19いきなり隣国に?
私は眠っていたらしく気づいたら辺境にいた。
刺された傷はもうほとんどふさがっていた。
動くと少し痛い感覚だけが残っていて起き上がると「いたっ」と声が出た。
しばらくして私の侍女をしていたカナンが部屋に来た。
「お嬢様‥良かったぁ、心配したんですよ。でも、顔色のよさそうであっ、私すぐに飲み物をお持ちしますね」
「カナン?私、どうしてここに?」
「リート様がお嬢様を連れ帰られて、ほんとに驚きました」
「お兄様が、そうだったの。でもカナンがいてくれたなんて」
「あ、当たり前じゃないですか。ここは私の家も同然なんです。お嬢様のお顔が見れたと思ったらあんな怪我をされてて‥でも、元気になられてすごくうれしいです」
「また、私の侍女をしてくれる?」
だってここに帰れるなんて思っていなかった。
王宮で起こった悲惨な出来事が脳をよぎるともう二度と帰りたくないと思った。
カナンもきっと同じことを思っていたんだろう。
「もちろんです」
すかさず返事が返って来た。
そう言ってくれた彼女の顔がすごく嬉しそうでわたしもほんの少しうれしかった。
でも、気分は最悪で身体もまだ回復していないせいか重だるい。
カナンは身よりもなく孤児院で育った。
10歳でぶどう病にかかっていた彼女は孤児院を出なければならないと知って我が家に引き取った。
ぶどう病は運よく初期だったのでもうすっかり良くなっている。
カナンは二つ年下で私は彼女を妹のように可愛がっていた。
学園に行くことになってカナンとは離れ離れになったのだけど、見知った人に会えるのがうれしかった。
しばらくして叔父のパウロがやって来て詳しい話を教えてくれた。
「叔父様、私はどうしてここに?」
馬車で運ばれたのだろうか?
兄はどうしているのだろう。
気持ちばかりが焦った。
「あの後、傷の手当てを受けてリートが無理をして神殿で転移させたんだ。あのままだとセリーヌはどうなっていたか‥」
「それでお兄様はどこです?」
「それなんだが‥」
「やっぱりあの傷がひどいんでしょう?お兄様ったら無理しちゃって、とにかく私の意識が戻ったって言わなくちゃ。それに私が看病します。叔父様早く案内して‥「リートは亡くなった」えっ?今なんて‥」
身体の体温がすぅっとなくなって指先が氷のように冷たくなって行く。
死んだ?死んだって、嘘。
大きな氷の塊が喉奥をがりがり削りながら胸に落ちて行き一気に心臓が凍ったようなそんな感覚がした。
でもでもお兄様はユーゴ殿下の事でけがをして、そして手当てを受けてそれで私を転移してませここに連れて帰って来たんでしょう?
「‥‥うそ?です‥よ、ね?」
絞り出す声。
叔父が首を力なく振った。
「リートは大けがをしていた。なのにお前を安全な所に連れて行くんだと言って聞かなかったそうだ。転移はそうでなくても魔力が必要で‥」
「知ってます。でも、お兄様ならそれくらい‥」
そんな事知ってる。でも、お兄様の魔力は大きくて‥
でも、あんな怪我をしたお兄様が転移魔法を使えば‥
じわじわその先に考えが及ぶ。
そんな状態でどうして?
「そんな!お兄様はどうしてそんな無茶を?」
そうよ。どうして辺境に転移なんか?
「国王陛下が錯乱されたらしい。セリーヌを絶対に王宮から逃がすなと命令されたらしい」
「どうして?」
「きっとオデロ殿下のしでかした事やユーゴ殿下が無残な姿で亡くなった事で心が壊れたのではと」
「でも、どうして私が?」
「だから錯乱したんだ。お前を娘とでも錯覚したんじゃないのか?いきなり子供が目の前であんなことになったんだ」
「だからって‥」
「ああ、いい迷惑だが、セリーヌ。お前が気づいたなら話が早い。あの様子ではすぐにでも王都から騎士隊がやって来るだろう。辺境騎士隊が迎え撃つとは言っても同じ国の騎士どうして争いたくはない。だからセリーヌはしばらくプロシスタン国に行ってもらうことにする」
「プロシスタン国って、でも、あの国と交流はないんですよ叔父様。それにあの国は獣人の国ですよ」
二つの国の間には高い山がそびえ立っていて交流もない。
「ああ、そんなことはわかっている。でも今は急がなければならない。国王は乱心している。王太子が今動いているらしいがすぐに国王を止める事は出来んだろう。なに、心配ない。ここは辺境でプロシスタン国の獣人には知り合いのリンネという女性がいる。彼女は教会で司教をしているんだ。しばらく世話を頼んであるから何も心配はない」
「そんな事言われても‥」
「いいから身の回りの物を準備してすぐに出発する」
「‥まさか、私一人で?」
「ああ、すまない。プロシスタン国とは交流がない分‥な」
みんなが恐れるのもわかる。
噂では獣人は野蛮で生肉を食らい人間の常識など通用しないと思われている国なのだから。
「そ、そんな‥」
「すまん。護衛を付けたいがそれでは相手に警戒させてしまうだろうし‥それにセリーヌは銀髪だろう?プロシスタン国では銀髪は神の使いとされる。その翠緑色の瞳もそうだ。あの国では黒髪がほとんどで金髪や銀髪は神の使いと思われているから、お前に危害を加えることは絶対にない。安心しろ。それに頼んだリンネはもう年だがとても優しい獣人だから心配ない」
「そうは言っても‥」
「なに、昔リンネの知り合いを辺境の魔の森で怪我をして困っているところを助けたことがあってな。それ以来リンネとは懇意にしているんだ。だからセリーヌ安心していい」
そんな事初めて知った。
それに叔父様は一度言い出したら引かない事はよく知っていた。
それに兄が死んだならこの国にいる必要もない。
もう何もかもがどうでもよくなって行く。
私は首を縦に振ると「‥ええ、わかりました」そう言った。
でも、脳は何も考えれなくて見渡すものから一切の色が消えたような気がした。
兄もユーゴ殿下もいないこの世界に生きる意味を見出せるはずもなかった。




