49アーネの言いがかり
突然アーネが隣にいたイエンス皇太子に縋りついた。
「イエンス様恐いぃ」
アーネは声を震わせ皇太子の腕にすがる。
私はその様子を見て、こんな所に来てまたやってるの?と突っ込みたくなった。
オデロ殿下の時もそうだった。アーネは学園最後の年になってやたらとオデロ殿下のそばに纏わりついていた。
最初はオデロ殿下もその他大勢の一人みたいな扱いだった。
これはお互いに<真実の愛>の相手がいて婚約者がいるからだ。
だが、いつの間にか二人は親密な関係になっていた。私がアーネに注意すればオデロ殿下に言いつけられて今度は私が悪者にされた。
そしてオデロ殿下はアーネが<真実の愛>の相手だと言い始めて。
そんな事を脳内で反芻していると。
「イエンス様聞いてください!この女は聖女なんかではありません。セリーヌは酷い女なのです。みんな騙されてるんです!彼女はシェルビ国の<真実の愛>で結ばれたオデロ殿下を裏切りその弟であるユーゴ殿下と関係を持っていたんです。それでオデロ殿下は怒って婚約破棄をすると言いました。でも、彼女とユーゴ殿下は国王の前でそれを明るみにされるとユーゴ殿下をそそのかしてオデロ殿下を魔法で火あぶりにしようとしたんです。オデロ殿下はとっさに魔法を放ってユーゴ殿下は自分の魔法で火あぶりになって死んでしまったのです。それを見たセリーヌは今度は私にナイフを向けました。私はとっさのことでそれを交わして、でも、セリーヌのナイフが彼女自身のお腹に刺さって‥」
アーネは涙ながらにそう打ち明けた。
はっ?何を言ってるのよ。全部真逆じゃない。
「よくもそんな出鱈目を言えるわね。アーネ様あなたどうやってこの国に?私はてっきり牢に入っているとばかリと思っていたけど」
私とアーネ様の身長はかなり違う。私の方が頭ひとつ分は高い。それに彼女は華奢で庇護欲をそそる姿をしていた。
アーネがイエンス様に縋りつく。
「ひっ!こわぃ~」
イエンス様がアーネの後ろに庇い私を氷のような視線で睨んだ。
「お前、どういうつもりだ?アーネをこんなに恐がらせて‥お前。本当の事を言われてさぞかし腹立たしいんだろう。まあ、お前が頭の緩いカイヤートを垂らしこんで聖女になった事は聞かなくてもわかる。アーネの言った事が真実だろう。さっさとシェルビ国に帰るといい。今なら見逃してやってもいいぞ」
「イエンスさまぁ~すてきですぅ」
アーネがイエンスの腕に頬を摺り寄せる。
うげっ!おぞましい姿としか‥
まあ、シェルビ国に帰る選択はないけど、用がないならスヴェーレに帰らせてもらおうかしら?
「わかりました。では、私はこれでしつれいします」
「ちょっと待ってくれ!セリ様が聖女なのは間違いない。大叔母様がセリ様を聖女だって認めてるんだ。そのようなお方を偽物などと。父上、月喰いの日が近い今聖女が二人いる方がいいはずです」
カイヤートは必死でそう言った。
「カイヤートいいの。私そこまで聖女になりたいなんて思ってないから」
だって、アーネを関わるなんて二度とごめんなの。この女何だかおかしな色を纏っているのが見えた。
その色が、やばいほどドピンク色で、何なの?これはって思っているんだから。
カイヤートは焦って私の手を握る。
縋るような金色の瞳。耳は少し垂れてほんとに困っているとわかる。
「いや、セリ。ちょっと待ってくれ。そうだ。セリ、力を見せてくれないか?ほんの少しでいいんだ」
まあ、私だって偽物呼ばわりされたままでは気分が悪いし。
「まあ、そういう事なら‥」
私はほんの少し手のひらに魔力を込める。
淡い水色の光が手のひらの上で沸き起こりそれをアーネにふわりと投げかけた。
加護の光、聖女なら何の問題もないはずだわ。
「きゃぁ~」
アーネが一瞬水色の光に包まれるともがいて倒れた。
えっ?なに?どうして?
脳内???
「お前!アーネに何をした?」
イエンス様が真っ赤な顔で怒りたおす。アーネに走り寄って彼女を優しく抱き上げた。
「父上見られたでしょう?この女は悪魔です。すぐにリクヴェから追放を。いえ、この国にはおいておけません。護衛兵こいつを連れ出せ。私はアーネを医者に見せますので」
『クッ!ったく。兄はあの女の魅了にかかっているらしいな。アーネとか言う女前から嫌な女だと思っていたが‥あの時始末するべきだった』
カイヤートからそんな声が。あっ、これ言葉じゃない。
「カイヤート?今なんて言ったの?まるでユーゴ殿下みたい‥あっ!」
カイヤートにはユーゴ殿下の魔力が宿っている。だから私の前世の記憶みたいにユーゴ殿下の記憶が?
「えっ?俺、何か言ったか?」
彼は無意識にそう思っているらしかった。
「いえ、何でもないんです」
そうか。アーネは魅了を。でもそんな力いつの間に?まさかもともと持っていたとか?
ああ、それでオデロ殿下も篭絡したわけ。
やっと、もやもやしていたものがすっきりした。
良かった。アーネもこれで少し懲りればいいんだわ。
「セリ、よくやったな。俺も少しスッキリした。あんなのが聖女?笑わせるよな」
カイヤートはすっと私の腰に手を伸ばし自分のそばに引き寄せた。
ちょっと、誰もそんな事‥と思うが彼のそばは安心出来た。
「ええ、ほんとに」
だが、皇王はそうは思わなかったらしく。
「カイヤート貴様。こんな女を連れてきおって!!やはり女が低俗だと子供の価値もつまらん。お前はもう王位継承から排除する。まあ、皇族としての地位は保証してやるが今まで通りになると思うな。以上だ。さっさと出て行け!」
玉座から立ち上がり怒りに任せたその顔はかなり恐いし身体も大きい。
「はっ!最初からそんなつもりもないくせにそれ、言うのかよ!それよりあんたのそのだらしない下半身のせいでどれだけの女や子供が嫌な思いしてると思ってるんだ?」
カイヤートぶち切れ。
でも、いいのかな?相手皇王だよ。
私はハラハラしながら二人の会話を聞く。って言うか男って言うのは‥
「何だと?お前。王が男子を成さなければならん理由を知ってるだろう?」
「そんなのただの屁理屈だろ?あんたは見境なく盛ってるだけだ。いい加減その下半身引きちぎってやろうか?」
皇王の身体が一回り大きくなる。
ぐわっと毛が逆立ち瞳が見開かれる。
「いい加減にしないかカイヤート。貴様ごときいつでも引き裂けるんだぞ!」
私はユーゴ殿下が私を庇って火だるまになった時のことを思い出す。またあんなことが起きたら‥今にも一触即発の状態を何とかしなければと。
カイヤートの腕にしがみ付いた。
「カイヤート恐い。早く行きましょう」
強張った彼の筋肉がふっと緩んだ。
「ごめん。恐がらせたか?」
うんと首を振ると彼の顔に優しさが戻った。
ちょろいな。でも、それって私が番だから?
「行こうかセリ。こんな奴相手にする価値もないからな」
「カイヤート!二度と私の前に顔を出すな!」
皇王はどさりと玉座に座り込んだ。
私はカイヤートと一緒に広間を出た。
番ってすごい。




