40ユーゴ殿下の魔力が?1
オデロ殿下が魔力を練る。
私の前に出たカイヤートが剣を身構えた。
そんなんじゃ‥
キアード様はシーデン騎士隊長に阻止されて身動きがとれそうにない。
私は手のひらで魔力を練り始める。イルの声が『セリ任せろ!』防御魔法を繰り出す。
オデロ殿下が魔力を放った。
手から放たれた火球がカイヤートめがけて迫って来る。
目に見えないバリケードがあるはずなのに火球はそれを突きぬけてカイヤートに。
彼はその火球を剣で薙ぎ払うが火球はさらに威力を増し剣に纏わりついてそのままカイヤートを押しやる。
「ぐふっ!」
カイヤートが食いしばった声を漏らす。
私の脳裏にユーゴ殿下が私を庇って倒れた時の記憶がビキビキ蘇る。
「だめぇ~」
私は魔力を使うことも忘れたカイヤートの前に飛び出る。
その時だったいきなり空が割れたかのような雷鳴がとどろいた。
「バリバリバリ!!」
稲光が走ってそれはオデロ殿下が放った魔力と私達の間を切り裂いた。
「ぐはっ!」
オデロ殿下が膝をつく。
そのまま稲妻はカイヤートの身体に流れ込んだ。
「きゃっ、ぐぅ!」
「がふっ!うがっ!」
反動で二人の身体が宙に飛ばされる。
「「「セリーヌ!!」」」
「「「カイヤート!!」」」
視界の端に艶やかな黒い毛で覆われた見事な黒い狼が見えた。
その瞬間、私の耳孔の奥に声が響いた。
『セリーナ。今ここに魔力を託す。雷の魔力を天から。命は尽きたがいつまでも君を見守っている。どうかこの力を使って欲しい』
頭の中がクラッシュしたみたいだった。
どういう事?一体誰なの?空中で身体が浮いて思考も定まらない。
それでも、ユーゴ殿下が?閃きが沸き上がった。
「ユーゴ殿下いらっしゃるんですか?姿を姿を現してください。どうかもう一度そのお姿を‥」
思わず声を張り上げた。
私の身体は地面にゆっくり落ちて顔半分が地面に付くが目はしっかり見えた。
すぅっと空気が歪んで目の前にユーゴ殿下の姿が現れる。
それは実態でなく、まるでクラゲのように透き通っていて揺らめいている。
「ユーゴ殿下‥どうしてあなたは私を庇って‥あなたは死ぬべきではなかったのに」
私はずっと悔やんでいた。ユーゴ殿下が死んだのは私のせいだと。
『それは違う。俺はセリーヌ君を守れてすごくうれしかった。だからそんな事は考えてはいけない。セリーナ‥だから君にこの力を渡すよ。俺の事でもう悔やむのは止めて幸せになるんだ。いいね』
それだけ言うとユーゴ殿下は空気に溶け込むように消えて行った。
「待って!ユーゴ殿下~」私は絶唱する。伸ばした手は地面からほんの僅かに上がっただけだった。
イルが駆け寄って来る。
『セリーヌ!落ち着け。ユーゴはきっと最後に会いに来たんだ。ほら見ろ、彼はもう天に上った。最後にお前の役に立ちたかったんだろう。これでユーゴは安らかに天に召されたはずだ。だからもうユーゴの事は諦めろ』
『お兄様、そんな‥それでもユーゴ殿下が死ぬべきではなかったんです』
「にゃぁぁ~にゃにゃにゃん(そんな事を言っても~もう、考えるんじゃない)」
「セリ‥」
私はやっと黒い塊があることに気づく。よく見るとそれは生き物で真っ黒い毛をしている。
「誰?」
イルが教えてくれる。
『セリ、あれはカイヤートだ。きっとさっきの稲妻の衝撃で獣化したんじゃないか?もしかしたらふたりで一緒にユーゴの魔力の一撃を食らったのかもしれない』
瞬時にユーゴ殿下が伝えた言葉が浮かぶ。確か君に力を渡すって‥でも、私多分そんな魔力貰ってない。
『お兄様、私はユーゴ殿下の魔力を食らってないわよ。‥もしかしてカイヤートがユーゴ殿下の魔力を貰ったかもって事?』
『ああ、かもな』
イルガクッと笑う。もう、お兄様笑ってる場合?
『うそでしょ。そんなのあり得ないわよお兄様』
そうこうしていると黒い狼がふらつきながら立ち上がった。その身体は私が知っている獣の中でもかなり大きい。
そのまま私のそばに寄って来る。
『セリ無事か?雷凄かったな。まさか俺達に落ちて来るなんて‥でも、無事で良かった』
狼の話していることがダイレクトに脳に伝わる。あっ、これお兄様と同じ感覚だ。
「あ、あなたカイヤートなの?」
カイヤートは自分が獣化していることに全く気付いていないようだ。
『あんなの平気に決まってるだろ!それよりお前は?』
彼は全身を震わせる。 あっ、これって獣独特の身震い。それにしてもなんだ?このカッコいい姿は。
漆黒の毛並みはつやつやしていて今にも手を伸ばして触りたくなる。
耳もその金色の瞳も超カッコいい!それにあのふさふさの尻尾がぁぁぁ~。
「ええ、平気だけど。あなたの狼姿って意外といけてるのね」
狼は一瞬目を見開いた。すぐに自分の姿を見て慌てたように元の獣人の姿に戻った。
「すまん。獣化してたなんて‥セリ恐くなったか?なぁ、こんなの見て俺の事嫌ったりしないか?」
彼はしゅんと肩を落とし目も伏せる。
「ええ、ちょっと驚いたけど平気」何とか平然を装う。もっと見たかったなどととてもじゃないけど言えない。
「そうか」
単純だ。彼はパッと顔を上げると口角を緩めた。
「あっ、そうだ!それよりカイヤート様大丈夫?あなた何か異変を感じたりしてない?」
「ああ、そう言えば体中が燃えるように熱いな。そんな事より、セリは?お前はどうなんだ?」
「わたし?うん、少しくらくらするけど、あっ、でも「ばか。そんなんで立ってるやつが‥ほら、俺が抱いて中に連れて行ってやる。さあ、俺に掴まれ」
彼はひょいと私を抱き上げる。
カイヤートは着ていた上着も焦げてあちこち火傷をしているようだ。
狼の姿の時にはわからなかった。
そんな身体なのに私の事を心配するなんて。
胸の奥がちくっとした。
でも、私は二度と男の人には関わりたくはないのに。
前世といい。オデロ殿下の裏切りにユーゴ殿下は巻き込んでしまい、私の男運はとことんついていないとわかっているんだから。
それに私の顔には傷があって‥
それにあなたはこの国では皇子でもあって‥
だから‥だからこそ、いくらあなたが番だと言ったって受け入れるつもりはないのよ。
それなのに、こんなに優しくして‥こんなに心が弱っている時にそんな事をするのは卑怯じゃない?
彼は何でもないと言う風にふっと笑って見せた。
ああ、もう!!
「もう、あなたこそ、そんなに怪我をしてるじゃない」
「俺は獣人だ。これくらいの怪我すぐに治る。それよりセリの方が心配だ。人間は弱いからな。ほら、ここ傷になってる」
そっと額をちろりとなめられて「ちょ!止めてよ。きゃ、くすぐったい。もう、そこはずっと前の傷だから平気よ」と彼にしがみ付く。
ああ、そんなところ。これはもともとあった傷で。
でも、触れられたところがじわっと熱を持つ。
もう!私ったら!!
脳内がちょっとした混戦を起こす。




