54毒を飲ませる気ですか
イルはすっかりシャワーを楽しんだらしい。
上機嫌で出てくると私の前でぶるっと身体を振った。
おかげで私は水しぶきの洗礼を受けたけど。
そんな時間がすごくうれしい。
お茶の時間が近付いた。
ナターシャに頼んでアフタヌーンドレスを用意してもらった。
さすがに皇城。お客様用に色々な種類のドレスが用意してあるらしい。
色はブルー系のグラデーションになったすっきりしたデザイン。
ホルターネックで丈は脚首が少し見えるくらい。レースのショールを纏う。
髪は下ろして両サイドをリボンを編み込んで。
気分だけでもと鏡を見るがまた気持ちが落ち込む。
何よ!カイヤートなんか‥
準備が出来るとナターシャが護衛兵を紹介すると言った。
部屋の前にはカイヤートが付けた護衛兵がずっといたらしい。
「セリ様でしょうか?」
「あなたは?」
「はい、ライノス様からあなたの護衛をするようにと」
凛々しい体躯の多分ライノスさんと同じ虎獣人。
「どうせカイヤートの支持なんでしょ?ここは城の中。危険なんかないのに‥」
「ですが、皇王との謁見でひと悶着あったと伺っております。とにかくあなたのそばを離れないようにと言われておりますので、それでどちらに?」
「皇太子殿下にお茶に誘われたんです」
「では、私もお供します」
「どうぞ。あなたも仕事なんでしょうから」
時間になると別の侍女が案内に現れた。
私は護衛兵を伴って皇太子殿下とのお茶に向かった。
城の庭が良く見えるテラス席に案内される。
遠くから私を見つけたのかイエンス殿下が椅子から立ちあがって笑顔を向けてきた。
私は少し俯き加減にカーテシーをする。
こういう場面ではやっぱり長年培ったマナーが自然と出来る。
まあ、相手は皇族なんだし礼儀としてよ。
アーネなんかに惑わされるような男相手にする気もないけど仕方がないわよ。
あなたなんかに流される気もないし、私はさっさとお茶を飲んで退散しよう。
護衛兵は少し離れたところで待機している。
でも、何だろう?さっきから見えているイエンス殿下の周り。
アーネが纏っていたドピンク色と同じ靄のようなものが彼の周りにある。
「やあ、セリ殿。さっきはすまなかった。アーネの事で少し感情的になってしまった。君をどうこうしたかったわけではないんだ。まあ、お茶でも一緒に取って和解できたらと思ってね」
「お待たせしました。イエンス殿下、お茶のお誘いありがとうございます。私も先ほどの事はもう気にしておりません。聖女として受け入れて下さらなくても構いませんもの」
イエンス殿下がキュッと眉間に皺を寄せた。
「でも、君はそれでいいのかい?」
「はい、もちろんです。何しろ聖女にはアーネ様がいらっしゃいますので、私は明日にでもスヴェーレに帰るつもりです」
彼の緊張がほぐれたようだ。
それにしても、さっきから見えるこのドピンクは何?彼の周りにまがまがしい色がまとわりついている。
脳内で彼は魅了されているんだと気づく。
さっきは気づかなかった。
でも、これって何とかしなくていいの?
「そうか。まあ、座ってくれ」
「はい」
私は椅子を引かれその場に腰を掛ける。
向かいの席にイエンス殿下が座るとすぐにお茶が運ばれて来た。
一緒にケーキやタルトなどもお菓子も並んでいく。
うわぁ美味しそう。これって前世でも食べたことがないようなお菓子じゃない?
うっとりお菓子に目を奪われていたがはっとお茶に目が行く。
「うっ!」
「どうした?」
「いえ、何でも‥あまりにおいしそうなお菓子で」
「そうか、良かった。さあ、遠慮なく食べてくれ」
そう言うとイエンス殿下がカップを口に運んだ。
私はもう一度お茶を見た。
きっと紅茶なのだろう。けど、私の目にはそのお茶はどす黒い色に見える。
毒を飲ませる気?
すぐに脳内で『これは毒。でも飲んでも毒は中和されるから大丈夫』と聞こえた。
『誰?』
『あなたは加護の力を得た。だからどんな毒や魅了はあなたには効かない。それに毒や悪い魔法が目に見えるはず』
『あなたは誰?』
『‥‥』
返事はなかった。でも、私に必要な事を教えてくれた。これならお茶を飲んでも大丈夫って事よね?
でも、なんだかこのお茶を飲むのは‥
「どうしたんだ?さあ、遠慮はいらない」
相手は皇太子。はっきりした証拠もなく毒だと糾弾するわけにもいかない。
「ええ、いただきます」
まずは一口。泥水のような紅茶を飲む。何だか気持ち悪くてタルトに手を伸ばすが、よく見るとタルトにも真っ赤な毒が入っていると分かる。
はっ、どんだけ。
私は思い切ってタルトを一口。
その様子を悔いるように見つめているイエンス殿下。
私はまた紅茶を飲む。
何の変化も起きない。
「さすがにとても美味しいですわ」
「‥‥セリ殿。気分はどうだ?」
「はい、そう言えば気分が‥」
そう言うとイエンス殿下の口角が上がった。
人が毒で苦しむところを期待してるなんて悪質な奴!
そしてはっと気づく。彼に纏わりついているのはアーネが何かの魔法を使っているのではと。
考えるとすれば魅了魔法だろう。
「それはそうと、イエンス殿下あなたには何か取りついておりますよ。さっきからまがまがしい魔力が貴方に纏わりついていますけど」
「何を言ってるんだ?」
イエンス殿下が驚く。そしてジト目でこちらを見る。
まあ、取りあえず見たからには放っておくわけにも行きませんか。
私はさっと手を振り上げて淡い水色の光を彼に振りかける。
キラキラと光の粒子が舞って彼の周りの魅了魔法を浄化する。
「この光は‥」
「浄化魔法です。皇太子。あなたの魅了魔法は解けましたよ。あっ、それからこれも」
もう一度手を広げて無効化魔法を展開する。
これで二度とおかしな魔法にはかからないはず。それから毒にも。
「終わりました。イエンス殿下お気を付けください。あなたには危険な人も近付く可能性が大きいですから」
「まあ、そうだが。そう言えば何だか身体が軽くなった。気分もいい」
「それは良かった。では、失礼します」
私はテラス席を後にした。
すぐに護衛兵が「セリ様、皇太子が何か?」近づいて聞いて来た。
「いいえ、何でもないわ」
私は皇太子やアーネと関わりたくないので何も言わずにおいた。
もちろん魅了魔法の事は誰にも話すつもりはない。




