58イヒム様助けて下さい
護衛兵にガシッと腕を掴まれ私は城の地下牢に連れて行かれる。
その後ろをカイヤートが仕向けた護衛兵が付いて来る。彼の名はロルクと言うらしい。
「ロルク、何でお前が付いて来るんだ?」
「ヨルンさん、彼女は聖女なんですよ。それなのにどうして牢なんかに?」
「ロルク。殿下に命令されればそうするしかない。まったく、殿下に言われた通りにすればいいのに、あんた女だろう?男には黙って従うもんだ。それに相手は皇太子だぞ?逆らう方がバカだろう」
ヨルンさんの言う通りだ。
もっとうまく話を合わせておけばよかった。後は勝手にこっちでザンクの花の浄化をすれば良かったのに!
牢になんか入れられたら間に合わない。
何とかしなきゃ。
「ロルクさん。カイヤート殿下にこの事を知らせて欲しいんだけど」
「はい、すぐにライノス隊長に知らせます」
「ライノスさんって隊長なの?」
「はい、王都騎士隊第二部隊隊長ですよ。ちなみにヨルンは第一部隊。皇族近衛部隊です」
そのまま私は地下牢に入れられた。
*~*~*
「セリ?」
小さな声がした。
牢に入ると粗末なベッドがあり私はその板張りのベッドに腰を下ろした。
夕食には固いパンと具のない冷えたスープだけだった。
牢番にはじっとりいやらしい目で私を舐め回すように見られて、昼間着ていたアフタヌーンドレスにあった薄い布切れ一枚を巻き付けた。
夜になると牢番はいなくなったが寒くて震えていた。
眠ってなんかいられない。それに早くここから出てやらなければならないことがある。
『イヒム様?どうすればいいんです。ここから出る方法教えて下さいよ』
『セリ、あんたの不始末だろ。自分で何とかしな!私は手の脚もないんだ。どうする事も出来やしない。出来るのは‥あまり色々力を授ける訳にもなぁ‥あっ、その手があった。ほら』
突然目の前でキラキラした粒子が舞った。
『誰かが助にくりゃいいんだろ?』
『イヒム様。簡単に言いますけど、一体誰が来るって言うんで‥』
『ほら、心当たりがいただろ?』
『イヒム様。彼は困ります。だってあんな奴なんかに』
ぶつぶつ言っていたらいきなり声が聞こえた。
「セリ?」
「誰?」
そう言うといきなり空間が割れたようになってそこからカイヤートが現れた。
「うわっ!何よ。突然驚くじゃない!」
彼はシャワーをしたばかりみたいで髪が濡れたままでくしゃくしゃ。
服も急いできたのかシャツのボタンを掛け違えていた。
金色の瞳の中心がすっと細舞まってもどかし気な雰囲気にどきりとしてしまう。
そんな男じゃないのに。
その飾らない姿に素の彼が垣間見えてなんだか胸がざわついた。
何考えてんのよ。女なんかより取りみどりのエロ男なんか‥
「でも、俺を呼んだだろ?だから、大急ぎで来たんだ」
嬉しそうにㇰシャリと破顔する。
しらっと気持ちが引く。
「私が呼んだわけじゃないから」
まだ、彼へのわだかまりはなくなったわけじゃない。
「じゃあ、誰が?おまっ。いや、ライノスから報告があった。イエンスの野郎セリをこんな所にいれるなんてどうかしてる?俺も、すぐに助けに来るつもりだったんだ。でも、その前にお前に呼ばれた気がして‥それでうれしくって」
冷たい牢の中。
私の心のわだかまりはまだ凍ったままで。
「許したわけではありません。でも、とにかくここから出たいんです」
「ああ、話しはあとだ。とにかく俺の屋敷に行こう」
「殿下。私があなたの屋敷に行くとでも」
「じゃあ、どうすんだよ。城は安全じゃない。こんな夜更けじゃ宿も‥」
「仕方ありません。イルも連れて行きますから部屋に一度戻って下さい」
「ああ、イルはもう俺の所にいる。ロルクに頼んで連れて来た」
「はっ?何勝手な事を?イルはなんて?」
「いや、セリを頼むと言われたけど‥」
お兄様まで。なに許してんのよ!ったく。
「それにしても一体どうしてお前が牢なんかに!」
ぎしっと歯を噛む音がしてカイヤートが私に手を伸ばす。
私は寒くて震えたいた。
「セリ寒いのか?だったら俺のシャツを」
カイヤートがシャツのボタンを外そうとする。
「結構です!」
そんな薄手のシャツ一枚で何の代わりがある?って言いたい。
びしっと拒否されてあたふたとシャツのボタンをはめる彼がおかしい。
ここにいる事は選択肢にはない。とにかく早くここを出たい。でも、その前に聞いて起きたかった。
「ここを出たらやりたい事があります。協力してくれますか?」
「ああ、お前は俺の番なんだ。番の頼みなら何でも聞いてやる。って言うか。俺の事名前で呼んでくれないんだな」
彼の手がふわりと乱れた髪の毛にそっと触れた。
ズキンと胸が痛んだ。
でも、その手を拒絶できないまま。
ドラゴンに乗った時も、キスした時も私に触れる手はいつも優しい。そして今も‥
もっと抱きしめて欲しいって思うのは心が弱っているから。
そんなに優しくしないで。
あなたなんか嫌いなのに。
「触らないで‥」やっと小さな声で言う。
その手で今まで何人の女に触れて来たの?番だからって今までのやらかして来た事がなくなる訳じゃないんだからね。
男は身勝手な生き物だってよくわかってるでしょ。
「はっきり言っておきます。私はあなたの番ではありません。だからお名前を呼ぶような関係ではありません」
ここは、はっきりと線引きをしておかないと。
カイヤートはむすっとした顔で手を引っ込めた。
そこで私が気づく。
ばか!私、転移すればよかったんじゃん。何今頃気づいてんのよ!
あっ、でも着地点が分からないと転移できないんだ。どこに転移すればよかったんだろう?客間?城の外?どうしたってカイヤートを頼るしかなさそうだし、ここは彼について行った方が得策だろうな。
そうだよ。男は使ってなんぼだよ!
そんな事を脳内で考えながら私たちはカイヤートの屋敷に転移した。
彼に頼るんじゃなくて彼を利用するんだから。




