70アーネ、当てが外れる
あれからイエンス様の態度が変わった。
大司教や騎士達は真摯な態度だが前のような熱量がない。
試しにまだ魅了魔法を使っていない司祭に魅了魔法をかけてみたが全く効力が現れなかった。
なに?このペンダント壊れたの?
騒いだところで私がしていたことがばれれば牢に入れられるかもしれない。何しろ皇族を魅了して懐柔しようとしたんだから。
どうしようもなくイエンス様に言われた祈りを渋々こなしていた。
月喰いの日の前日。
廊下を通りがかるとテラスにイエンス様が見えた。お茶に誘おうとしたら婚約者のミリエルが彼とお茶していた。
はっ?私を放っておいてどういう事?と思うが魅了魔法が聞いていないとしたら考えられる事よね。
でも、私は聖女なのよ。もう少し扱いを考えるべきじゃないの?
むっとして声をかける。
「イエンスさまぁ。私もご一緒にお茶したいですぅ~」
今までなら蕩けるような微笑みを見せてすぐに私の為に椅子を引いてくれるはず‥なのに。
「アーネ殿。お勤めはいかがです?明日はいよいよ月喰いの日。アーネ殿を頼りにしていますよ」
なに?この儀礼的な挨拶。
あからさまた態度の変わりように怒りが湧く。
「アーネ様。わたくしもあなたには感謝しております。この国の為に祈りを捧げて頂きありがとうございます。明日はどうかよろしくお願いします。イエンス様、アーネ様にばかり御負担は賭けられませんわ。私もこの辺りで失礼します。結婚式の準備でデザイナーと打ち合わせがあるので」
結婚式の準備?
はっ?何言ってるの。例え魅了魔法が聞いていなくたってイエンスと結婚するのはこの私なのよ!!
聖女の私が彼と結婚するに決まってるでしょ!!
あっ、でも婚約破棄になって別の男を捕まえたのかも。やっと少し気持ちを立て直し尋ねる。
「えっ?あの‥ミリエル様とどなたの結婚でしょう?」
ミリエルが戸惑った顔で私を見る。
まあ、当然でしょうね。あっ、イエンスの前で気まずかった?
「アーネ殿。ミリエルは私の婚約者だ。来年早々に結婚式を挙げる予定だ。もちろんアーネ殿にも出席していただくつもりだから」
えっ?どういう?顎が落ちたかというほど口が開いて。
「はぁぁぁぁ?あの、イエンス様とミリエル。さまが結婚するんです?」
「ああ、もうずっと前から決まっていた事だ」
ミリエルは勝ち誇ったような顔で私を見ている。
じゃ、私はどうなるって言うのよ。こんな獣を相手に笑顔を振りまいてやってイエンス。
あなたが皇太子だからこそ相手にしてやってると言うのに!
こいつが手に入らないならどうなるの?
「あの、お聞きしますけど、私はこの先どう言う扱いなんでしょうか?」
「もちろんアーネ殿は聖女としてこの国で最大級のもてなしをしていくつもりだが」
「はぁ‥」
脳内で皇族の図式を思い描く。他に皇子は‥カイヤート。ヨースは皇妃の子ではないので論外。皇妃の子と言えばまだ十二歳のホーコン‥ろくなのがないじゃない!
こんな国に留まる意味ないじゃない。
はっ、くだらない。
月喰いの日がどうだって言うのよ。
シェルビ国にいた時も<真実の愛>があれば魔粒毒をどうにかできるなんて神官たちは言ってたけど、結局何も起きていなかったじゃない。
この国だってそうよ。獣人は言い伝えを恐れているけどそんなの迷信よ。
ああ、この国もつまらない。
もう嫌だ。こんな事ならこの国ともおさらばだわ。
ちょうどいい。護衛騎士に私に色目を使っている男がいたわ。あいつを利用して逃亡しよう。
月喰いの日、当日ならみんなせわしなくしてるはずだから逃げるのも簡単なはず。
私は昔っから気持ちを切り替えるのだけは早いの。




