69番の証
私はゆっくりまどろんでいたが、今日が月喰いの日だったと気づいて飛び起きた。
まったく、カイヤートったらどういうつもり?
今日が大変な日だってわかってたのに。
脚のこわばりやあちこちの筋肉痛をどうにかやり過ごして着替えてダイニングに急ぐ。
気が付けば私はカイヤートの寝室に寝たらしい。
この状況、どうすれば?
なんて言い訳しようかと思いながら廊下を進んでいるとカイヤートと誰かが言い争う声がした。
どうやらこの部屋は書斎らしい。
はっとしているとヨールさんが急いで私を別室に案内してくれた。
「セリ様はこちらにいらしてください」
「ヨールさん、誰なの?」
「イエンス殿下がお越しです。セリ様を連れ帰るとおっしゃっていて、ですからしばらくこちらに」
「まあ、どうしよう。私、彼に牢に入れられたの。勝手に逃げ出したから怒ってるんだわ。カイヤートに罪を着せる訳には…」
「そんな事セリ様は坊ちゃんの番なんです。心配いりません。番を守れないようでは男ではありませんから‥それよりセリ様その手にあるのは?」
ヨールが驚いた顔で私の手を指さす。
言われて手を見るとちょうど人差し指から親指の横あたりに、前世で言えば勾玉みたいな形の文様がある。
思わず指で擦って見るが汚れではなさそうだ。
濃いオレンジ色のそれ。
「セリ様、もしかしたら番の証刻印かも知れません。もしそうなら坊ちゃんにも同じ文様が現れているはずですよ」
ヨールさんは驚いてそして嬉しそうに笑った。
「この文様がどうしたの?」
「言い伝えでは、この国の初代の皇王となったモーテン王とその番であったローア妃はそれはもう仲の良いカップルで<究極の愛>の相手と言われたそうです。そのおふたりの手にはセリ様に刻まれたのと同じ証刻印があったと言い伝えられていて今でもこの証刻印が現れたカップルは<究極の愛>の相手として皆に祝福を受けるんです。セリ様と坊ちゃんは究極のお相手という事ですよ」
「でも、彼に同じ文様があるとは限らないわ」
そんな話をしているとイエンス殿下が帰って行ったらしい。
表が騒がしくなってすぐにその喧噪が静かになった。
「さあ、もう大丈夫でしょう。セリ様お食事になさいますか?」
「ええ、そうね。そうだ。子供たちは?」
「はい、もう食事はすませて今日は大教会にセリ様の浄化を見に行くんだと楽しみにしております」
「ああ、そうなんだ。でもザンクの花には気を付けてね」
「ええ、ミーナがみんなを連れてきますので心配ありません」
「それなら安心ね。私も頑張らなきゃね」
私はダイニングに行って椅子に座る。
「すぐに食事をお持ちします」
そこにカイヤートがやって来た。
「セリ?起きてたのか?身体は?どこか痛くはないか?」
あのね。それをあなたが言う?原因は誰にあると思ってるのよ!
でも、カイヤートはそばに走って来て私の頬を優しく挟んで顔色を窺っている。
それはもう心配そうにうるうるした瞳で見つめて鼻を引くつかせて、尻尾はうれしいのかブンブン振り回され耳はピンと立っている。
ヨールさんがトレイにパンやスープを乗せて持ってきてくれた。
「さあ、セリ様召し上がって下さい」
「セリ、今から食事か?俺が食べさせてやる」
「そんな、自分で食べれます」
一気にしゅんとなる耳。
「それより坊ちゃん、セリ様の手を見て下さい」
「手がどうした?‥こ、これは!俺も同じものが‥ほら、セリ見ろ!」
私とヨールさんはカイヤートの手を見る。
「なっ、同じだろ。ほらこうすれば‥」
カイヤートの手と私の手をぴったりくっつける。
「まるで月みたいだな。俺とお前は魂の片割れだ」
彼が蕩けるような微笑みで私を見つめる。
「私達って究極の愛で結ばれてるって事?」
何だか、どうも眉唾な気もするけど。だってシェルビ国での<真実の愛>は偽物だったから。
「セリどうしてそんな事知ってるんだ?」
「ヨールさんから聞いたのよ。でも、こんなのどうせ「そんな事ない。俺はお前を愛してる。心の底から愛してる。セリは俺の命より大切な存在なんだ。こんな文様信じられないんならそれでもいい。でも、俺はお前を命ある限り愛する。絶対にだ!」かいやーと‥‥ありがとう。そこまで言ってくれて、私もあなたを愛してる」
「ばか、そんな事言ったら、また、離せなくなるだろ。そ、そうだ。食事がすんだら大教会に行く。月喰いの日の浄化をするんだ」
「でも、それならもう」
「いや、これは俺とセリが究極の愛のカップルだって見せつけるためだ。それに領民だって浄化するのを見れば安心出来る。だろ?」
まあ、それはわかるけど。究極の愛を見せつけるためって‥
「もう、やだぁ~~~」
「嫌か?セリが嫌なら」
あっ、番の嫌がることはしないんだった。
「違うわ。カイヤートが恥ずかしい事を言うから照れ臭かっただけで‥行くわよ。大々的に浄化しましょう!」
「みんなの祝福をうけよう。なっ!」




