55正気に戻って(イエンス)
セリが立ち去って私はしばらくボー然としていた。
何をしているんだ私は。
アーネにそそのかされてセリに毒を盛って彼女を排除しなくてはと思っていた。
どうして?
セリとか言った女。カイヤートは聖女だと言っていた。
父にはアーネこそ聖女で彼女は真っ赤な偽物だと豪語した。
だが、さっきの魔法は素晴らしかった。
ここの所ずっと身体が何かに縛られたような、自由にならないような。だからと言ってアーネの言う事は絶対に聞いてやらなければと思ってしまう。
自分でもどうしてこれほどアーネに執着するのかよくわからなかった。
アーネを前にすると理性は全く機能せずまるで操られるようにアーネの言うことを聞いてしまった。
あんな女のどこが良かったんだ?
まったく、どうかしていた。
それにしても、もしかしてセリとか言う女も聖女なのかもしれないな。
この時期に聖女が二人も?
いや、聖女ならば多い方がいいに決まっている。
王都の浄化だけでなく王都周辺まで範囲を広げられれば民も喜ぶというものだ。
セリに浄化を頼みたいところだがあんなことを言った手前何と言えばいいのだろう。
そうだ!ペグトに相談してみるか。
私は急いで宰相のペグトの所に急いだ。ペグトはクラオンの父だ。
「ペグト、話がある」
「どうされたのです皇太子」
「ああ、実は今日カイヤートが聖女を連れて来たんだが、私はアーネにいいように言い含められてその聖女を偽物と思ったんだ。だが、先ほどお茶に誘って彼女の浄化魔法を見たんだ。素晴らしかった。月喰いの日は近い。聖女は多いほどいいだろう」
「それはもちろんです。聖女が多ければ王都の周辺まで浄化出来るやも知れませんから」
「ああ、だが、私はさっき偽物だと散々言った手前頼むのがためらわれる。そこでだ。ペグト。お前からクラオンに話をしてセリ殿に浄化をお願い出来ないか頼んで欲しいんだ」
「はあ、ですが直接カイヤート殿下に話された方が良いのでは?」
「そんな事出来る訳がないだろう。あいつは皇妃の子ではないんだぞ。私も妹のエミルや弟のホーコンもあいつや他の奴らを皇子とは思ってはいないんだ。それなのにあんな奴に頼み事など!!」
「ですが月喰いの日は国の一大事。こんな時に皇族が協力出来ずにどうされます?これを機会に歩み寄って見られては?」
これほど頼んでも?もういい!
「すまない。今の話は忘れてくれ。セリ殿には私が直接頼んでみよう。なに、皇太子である私が頼めば彼女も嫌とは言うまい。最初からそうすれば良かった話だ。ハハハ」
私はやっと落ち着きを取り戻した。
セリ殿に話がしたいと伝えさせようと自分の執務室に急いだ。
扉を開けると中にはアーネがぼんやりと座っていた。
何をしているんだ?
私は一瞬で苛立った。ここは皇太子の執務室。勝手に入っていい訳がない。
それでも彼女は聖女。無碍な扱いは出来ないと気持ちを立て直す。
「アーネ殿何をしていられる?」
そう言うとアーネ殿がパッと顔を上げた。その途端満面の笑みを浮かべた。
なんだ?何がそんなにうれしいのか?
「イエンスさまぁ~もう、心配してましたよ。お帰り遅かったんですね」
「帰りが遅いも何もどうして君がここにいるんだ?」
アーネ殿がえっ?という顔をした。
何を言ってるの?みたいな。
「どうしてって?イエンス様、大丈夫です?まさか、毒を?」
ああ、そうだった。アーネに言われてセリ殿に毒を盛ろうとしたんだった。
私はどうしてそんな事を思ったんだ?
それにアーネはどうしてセリ殿を‥ああ、シェルビ国でオデロ殿下とどうとか言っていたな。
だが、今はそんな事はどうでもいい。
私はアーネとセリが何があったかなど興味もない事だった。
今はとにかくこの国の聖女として月喰いの日の浄化に努めてもらわなければならない。
「アーネ殿、聖女ともあろう人がそのような事を考えるなど大それた事だ。そんなことより今は月喰いの日の浄化に専念していただきたい。さあ、教会で祈りの儀式も始まっております。アーネ殿のお力が必要なのです。よろしくお願いします」
「いえんすさま?一体どうしたんです。わ、た、し、ですよ~」
アーネ殿が首をかしげて突然身体を摺り寄せて来た。
私は急いで一歩後ろに下がった。
「どうして私を避けるのです。まさか魅了が?‥ううん。えいっ!」
ドピンク色の光が私の周りを舞う。
彼女は私に魔法を掛けているらしいが私にはその魔法は一切効かなかった。
もしや、セリ殿の力か?
確か浄化魔法をかけたと言っていた。私は魅了魔法にかかっているとも。私の立場は危険が多いから気をつけろとも言っていた。
なんて優しい。
それに比べてアーネはなんだ?
私に魅了魔法をかけて操り自分の都合のいいようにしようと企んで。
クッソ。こんな女に騙されていたとは。
だが、こんな女でも魔法は使える。月喰いの日は間近。
今は猫の手も借りたいくらいなんだ。
ここはうまくあしらって協力させた方がいい。
私はアーネの魔法にかかったふりをする事にした。
「アーネ。君の魔法はすばらしい。そうだ。君が祈る姿はもっと素敵だろうね。どうだろう教会でお祈りをしてみないか?天使のような君にピッタリだと思うんだ」
「もう、イエンス様ったら‥」
彼女がすっと身体を寄せる。吐き気を催すがここは我慢だ。
彼女と向かい合わせになり見つめ合う。視線を反らしたくなるのを必死でこらえて。
「ねっ、君が祈りを捧げてくれたらみんなすごく喜ぶと思うんだ。さすが聖女様だってね。月喰いの日はもうすぐだし君の魔力は温存しておくべきだろう?今はシスターたちと一緒に祈って欲しいんだ」
アーネが私の手をぎゅっと握る。
うわぁ!止めろ!だが、ぐっと我慢。
「まあ、あなたがそう言うなら」
「そうかい?やっぱり君は私の‥い、愛しい‥」無理だ。これ以上は言葉が出てこない。
「そうよね。私あなたに愛されてるのよね」
愛してなどいない。勘弁しろ!髪の毛だけじゃなく頭の中までドピンクだろうが!
私は脳内で散々罵倒しまくる。
「ああ、じゃあ、護衛兵に教会まで連れて行かせよう」
「ええ、行って来るわ。また、夕食の時に」
その気持ち悪い視線をやめろ!
私は握られていた手をさっと離した。
扉までさっさと歩いて護衛兵を呼ぶ。
「ああ、護衛兵。アーネ殿を教会にお連れしろ!」
すぐに護衛兵が部屋に入って来る。
「じゃあ、イエンスさまぁ~行ってきま~す」
「ああ、頑張ってくれ」
はぁぁぁ~疲れた。




