30カイヤート悶絶する
俺が唖然としている間にセリはさっさと離れていった。
マジか?そんなバカな?俺は番なんだぞ!
とは言っても彼女には通じないらしい。
いきなり気持ちが萎えて行く。
確かに俺は皇太子でもないし、まだ降誕祭の儀式も終わっていない。
この国では皇族はこの儀式が終わるまで婚約者すら決められない。
まっ、一人前の男じゃないんだから仕方がないと言えばそうなんだが、そうは言っても俺の番が見つかったんだ。
このままに出来るわけがない!
なのにセリは全く俺なんか相手にもして無いじゃないか。
どうすんだよ!
「殿下、ご無事で?」
「ああ、ライノスお前らは無事か?」
やっとライノスたちに気づく。
「それにしてもさっきのは、殿下すぐにセリ様に聖女として王都に来ていただくよう手配を」
畏まってそう言うのは堅物のクラオンだ。
「ああ、わかっている。でも、先に大叔母に相談だ。セリはシェルビ国から逃げて来たと聞いた。聖女として招くならその辺りを一度きちんと話をしておいた方がいいだろうし」
俺は何とかしてセリに取り入る方法がないか思案しながら話をする。
「ですよね?殿下、セリ様に振られてましたもんね。ガハハ」
遠慮のない笑いで俺の背中をばちんと叩くライノスは幼い頃からの顔馴染みだ。
「うっせえ!セリは清純なんだ。お前らが知ってるような女じゃないって事だ」
「ええ、俺はあばずれしか相手した事がないもんですみませんね。それにしても‥腹痛え〜」
「お前殺す!」
「殿下!そんな事より詳しい話をリンネ様とした方が早いのでは?」
「ああ、そうだな。クラオン、悪いが大叔母に話をしたいと伝えてくれ」
そうクラオンに頼んで俺は教会の建物に入った。
脳内ではこれからの事で頭を巡らせる。
もしセリを聖女として王都リクヴェに連れて行くとする。
皇王である父上は喜ぶだろう。俺は功績を上げられて少しは俺の立場も良くはなるだろうが‥
俺の母親は平民だった。もう既に亡くなっているが。
この国の皇王の子供は狼族の血を引く事が絶対条件で皇子の相手は狼族に女性と決まっている。
何しろ一番最初の祖が狼獣人で最初の王となったかららしい。
全く馬鹿げていると思うがみんなそれが当然と思っているから始末に悪い。
だから当たり前に皇族の中から狼族の婚約者を決める。
だが、降誕祭の儀式があるのでその儀式が終わるまでは婚約者は決めない。
それに結婚すれば子供は多く望まれる。特に男子は数人は必要になる。降誕祭で魔呪獣になるかもしれないし命を落とすかもしれないからだ。
だから側室や妾に子を産ませることになるんだ。
でも、狼族の女となると皇族にばかり限ってはいられない。だから平民だろうが何だろうが狼族の女を手当たり次第に‥。
だから俺の所にも女がしょっちゅう寄り付いて来た。中には狼族でもない女もいたが。
でも、万が一にでも子が出来ればそれなりの扱いはしてもらえると思ってるから始末に追えないよな。
だから俺はいつだってそれには気をつけていた。
まっ、女は俺が皇族の中では爪弾きにされてるって知らないからな。
あっ、ちなみに俺の上の兄は今二十六歳で降誕祭の儀式も無事に終えて皇太子として王宮で執務に追われている。
名前はイエンス・プロシスタン。既に婚約者も決まり婚姻は来年と決まっているが、成人となったので他の狼族の女との間に子供ができても問題はない。
つまり皇太子である兄は複数の女を娶れるって事だ。
聖女としてセリを王都に連れていけば、兄がセリを気に入って婚約すると言い出さないかそれが心配なんだ。
いや、絶対セリと結婚するって言うだろうな。
だって聖女だぞ。扱いは狼族の女と同じ。いやそれ以上かもな。
特に俺の番だって知ったら尚更だろう。
「いいかお前たち、セリが俺の番だって事は絶対に秘密だからな。もし兄にでも知れてみろ。すぐにセリを奪いにくるに決まってる。クッソ!」
ようやく考えがまとまって二人に話をする。言いながらもイラっとしてしまう。
「でしたら殿下がセリ様を落とせばいいのでは?」
クラオンの瞳がすっと細くなり真顔でクラオンが言った。
「バカ!それが無理そうだからそう言ってんだろ!」
何言ってんだ。こいつ。番がどれほどの存在かわかってんのか?
第一に番が本気で嫌がる事は出来ないだろ。
無理にそうしようとしたって番を守りたいって本能が訴えるんだよ。
そりゃ俺だってある程度は迫るさ。
でも、嫌われたらと思うとどうしても無理はできなくなるってもんだろ!
ったく!どうすりゃいいんだよ。
脳内はぐちゃぐちゃで胸に奥が苦しくて俺は悶絶した。




