46お別れ
夜にはみんなでささやかなお別れ会ではなく私の聖女祝いになった。
料理長が張り切ってたくさん料理を作ってくれた。
味噌が出来てそれで味噌スープや味噌のだし巻き玉子焼きもあった。
懐かしい味にうれしくてせっかくの味がわからなくなった。
ケーキは子供達と一緒にデコレーションをした。
みんな絞り出すのがうまく出来た。やっぱり一度でも経験があると違うのかな?
なんて思うと一緒にいろんな事が出来たことがうれしかった。
内緒でクッキーに溶かしたチョコレートを絞り袋に入れたもので子供達の名前を一人ずつ書いた。
ペッカー、ボンツ、コニハ、アーポ、みんな大好きだよって心を込めて。
一切れずつに切られたケーキの上にそのクッキーをのせた。
「また、会おうね。約束」って言いながら。
何度も何度もおやすみを言ってようやく子供達は部屋に戻った。
私は片付けを手伝ってみんなにお礼を言って遅くにベッドに入った。
そして翌朝が来た。
何だかあまり眠れないまま朝が来た感じ。
いよいよ、今日は王都に行く。
聖女として頑張って月喰いの呪いを少しでも浄化しようって思う。
さすがにワンピースというわけには行かずリンネさんに頼んでシャツと乗馬ズボンを用意してもらったけど。
荷物を纏めてみんなに見送られて表に出た。
イルはもちろん連れて行く。
『セリ心配するな。俺が付いてる』
『ええ、わかってる。でも、子供たちと別れるのは辛いわ』
『ああ、だからさっさと仕事をしたら帰ってくればいいだろ?』
『それはそうだけど』
やはり足取りは重い。
思った通り子供達は私のそばに纏わりついて離れようとしない。
ほんの短い間にこんなに近しい関係になった。行きたくないなぁ。
そんな気分になっているといきなり上空から大きな影が現れあっという間に目の前に降りてきた。
「おーいセリ。おはよう!」
目の前に大きなドラゴンが!?ドラゴンに乗ったカイヤートが!
ウソッ!それも三匹?いや、こういう場合三頭が正しいのかさえもわからないけど。
カイヤート。ライノスさんにクラオンさんも。
それぞれがドラゴンに乗っている。
「カイヤート。それっ、ドラゴンじゃ?一体どうしたの?」
「セリ、王都にはドラゴンで行くぞ」
「そ、そんなの無理よ」
私は驚くが、子供達は目をキラキラさせてドラゴンを見上げている。
プロシスタン国ってドラゴンまでいたとは知らなかった。
「しゅごーいでしゅ!ドラゴンしゃんおっきいでしゅ!」
「アーポ。恐くないの?」
子供たちはめちゃくちゃ大はしゃぎでドラゴンを見ている。
「セリ、ドラゴンはこの国では憧れの存在なの。それに乗るのはすごく名誉なことなの」
リンネさんが教えてくれたがやっぱり恐い…
カイヤートが乗っているのは黒いドラゴン。一番大きい。多分もう一人乗っても全然平気だと思う。けど。
「スゲエ。カッコよすぎ!」ペッカーはひどく興奮してドラゴンに触らせてもらっている。
鱗が光に乱反射してきれいなんだけど。
きっと見た目は恐いけど、案外おとなしいのかも。
ペッカーが触るのを見て他の子も恐る恐るながらドラゴンに触れる。
ドラゴンは地面に座ったまま、目を閉じて動かない。
「ほら。セリも触ってみろよ。こいつはビーサン。俺と契約を交わしてるから俺が認めたやつなら文句は言わないんだ。ほら、恐くないって」
カイヤートは近づこうとしない私に困って頭をガシャガシャかきむしる。
リンネさんが後押しするように厚手のマントを私に巻き付けてくれる。
「大丈夫。ドラゴンはあ棚を歓迎してるわ。さあ、上空は冷えるからこれを着て‥セリ、あなたなら絶対大丈夫。行ってらっしゃい」
「ありがとうございます。リンネさんには本当にお世話になりっぱなしで」
「いいの。さあ、カイヤート」
リンネさんが私の手をカイヤートの手に重ねる。
「ったく、ほら、俺が一緒についててやるんだから、安心しろよ」
カイヤートにがしっと手を取られてドラゴンの前足に触れる。
黒い鱗は硬いが以外にも滑らかな感触で温かな体温が生き物なんだと感じさせる。
「思ったより柔らかいのね」
「グルゥゥ」
「か、かわいい」
意外な鳴き声に思わず警戒心がほぐれる。
「なっ!恐くないだろう」
カイヤートの耳がピクピクとなって何だかかわいく思える。
その間にドラゴンが私の顔にすり寄って来た。
「きゃ、」
思わず上半身を反らしてしまった。
