48皇王との謁見で
広い芝の平地を抜けると頑丈そうな石造りの城が高くそびえていた。
大きなアーチ型の入り口を入ると城の使用人達から私は物珍しい珍獣かのような視線を浴びた。
まあ、それもそうだろう。
それでも、彼らはすぐに視線を伏せてお辞儀をしてくれたので良かったけど、私の記憶では平民が着るようなシャツと乗馬ズボン姿で城に入る人を私は知らない。
って言うか人間だからか。
ちなみにカイヤート達は騎士の服装でカッコいい。
「セリ。こっちだ」
そう言って乱れた黒髪をぐしゃっとかき上げる仕草までも決まって見える。
なんだかなぁ~。
カイヤートがぐっと私の腰を引き寄せまるで自分の所有物だとでも言うように私を連れ歩く。
「カイヤート様。少し離れて下さいよ」
私は身じろぎ彼から離れる。
歩いているのは外回廊。そのせいで吹き抜ける風が恥ずかしさでほてった身体に丁度いい。
「これ以上は無理だからな」
さすがにこんな所で声を荒げるわけには行かないのだろうな。
ライノスさんとクラオンさんはさっきからせわしなく支持を飛ばしている。
ライノスさんは護衛兵に命令でもしているのか、護衛兵がビリっと敬礼をして去っていく。
別の護衛兵が彼の顔を緊張した面持ちで様子を伺っている。
ライノスさんってやっぱり偉い人なんだ。
クラオンさんは宰相の息子と聞いていたので、きっと城には部下や見知った人が大勢いるんだろう。
事も投げに次々と指示を出している。
クラオンさんも。
「セリ様。これからお部屋に案内しますのでそちらで身支度を整えましょう」
クラオンさんが侍女らしき人に何か言っている。
「あっ、はい」
慌てて返事をする。
そう言えばイルは?
すっかり忘れていた。
「イル?」
「にゃぁぁ~ (ここにいるぞ)」
すたすたと走り寄って来るイルを抱き上げる。
「にゃっ? (もっと見たい)」
『お兄様、私のそばにいて下さい!』
「にゃぁぁ~ (はぁ、わかった)」
そして豪華な客間に通された。
「セリ、俺は先に報告があるから、すぐに来る」
「セリ様。侍女のナターシャです。彼女は犬獣人です。今から身支度のお手伝いをしますので何なりとこのものにお言いつけ下さい」
クラオンさんがナターシャを紹介する。
彼女は私よりかなり年上だろう。茶色い髪にくりくりした黒い瞳が可愛い感じに見える。
リンネさんみたいで何だかほっとする。
「わかりました。クラオン様ありがとうございます。ナターシャさんよろしくお願いします」
「こちらこそ、セリ様よろしくお願いいたします。私の事はナターシャとお呼びください」
イルも一緒に部屋に入りイルにはミルクを貰う。
それをぺちゃぺちゃ舐め終わるとふかふかのソファーにゴロンと座り込んで早速毛づくろいを始めた。
私はお風呂に入り髪をきれいに乾かしてもらって、畏まったドレスを着せられた。
色は瞳に合わせたような翠色のシルク。マーメイドラインの美しいドレスだった。
カイヤートったらいつの前にこんなものを用意させたの?
いや、クラオンさんかな?
ドレスは仕立てたように身体にぴったりだ。
獣人用だと尻尾を出す箇所があってもおかしくはないはず。だからこれは多分私の為に作らせたとしか思えないわ。
扉がノックされた。
準備が整いカイヤートが迎えに来たらしい。
「イルお留守番よろしくね」
『ああ、疲れた。王との謁見なんて疲れるから俺はここでゆっくりしてる』
いいな、お兄様は‥仕方ない。
扉が開かれカイヤートが現れた。
うそぉ~カイヤートが正装をしている。
あの、いつだって小汚い‥ああ、それは言い過ぎか。って感じのこれがほんとに皇子なのかって言う男が。
漆黒の黒髪をビシッと整え額を晒しているせいでいつもより凛々しく硬派な印象に見えた。
まじ、チョーどストライク!えぐっ、めちゃ好みのタイプじゃない。
はっ、どうしよう。これでお前は俺の番だなんて迫られたら‥
わたし‥落ちるな。
脳内でそんな妄想を繰り広げながら謁見の間に連れられて行く。
真っ赤な絨毯。
遠目からみる玉座に座る金狼獣人は恰幅が良く王の風格を醸し出している。
私は獣人の王を見るのは初めてだからなどと戸惑いながらも玉座の前まで近づいた。
王の前で跪くカイヤート。
私はカテーシーで挨拶をする。
そっと顔を上げれば渋めの親父っぽいの男が玉座に座っている。
やはりこの方も狼獣人らしく金色の髪にぴんと立った耳がある。
「カイヤートご苦労であった。して、そちらが例の聖女殿か?」
王は私を見ると琥珀の目尻に皺を寄せた。その視線に前世でのおっさんがいやらしい目つきで女性を見るゲスな視線を思い出す。
この親父。エロ親父かも。
脳内で浮かんだ悪い印象を顔に出さないように必死で笑みをひねり出す。
「はい皇王。こちらが聖女セリ様でございます。月喰いの日の呪気。必ず払って頂けるものと」
カイヤートが超真面目に答えた。
「それがどうかな。お前が聖女と言っているものは誠の聖女なのか?」
怪訝な顔で私達を見た。
その眼差しはすっと細められ冷たい感じすら受ける。
「父上?それはどういう意味です?」
カイヤートは立ちあがり少し怒った口調で尋ねる。
私も同じ気持ちになった。
皇王は近くいた護衛兵に命令する。
「ああ、そうだな。イエンスをここへ。そして聖女アーネ殿も」
イエンスって確かカイヤートのお兄様だったはず、彼は王とは違い銀色の髪をしていた。でも、瞳は琥珀。それに顔立ちは超イケメン。王族ってどの国もイケメンぞろいだよね。
それにアーネ?この国にもアーネって言う名前の人が?
すぐに誰かが入って来た。
「父上、お待たせしました。聖女アーネ様をお連れしました」
男はカイヤートの兄のイエンス皇太子だろう。王によく似て金髪で凛々しい姿をしている。
彼も王太子にふさわしい豪華な上着を纏っている。
そしてその隣にいるのは紛れもない。あの、アーネ・ロゼリアだった。
ピンクブロンドの髪が縦ロールに巻かれ幾重にも美しい曲線を描いている。
翠緑色の瞳は嬉々として皇太子のイエンスを絡めとっているように見えた。
「皇王様。御前失礼いたします。聖女。アーネ・ロゼリアです」
私は混乱した。彼女は私を刺したはず。でも、罪には問われなかったのね。
それにオデロ殿下とは別れたの?
どうして?
「アーネ?どうしてあなたがこんな所にいる訳?」
私は無意識に聞いた。彼女に指を突きつけて。
それはそうだろう。この女のせいで‥
心の中は驚きといら立ちでいっぱいになった。




