21失意の底で
そして私はプロシスタン国の最端にあるスヴェーレと言う小さな街の教会に転移した。
叔父の簡単な話だけでやってはきたがこれからどんな暮らしが待っているかもわからなかった。
でも今はそんな事さえも考えるのが億劫だった。
どうなってもいいとしか思えない。
ふらつく頭で辺りを伺う。
淡い光がすぅっとたち消えると少しずつ周りがクリアになっていった。
「あなたがセリーヌ?」
突然優しい声が聞こえた。
「‥はい」
か細い声で返事をして私は何とかその声の方を向く。
そこには見たこともないような頭に犬のような耳がある女性がいた。
驚いて尻餅をつく。
「まあ、ごめんなさい。驚かせたかしら?でも心配しないでこの国ではこれが普通なのよ。ほら、怖がらないで触ってみる?」
彼女はかなりの歳らしいが屈託のない笑顔は子供のようで私に近づく。
おずおずとそっと差し出された耳に触れる。
柔らかな銀色の耳の感触が沈んだ私の気持ちに心地よい。
うっとりする顔でその感触に目を閉じる。
「ねっ、大丈夫でしょう?私はリンネ。安心して事情はパウロからある程度聞いてるから、それにここではみんな他国から来た人にあまり立ち入ったりしないわ。だから安心してね。セリーヌはこの教会でゆっくり過ごせば良いの。ねっ」
リンネと名乗った女性は私を安心させようとしているとはっきりわかった。
「でも、私のような見た目の人間がいれば迷惑をかけてしまいませんか?」
だってこの国は獣人の国だ。
あっ、でも、耳やしっぽがあるだけで後は人と同じだ。
私はリンネさんをまじまじと見てしまった。
失礼だな私。
「まあ、そうかもしれないけど、取引をしている国の人にも人間はいるし国を追われたりしてこの国に住んでいる人もいるからそんなに心配しないで。ねっ!」
彼女はお茶目に片目をつぶって笑った。
「本当にこんな私を受け入れて下さってありがとうございます。今はまだ何をする気力も「いいのよ。そんな事気にしてないわ。あなたはあなたのペースでやればいいから」はい、何とかやってみます」
私は生かされているのだから。そう思った。
私は教会の中を案内され最後に自分の部屋に案内された。
ここは最東端にあるスヴェーレの教会で、ここには教会の他に診療所と孤児院があった。
そして驚くことに神は、女神イヒム神。
言い伝えはシェルビ国とは全く異なっていた。
この国では、アード神が先にイヒム神を裏切りイヒム神が人間の男性との間に子供を儲けたと言うのだ。
やっぱりそうだと秘かに私は思ってしまった。
それなのにアード神は怒ってイヒム神とお腹の子供を殺し自分は天に帰って行った。
その後イヒム神は逃げ延びてこの地で何とか赤ん坊を産んだと言うのだ。
イヒム様さすがですと言いたくなった。
それがこの国の始祖となり今の皇族となるらしい。
だが、一つ違ったのは神の呪いを受けた子供は人の姿をしてはいなかった。獣と人間を掛け合わせた姿だった。
だからこの国は獣人の国となったのだと。
へぇー国も変わればいい伝えられたこともずいぶんと変わるんだ。
何しろ今の私は何も信じられないし正しい答えを引き出せるとも思えない。
ただ、リンネさんが話す事に驚き耳を傾けていた。
そして驚くことはまだあった。
かつてはオロール光の恩恵があったプロシスタン国だったらしいがアード神が天に帰るとオロール光はこの国には注がれる事がなくなったんだって。
その途端この国は飢餓と疫病が広まった。
やっぱりそうなるんだ。
でもそこはイヒム様。
我が子の住まう国に行く末を心配して弱った身体で無理をしたらしい。
最後の力で月の光の力をこの国にもたらした。
だが、そのせいでイヒム様は天に召されてしまった。
やがて人々はその偉業を讃えてイヒム様をこの国の神と崇めるようになった。
だからこの国では夜に月光が降り注ぐらしい。
その淡い月の光は土や植物に養分を与えてこの国は食べ物が育ちみんなが生きていけるのだと。
イヒム神が生きていたなんて、まして子供の子孫がいたなんて知らなかった。
そして教会では男も女も関係なく司祭が出来る。
シェルビ国のような男尊女卑のような考え方でなく男女が平等で男は女を大切にする習慣が根付いているらしい。
国が変わるとこんなにも価値観が変わるんだ。
シェルビ国はこの国に事ずいぶん誤解してるのね。
素晴らしい国じゃない。
セリーヌはそう思った。
あっ、そうそうこの国は魔力を持っている獣人はあまりいないらしい。
ずっと昔にはいたらしいがほとんど力が廃れて行ったと。
だから魔力を持つものがいないと思ってもらっていいと聞いた。
だから私にも魔法は使わないようにと言われた。
ちなみに魔石はあって生活には欠かせないアイテムらしい。
そんな国もあってもいい。
それに私は二度と結婚する気も男性を好きになることもなさそうだから。
リンネ様は私をセリと呼ぶと言った。みんなにもセリと紹介すると。
私はそれもいいと思って快く承諾した。
それから三ヶ月、生きる気力を失いただ世話だけをされる生活を送った。
それでも死んではいけない。
私が死んだら兄とユーゴ殿下にお祈りを捧げる人がいなくなる。
だから死ねないと思った。
食べ物もほとんど喉を通らないけど、何とかスープで浸してパンを流し込んだ。
私の心は真っ白で色のない世界を漂っていた。
そんな私の元にある日野良猫が現れた。
その猫は銀色の毛並みを持ち緑色の瞳を持っていた。
教会の庭の向こうにある柵の所で小さく震えるその子猫を見つけた時、あれから初めて心が動いた気がした。
あの猫、まるでお兄様みたいだなって。
私は大急ぎでその子猫を抱き上げた。
ぐったりしたその身体は羽根にように軽かった。
「お前お腹空いてるの?」
「ニャー」
子猫はつぶらな緑色の瞳で私を見上げた。
私の心にやっと色彩が戻った。