「ククッ!ビーサンの奴。おまえを気に入ったみたいだぞ。あんな鳴き声を出して顔を擦りつけるなんて俺でもこいつに近づくのは一週間以上かかったのに」
ちょっぴりすねた顔でビーサンを見る。
「そうなの?ビーサン」
「ククキュゥゥ」
ビーサンがすりすりしてくる。
不思議な事に鱗があるのに肌は滑らかで革のようだ。
「ビーサン。ありがとう。私もう恐くないから」
彼の首には届かないけど腕を伸ばして抱きついた。
「殿下。そろそろ出発しませんと」ライノスさんが声をかけた。
「ああ、実はライノスとクラオンのドラゴンはアンティ辺境伯から借りてるんだ。後でこいつらは自分たちで帰るんだけど午後辺境伯騎士隊の訓練があってドラゴンが必要らしいんだ」
「それってアンティ辺境伯の騎士もドラゴンに乗れるって事なんです?」
「ああ、プロシスタン国の騎士のドラゴン隊は精鋭部隊なんだ」
「そうなんですか。それで子供たちがあんなに喜んだんですね。それにしてもカイヤート様はドラゴンと契約してるって事は個人で持ってるって事なんでしょ?それってすごいんじゃ?」
「俺は一応皇族だからな。他の奴らは契約出来ない。ドラゴンの数が限られてるからな」
「まあ、そうでしょうね。それにしてもドラゴンで行かなくてもいいんじゃ?」
「いや、それがそうも言ってられなくて、月喰いの日は3日後なんだ。それで‥」
「まあ、知らなかったわ。それならそうと言ってくれれば良かったのに」
そう言えば時期は全く知らなかった。
「悪いセリ。まあ、とにかくドラゴンに乗ってくれないか」
私はイルをちらりと見る。
「にゃぁぁ~にゃん! (恐くなんかないセリ。さあ乗れ!)」
『もう、人のことだと思って‥』
イルはお手本を見せるとばかりにススッとドラゴンの背に駆け上る。
「にゃん!(簡単だろ)」
もう、お兄様は猫だから‥とは言っても乗るしかなさそうで。
「やってみます」
私はカイヤートに手伝ってもらってドラゴンに乗る。背中には鞍が付いておりちゃんと座れるようになっている。
蔵の上には柔らかな敷物まで敷いてあって座り心地もいい。
鞍に乗るとすぐにカイヤートが後ろに乗った。
身体がピッタリ密着して何だか居心地が悪い。
「くっついて悪いが初めてだし危険回避のため我慢してくれ。さあ、この持ち手を掴んで俺に背を預けておいてくれ」
そう言うとカイヤートが私を包み込むように腕を回した。
いつもなら近すぎると怒るところだがこれから空を飛ぶとなると何だかそうしてもらって安心出来た。
「絶対離さないでね」
「ああ、死んでもセリを守るから安心して」
そうして私たちはみんなにお別れをしてドラゴンに乗り込んだ。
子供たちが駆け寄って来る。みんな涙で顔はぐちゃぐちゃだ。
「「「せんせ~ぃ!」」」「ぐしゅ、しぇんしぇぇ~」
胸の奥が熱くなって涙がこみあげて来る。もう我慢は出来なかった。
眦から零れ落ちる涙をぬぐいながら「アーポ、コニハ、ポンツ、ペッカー絶対に帰って来るから少しの間お別れね。だから、ほらもう泣かないで先生心配で行けなくなっちゃう‥」
「うん」コニハが笑った。
「じぇったい、やくしょくだよ。しぇんしぇぃ」アーポが鼻を垂らして笑った。
「先生、帰ってきたらだるまさんが転んだしたい」ポンツが小指を差し出す。
「ああ、泥団子いっぱい作って待ってるからな。なぁみんな」ペッカーさすがだよ。
私は繋がれない小指をみんなに差し出す。
「ええ、ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼ~ん、の~ます!「「「「ゆびきった~!!(ゆびちった~)」」」」」
「そろそろ行くぞ」カイヤートが手綱を引いた。ビーサンがぐっと翼を広げる。
見送りの人たちは更に後夷下がる。子供たちもリンネさんに手を繋がれて安全な場所まで下がった。
「セリ、あなたなら絶対大丈夫。気を付けて行ってきて。帰りを待ってるから」
「「「「せんせい~いってらっしゃい!(しぇんしぇ~いっちぇらっしゃぃ~!)」」」」
みんながちぎれんばかりに手を振る。
私もみんなに精一杯手を振った。
イルはちゃっかりライノスさんのドラゴンに一緒に乗っている。
もう、イルったら!
でも、お兄様が一緒ならと思うと気持ちガスッと楽にもなった。
そしてドラゴンはゆっくり飛び立った。




