つの足で私を抑え込み今にも喉笛を嚙みちぎろうと牙をむいている。でも見下ろす瞳からポロポロ涙が溢れている。
私はすっと目を閉じる。
彼に気持ちを伝えたい。
『カイヤート。私よ。わかるでしょう?あなたは私を守ってくれる。絶対に傷つけたりしない。信じてる。カイヤート聞こえる?あなたは私の番なんだから』
彼の心臓と私の心臓が重なる。ドクドクした音だけが耳孔に響いて他には何も聞こえなくなる。
勢いのついた彼の口が私の喉元に喰らいつく。
「グハッ!!」
牙が皮膚をかすめてチリッとした痛みが走る。
そのまま彼を抱きしめる。ぎゅっと胴体に回した腕に力を込める。
なぜだか、ほんとにどうしてか分からない。
けど、彼はそんな事をするはずが無いと思えたから。
その瞬間。私たちの周りをオレンジ色の光が包み込む。
カイヤートが狼の姿から獣人に戻った。
「セリ?はっ、俺。一体、何をしたあ。お前、血が‥」
「カイヤート?私が分かるのね?良かった」
「でも、俺が?お前をそんな目に合わせたのか?」
「あなたのせいじゃ無い。あいつのせいよ!」
私はユーゴ殿下の姿をした男を指差す。
ユーゴ殿下の姿をしていた男が突然大きな魔物に変身する。
「面倒な奴だな。お前だけは助けてやろうと思ったがもう面倒だ。二人とも死ね!」
脳内に声がした。
『セリ!いいから宝剣を抜くんだよ。それをアードの胸に』
「イヒム様?」
「セリ!」
「カイヤート!」
私たちは走ってイヒム神像の宝剣に手を掛けるといきなり光が瞬いた。
ぐっと力を込めて宝剣を抜く。
二人でその宝剣をアード神像の胸に突き立てた。
すぐそこに迫っていた魔物が苦しそうな呻き声をあげると瞬く間に煙のように消えた。




